第92話 心の蓋⑧

「尾脇さんの言った通り、その噂は村中をかけめぐりました。それまで事あるごとに尾脇さんに相談をしていた私は、その事の真意を彼に聞かれるのが怖くて、逃げる様に村を飛び出しました。私には、父が残してくれたわずかばかりのお金がありました。そのお金を持って、人の闇に隠れようと、東京を目指しました。夢がないと生きて行けない。何かをがむしゃらに目指す事で、私は生きていく場所を見つけようとしました。そこで私は、かねてからの夢であった客室乗務員を目指す事にしました。日々の暮らしの為に、朝から晩まで働いて、くたくたになった体で、死にもの狂いで勉強しました。少しでも休んでしまったら…少しでも休んでしまったらあの時に引きずり戻されてしまう様で、それが恐ろしくて寝るのも惜しんで夢を目指しました。

その甲斐あって、私は大手航空会社の国際線の客室乗務員として採用されました。

日々忙しく、またたくさんの人々と出会う中で、私はあの忌々しい過去を少しずつ忘れる事ができる様な気がして、私自身が新しく生まれ変われる様な気がして、私は嬉々として仕事にのめり込んでいきました。

でもそれは私の考えたおとぎ話でしかなかったのです。

それは、オーストラリアまでのフライトの時でした。そしてそれは、私が初めてビジネスクラスのお客様の担当を任された日でもありました。」

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