第33話 別れ③


 「私たちには子供がいなかったでしょう。だからあの人は、それこそ入部した一人一人を自分の子供の様に愛したのよ。家に帰ってきてもあなた達の話ばっかり。でもそれがとても嬉しそうでね。でもそれと同時にうちの人はとても心配していたのよ。いくら野球に優れているといっても、所詮この道で食べていけるのは数える程しかいない。あなた達が卒業した後、野球しか知らない世間知らずの子供たちが一体どんな仕事につけるのか、立派に生きていけるのかって。あの人の事だから鬼の様にあなた達をしごいてきたでしょう?時々言っていたの。「ここまでして、あいつらの将来の何かの役に立つのかな?」って。あの人なりに苦しみもがいている時に、すぐるちゃんが入賞して写真家になったのよ。あの人の喜び様と言ったらなかったわ。「すぐるの様に違う道を見つければいいんだ。違う道だってあるんだ」って。自分自身に言い聞かせている様だったわ。あの人は新入部員にすぐるちゃんの記事を見せる事によって、”これからもし野球人生に終わりを告げる日が来ても、お前たちにも違う道がある”という事を教えたかったんだと思うわ。」


 ここにいる全員が、監督の心配していた子供達だ。夢叶わずに野球人生に終わりを告げた者たちだ。

 皆うつむいて涙を流していた。世間知らずの野球坊主が、世の中の荒波に揉まれて少しづつ世の中を知るに至ったに違いない。そして僕たちを愛するが故の苦悩が、監督にはあったのだ。

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