第10話 知らされなかった事実①

両親は僕の帰郷をとても喜んだ。実家に帰るのはもう7、8年ぶりになる。時々は両親が上京して僕に会いには来ていたが、こうやって生まれ育った家で両親と会うのは、また格別な思いがあった。

 「すぐるが月々送ってくれるお陰で、お父ちゃんも私も、お蔭さんで楽させてもらいよるよ。野球を辞めた時はこれから先どぎゃん事になるかお父ちゃんもお母ちゃんも心配して神棚さんに毎日拝んどったばってん、ほんに、捨てる神あれば拾う神やね。日々感謝しとかなつまらんよ。」

 「捨てる神あれば拾う神ありか…。」

 全てはあの日から始まった。あの日僕は捨てる神に出会って、そしてポウは拾う神に出会った。そして今度は僕が「写真」という拾う神に出会った。

 母の懐かしい手料理を食べ、相変わらず母と僕の会話に相槌しか打たない父親と晩酌しながら夜は更けていった。

 家は何一つ変わっていなかった。ただ、その昔ジャブジャブと潜水ごっこをしていたお風呂は体を小さく丸めないと入れなかった。僕はその頃の僕を想い出す様に窮屈な湯船に、ゆっくりと体を沈めた。

 部屋に戻るときちんと布団が敷いてあった。昔はこの部屋に一人で寝るのが怖くて、夜中によく母の布団に潜り込んだものだ。

 僕の布団の枕元にバスタオルが数枚重ねてある。どうやらこれが、ポウのベッドらしい。

 「おふくろの気持ちを汲んで今日はここで寝てやってくれよ。」

 ポウは全くそれを無視して僕の布団に入り込んで来た。布団も昔と同じ匂いがした。


 九州への滞在予定は3日間だったが、母が近所の人達を招待して僕を紹介したり、近くにできた新しいショッピングモールに行こうと僕を誘い出したりと、それこそ母中心のイベントをたくさん組んでいたので、3日間はあっという間に過ぎていった。


 「とおる、どうしてる?」

 明日の昼には東京に帰らなければならないという日の夕食の時、僕は思い切って母に聞いた。

「吉村とおる」彼とは同じ野球部のエースとして苦楽を共にしてきた。中学の3年間同じクラスだったが、確か中学校1年生の時に新任の先生が「すぐる」と「とおる」という特に似てもいない名前をいつまでも覚える事ができず、僕を「とおる」、彼を「すぐる」と呼び間違える事が多くてそれで何となく親しくなった様な記憶がある。最も、二人とも野球部に入部してからは彼は守備のエース、僕は投球のエースという事で校内の人気を二分していた事もあり、色々な意味でのライバルであった。そしてまた、一番の親友でもあった。僕が東京の高校に野球で進学が決まった時も一番喜んでくれたのは彼だった。当時彼の家は色々と大変だったらしく、彼は夜間の高校に進む事を決めた。

「野球はどうするんだよ?」

今思えば俺のぶしつけな質問にも彼は笑って

「まぁ、これが俺の運命さ。」

と軽く受け流した。

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