第32話 別れ②
「僕達全員監督の教え子なんです。工藤先生の4期後輩になります。」
まさに「体育会系」という話し方だ。彼のおおらかな雰囲気が一瞬にして葬儀場全体を明るくした様な気がする。
「いやぁ、いつかお会いできる日を楽しみにしていました。」
そう言うと仲間同士でうなづきあった。そして何故だかニヤニヤと笑っている…が悪い気はしない。理由を聞こうと思っていた所に奥さんがお茶を持って現れた。それから、小野寺の屈託のない笑顔を見ると、彼女もまばゆい笑顔を見せた。
「あらあら、何だか楽しそうね。」
斎場の入り口でろくに挨拶もできなかった僕は、改めて正座して、奥さんに頭を下げた。
「あっ、奥さん。いえね、これから奥さんの知らない「学校での監督」の話をしようと思っていた所なんですよ。」
「あらまぁ、それなら私も少しだけ参加させて頂こうかしら。」
そう言うと持っていたお盆も一緒に座りこんだ。
「いえね、僕ら工藤先生の後輩は誰でも思う事だと思いますが、僕達は先生にお会いできるのを楽しみにしていたんです。監督はいつも先生の話をしていましたから。新入生が入ると、必ず、先生が大賞を受賞した時の記事のコピーを配って、「お前達の先輩だ。お前達が目指す野球でではないが、一つ事をやり遂げた男だ。」と言ってそれから先輩の話を延々としていましたから。僕らが入部した時も、監督が先生の話をしはじめて…。監督がポケットに手をいれた途端、先輩方が「監督、切り抜きのコピーなら僕らがここに持っています」と言ってくしゃくしゃになった紙を監督に渡していました。監督は恥かしそうに笑っていましたが、それでも僕ら一人一人に切り抜きを渡して「後で読む様に」と言っていました。後で聞いた事ですが、監督の話を遮って切り抜きを渡すのは、どうやら毎年新人部員が入ってきた時の恒例行事になっていたらしくて。僕らもその後新人部員が入った時には、同じ事を監督にしたものです。」
彼も仲間も大声で笑った。
「折に触れて先生の話を監督に聞いていたものですから、先生を見つけてどうしてもお話しがたくて。大変失礼ながら初めてお会いした気がしませんで…。」
彼がとびきりの笑顔を見せた。
「そうか、監督がそんな事を…。」
感慨深げに僕が言うと奥さんが言った。
「すぐるちゃんは、あの人の希望だったからね。」
突然の言葉に僕は不可解だという顔をした。
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