第74話 心の闇④
「何か温かい飲みものでも作ってきましょう。」
まだうつろな達夫の様子を見て、菅ちゃんが席を立った。そして間もなく、温かいコーヒーを3つ、トレイに乗せて運んできた。
「さぁ、少し飲むんだ。」
僕は達夫の手を握るとその手にカップを握らせた。達夫の手は、驚く程冷たく、僕は、達夫がこのまま死んでしまうのではないかと思った。
「すみません…。」
ようやく言葉を口にした彼は、小さく一口コーヒーをすすった。
お互い多分、言いたい事は山ほどあるはずなのに、僕も彼も、そして菅ちゃんも、何も話す事ができなかった。ただ3人とも、コーヒーからわきあがる湯気だけを、ただただ、じっと見つめていた。
「君をこのままの状態で帰す訳にはいかないな。」
最初に口火を切ったのは菅ちゃんだった。
「君が東京(ここ)に来ている事をだれか知っているのかな?」
達夫は小さく首を振った。
「先生、ご家族に連絡して迎えに来てもらいましょう。このまま一人で帰すのは、あまりにも危険すぎます。」
「そうだな。僕の方から親御さんに連絡してみよう。連絡先を教えてくれ。」
「それだけはやめて下さい!。」
席を立とうとする僕の手を、達夫は強い力で引っ張った。
「お願いですから…。どうかそれだけはやめて下さい。」
僕の手を握ったまま、達夫は涙を浮かべて懇願した。
「こんなにご迷惑をおかけしてあまりにも勝手なお願いだとは思いますが、どうか、両親にだけは知らせないで下さい。自分たちの事で僕が他人様を傷つけてしまったと知ったら、僕の父や母は…。」
そう言ったっきり、大声で泣き出してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます