第94話 心の蓋⑩

 真奈美は、ぽろぽろと涙を溢しながら、そして悲しく微笑みながら首を振ると、

 「あの日張り紙を見つけて…。私は誰でもいいから話がしたくて。だから私は面接を受けました。社長はまだお若くて、そして私にこれからの社長の夢を熱く話して下さいました。」


 「覚えていらっしゃいますか?私が社長に、「これからどんな会社をお作りになるおつもりですか?」と聞いたのを?」

 菅ちゃんは首を傾げると、暫く真奈美を見て、小さく首を振った。

 「私はその時、本当は「”どんな仕事をする会社を作るおつもりなのか”」を伺いたかったのです。だけど、社長はこうおっしゃいました。」

 真奈美は泣きながら…まるで子供の様に泣きながら言った。

 「「これから先ここに集まってくれる社員達にとって、ここが彼らの居場所である様、そしてここが彼らの生きる場所である様、僕はそんな会社を作っていきたい。」」と…。

 そして僕を見て言った。

 「だから私は、ここで生きる事にしたんです。ここが私の、たった一つの居場所だと思ったから…。」

 僕は、大きく息を吸い込むと静かにそれを吐き出した。


 「だけど結局、私はどこにも逃げる事ができないんですね。こうして、全く関係のなかった社長にまでいつの間にか私の過去が解ってしまった…。結局私の居場所はここにもなかったんですね…。」

 顔を天井に向けたまま、真奈美は大粒の涙を流した。


「そんな事はない。真奈美はここで、“今”を生きている!。」

 菅ちゃんが声を荒げた。


 菅ちゃんの言葉にはっとした真奈美は、頷いた様にも、そして又、首を振った様にも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る