第91話 心の蓋⑦
“38文字”…。真奈美がどんな思いで1,2,3…と、その文字を数えていたのかを思うと、僕の胸は張り裂けそうになった。
「私は父から愛されてはいなかったのだろうか?と今でも時々考えます。」
彼女は小さくうなだれたまま、そのまっ白い顔に小さな笑みを浮かべて言った。
それからは暫く、静かな時間が流れた。彼女の独り言にも似た問いかけの答えを、誰がこの場で語れるであろう…。
「死を選ぶしかなかったのだと思います。大切な真奈美さんやお母さんの為にも、お父さんにはそれしか方法がなかったんだと…。僕はそう思います。」
菅ちゃんと僕は、ぎょっとして達夫を見た。
真奈美が鋭い眼で達夫を見た。
「父は私達の為に死んだと言いたいの?勝手に死を選んだ父のお陰で、私達はその後、どれだけの苦労を重ねたか…。」
怒りに声を震わせる真奈美を遮って達夫は続けた。
「僕は今日、父や母や…家族の為に死ぬつもりでここへ来ました。父や母が、不本意であれたくさんの人に迷惑をかけておきながら、僕たち家族がのうのうと幸せに暮らしていけるなんて、そんな事は到底許されるはずはありません。だから僕が死んでお詫びをするべきだと、僕はそう考えてここに来ました。後に残された人の気持ちやこれからなんて、僕には考える余裕もありませんでした。だから…、だからもしかしたら、真奈美さんのお父さんはこう考えたのかもしれません「家族を不幸にして、自分たちだけが幸せになるなんてできない」と…。」
達夫は真っ赤な目をして真奈美を見た。
「だから、真奈美さんもお母さんも愛されていました。僕にはそれが解ります。」
達夫は改めて真奈美の顔を見るとハッとして顔を伏せた。
「生意気な事を言ってすみません。」
誰もが呼吸すら忘れた様だった。
「私には解からないわ…。」
真奈美は小さな声で呟いた。
僕は怖くて、真奈美を見ることさえもできないでいた。
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