第67話 嵐の始まり①

思いもしなかった彼の言葉に、僕は一瞬、呼吸をする事さえ忘れていた。

 「君が、あの…。」

 彼は深く頭を下げたまま、しはらくは身じろぎもしなかった。


「…はい。父の事とはいえ、本当に申し訳ありませんでした。」

立ち上がって、うな垂れた達夫は、顔を上げると、僕の顔を見てぽろぽろと涙を流した。

流れ落ちる涙の音だけが、唯一現実に起きている出来事の様で、僕はその音に耳を澄ましていた。


「先生、僕に、とおるさんの事教えて頂けませんか?」

涙で上手く声になっていない。

「父が…父が死に追いやってしまったとおるさんの事を、僕はどうしても知っておきたくて、勝手ながらここにおじゃましました。」

達夫はシャツの袖で、一気に涙を拭いさると、自分自身を落ち着かせる様に、大きく深呼吸して続けた。

 「僕は、父の保証人の件を、昨日の夜に知りました。昨日の夜、僕は農業を手伝う為に祖母の家に泊まりに行きました。そこで僕は、先生の写真集を見つけました。同じ写真集はうちにもありましたし、よく遊びに行く吉村のおばさんの家にもありました。その本を吉村のおばさんの家で見つけた時は、「同じ本があるな」と思っただけでしたが、祖母の家でそれを見つけた時、僕はそれがとても奇妙なものに感じられました。祖母は昔から農業が生活の全てでしたから、芸術とはかけ離れた生活をしている祖母宅に先生の写真集がある事は、僕にとって不自然そのものだったんです。」

 とおるがたくさんの写真集をかかえて、得意そうにそれを配る姿が僕の目に映り、僕の心は熱くなった。


 「これと同じ本、うちにも、吉村のおばさんの家にもあるよ。なんで、ばあちゃんまで、この本ば持っとると?」


 「僕は祖母に聞きました。」

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