第88話 心の蓋④

それから暫く、彼は何言う事もなく、ただ煙草に火を付けてはその煙を眺め、遠い昔に想いを馳せているかの様でした。


「それから暫くして、男がある事を吹聴してまわりました。「雪野家の娘をものにした」と…。」


彼はにがにがしく顔を歪めると、


「男は、どの様にしてそうしたのか、それがどうだったのかを事細かに話してまわりました。噂はもちろん、あっと言う間に村中に知れ渡りました。」


彼は涙を溜めた真っ赤な目で僕を見つめました。



「僕は…、僕は怒りで体の震えが止まりませんでした。」

菅ちゃんは激しく短く呼吸しながら、すがる様な目をして僕を見つめた。


達夫が大きく息を吐き、膝を抱え込むのが見える。


 「当時、尾脇さんとお付き合いをしていたそうだな?」

 真奈美は力なくこくりと頷いた。

 


 「あの日…。あの日電話であの男に呼び出されました。母が借りたお金が、もう半年も支払われていないのでそれについて話がしたいと。母は、父の事、借金の事で疲れ果てていましたから、私は母に何も言わずに男の元へとでかけて行きました。私が子供だったのです。いつもは人がいるはずの事務所に、何故その男だけがいたのか、何故内側からカギがかけられてしまったのか、そして何故、その男が急に服を脱ぎはじめたのか…。その時の私には、その全てが理解できませんでした。」


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