第59話 嵐の前の静けさ①

菅ちゃんの結婚式が終わったその年、オフィスエイトナインも、又、それに関わるスタッフも、これまでになく、平穏な日々を送っていた。ただ変わった事といえば、洋子が暫く産休をとる事にした事だけだった。と、いっても彼女が妊娠した訳ではない。かねてから「子供はすぐにでも欲しい」と公言していた菅原夫妻が、子供を作る為に、今まで酷使して働いてきた洋子の体を、少しだけ休ませてあげよう…という、いわば「妊娠前休暇」だ。洋子がエイトナインを休むという事は、エイトナインにとって大きな痛手だったが、誰もが洋子の「妊娠前休暇」に大賛成だった。そして洋子は、その「妊娠前休暇」を、週に2,3度はオフィスに顔を出して、真奈美を含む女性スタッフとなんだかんだと世間話をする事に使う様になっていた。

 結婚式から瞬く間に月日が過ぎ、年が明けて3月のある日、僕は知人のパーティに呼ばれていた。

「たまには電車にでも乗ってみるか。」

日頃の運動不足を解消すべく、僕は一年以上ぶりに電車に乗る事にした。

 駅を降り、若者達がたくさん集う街を過ぎると、なんとなく見覚えのある風景に出くわした。

 「あぁ、そうか。ここは菅原家の近所だ。」

 ずいぶん前、菅原家の引っ越し祝いに一度おじゃました事があったが、その時は車での移動だった為かこの駅…というか地名と、菅ちゃんの自宅が繋がらなかったのだ。

 「そういえば、最近洋子は来てないな。」

 週に2,3度はオフィスに顔を出していた洋子が、10月あたりから週に1、2回になり、そして年末くらいからだろうか、全くオフィスに顔を出さなくなっていた。もともとは休暇を取っているのだから顔を出す必要もないのだが、もう3か月近くも顔を見ていない事に気づくと、何故だか急に洋子に会いたくなった。

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