第70話 嵐の始まり④

その時だった。真奈美が勢いよく部屋に入って来ると、達夫のナイフを取り上げようとした。驚いた達夫がナイフを動かした途端、真奈美の掌がざっくりと切れて、おびただしい量の血が、飛び散った。真奈美は、それでもナイフを首筋に当てようとする達夫を力いっぱい壁に押し付けると、ナイフの刃を両手で持ち、そのナイフを取り上げた。そして達夫の顔を、血だらけのその両手で持ち上げると、自分の顔の近くに引き寄せた。血走った達夫の目と真奈美の目が合った。

 「そうやって、2度、とおるさんを殺すといいわ。」

 静かだが刺す様な声だった。


達夫はその言葉を聞くと、へなへなとその場に崩れ落ちた。

 達夫の頬を抱えたままの真奈美も又、達夫と一緒にその場に座り込んだ。

 「生きるのよ。何としても生きるのよ。あなたはその意味がわからない人じゃないわ。

しっかりしなさい。甘えるのは、これが最後よ。」

 真奈美は達夫の頭を大きく2,3度揺さぶると、今度はしっかりと抱きしめた。

 「生きなさい…。」

 まだ血が流れ出る手で、真奈美は達夫の背中を優しくなで続けた。

 「生きるのよ、辛くても…。あなたの居場所がいつかきっと見つかるわ。」

 真奈美の声だけが、静かな部屋に響き渡っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る