第60話  嵐の前の静けさ②

「菅ちゃんに洋子の近況でも聞いてみるか。」

 そんな事を考えていた時だった。偶然にも洋子が、道の向こう側を歩いているのが見えた。

 「洋子!」

 呼んでみたが気付かないらしい。ちょうど洋子の事を考えていたし、こんな事もあるもんだと思いながら、僕は洋子を追いかけた。道を横切り、先に歩いている洋子を目で追いながら後を追うと、洋子はちょうど、スーパーへと入っていく所だった。

 「夕食の買い物か。洋子もちゃんと主婦してるんだな。」

 そう言って笑うと、洋子を見失わない様、足を速めた。

 お昼という時間帯のせいか、そのスーパーの人出はまばらだった。

 入口を入ってすぐに、洋子の横顔が目に入った。手にとった食品に、熱心に見入っている姿が見える。

 「洋子。」

 声をかけようとして、思わずその言葉を呑み込んだ。

 蒼ざめた顔、押し窪んだ眼。

笑えば、まるで少女を思わせたあのふくよかな頬でさえ、げっそりと痩せこけてしまっている。これが洋子であるはずがない。洋子だとわかった事が、まるで奇跡だった。

 震える手で商品を棚から取り出し、食い入る様な目で商品に見入っては棚に戻し、又取り上げては棚に戻す。この単純な作業をぶつぶつと独り言を言いながら繰り返している。洋子のその異様な姿に気付いた客の一人が、洋子を大きく避けて通りすぎた。

 見てはいけない物を見てしまった様な、見ているのでさえ辛い様な…そんな心崩れる状態のまま、僕はよたよたと表に出た。

 菅ちゃんは一体、何をしているのか。一緒にいて洋子の異変に気付かないはずはあるまい…。

 込み上げてくる怒りと絶望に押し潰されそうになりながら、僕は震える手で、菅ちゃんの携帯に電話をかけた。

 「御用の方は、メッセージを…。」

 僕は足元めがけて、思いきり電話を投げつけた。

 小さな破片が四方に飛び散った。

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