第56話 仲人⑮
「僕がエレベーターに乗り込むと、社員全員びっくりしてね。あんなに込んでいるのに、僕の周りに、丸く輪ができるんだよ。誰もいない「輪」がね。そのうちに女の子が僕の顔を見て、コソコソと話しだしてね。そして僕にこう言うんだ。
「会長、お顔に何かついています」
って。僕はこう言ったさ。
「今日はとても大切な日でね。どうしても晴れてもらわなければならないんだよ。そこで今日は、てるてる坊主様をお連れした訳だ」
とね。そしたら、一同みんな大笑いしてね。僕の周りの「輪」が、一瞬で消えてしまったよ。」
それから、改めて僕達を見ると、
「いやぁ、実に楽しい朝だったよ。」
と話した。
僕も菅ちゃんも、何と言っていいものか、次の言葉を探しあぐねていると、
「僕はね、昨日、とても心打たれる経験をさせてもらったんだ。真奈美君がね、とてもキラキラと楽しそうに会社の話をするものだから、僕は彼女に聞いてみたんだ。「君にとって、会社とは一体何なんだ?」と。」
そして、菅ちゃんを見て、ふっと小さく息を漏らした。
「真奈美君が何と答えたかわかるな?」
突然の質問に、菅ちゃんはしばらく宙をみて考え込んだが、やがて
「私にはわかりません。」
と返した。
「真奈美君は、暫く、しごく真剣な顔で考え込んでな。そしてこう言ったよ。「会社は、オフィスエイトナインは、私の居場所です。」ってね。」
それを聞いて、菅ちゃんは、誰にともなく頭を下げた。僕には、彼の瞳が、うっすらと赤くなるのが見えた。
「知っているだろうが、私にはたくさんの社員がいる。系列会社まで入れれば、数十万人だろう。だが、その中の何人が、「会社は、僕の、私の居場所です」と言ってくれるだろうか。僕は真奈美君の居場所であるオフィスエイトナインにとても興味を持ってね…。どうだろう、これを機に、僕をオフィスエイトナインの、個人的なスポンサーにしてはくれまいか?そして僕に、ほんの少しだけ、君の会社を勉強させてはくれないか。」
僕も、菅ちゃんも、あまりの急な申し出に、返事をする事も忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます