第61話 嵐の前の静けさ③
「先生、菅原さんとのお付き合い、黙っていて申し訳ありません。でも私、絶対に幸せになります。そして、その幸せを、きっと先生にもお裾分けします!」
そう言って笑った洋子の顔が目に浮かんだ。
兄弟のいない僕にとって、洋子はまさに妹の様な存在だ。特に菅ちゃんとの交際が発覚してからは、僕も一段と洋子に親しみを覚える様になっていた。あの日“幸せにする”と誓った菅ちゃんの言葉は、そんなに軽いものだったのか。
ひびが入った携帯を拾い上げると、僕はよろよろと駅に向かった。
電車という空間は実に不思議だ。これだけの人々が蠢くこの東京の中で、偶然にも同じ時間、同じ電車、同じ車両に乗り合わせるだけでも奇跡的なのに、皆その奇跡に気づく事なく、それぞれの空間でそれぞれの時間を使う。友人と話をする者、本を読む者、ぼんやりと外を眺める者。その個々が出す様々な音が、電車の音と混じり合い一つの大きな雑音を生み出す。自分とは全く関係のない雑音の中にいる事で、何故か僕は、いつもの自分らしさを取り戻せている様だった。
洋子のあの様子は普通ではない。では、何故菅ちゃんはそれを放っているのか?何故、何事もなかったかの様に仕事をしていられるのか?そして…。そして何故、僕に一言も相談してくれないのか。
壊れた携帯電話を見つめながら、最後の疑問が僕を一番苦しめている事に気がついた。
「僕は彼が相談できる相手としては力不足だったという事かな。」
雑音に紛れて小さく呟いた。
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