第9話 偶然という必然③

菅原さんの助言もあって、写真には必ずタイトルをつける事にした。動物の何気ない姿に僕なりのタイトルをつけた。そのうちに僕の写真は新聞や雑誌にのり、多くの人が目にする事になった。そして、例のピンボケちっくな写真がほんわかと人の心を和ませると評判になり、僕はいつの間にか、名前を聞けば誰もが知っている有名写真家になっていた。

 作品と僕の名前が有名になるにつれて僕を取り巻く環境は大きく変わっていった。6畳一間のアパートから2LDKのマンションへ。2LDKのマンションから4LDKのスタジオつきマンションへ。そして田舎の両親へは二人で暮らすには充分なお金を仕送りできるまでになった。あれから5年、変わっていないのは、監督への想いと、ポウがここにいる事の二つだけだった。


 「そろそろ長期休暇でもとったらどうですか?」

 写真家になって一度も長い休みをとっていない僕に菅ちゃんが言った。もっとも「死ぬ気で頑張ります」の言葉通り、死ぬ気で仕事をとってきてくれた彼らに、僕も死ぬ気で頑張って答えた。気がつけば「エイトナン」も小さな雑居ビルから都心のおしゃれなビルへと拠点を移していた。「菅原さん」もいつからか「菅ちゃん」に変わった。

 「そうだな、少しゆっくりしようかな。」

 「そう言うと思ってました。」

 菅ちゃんは僕に封筒を差し出した。開くと九州までの往復チケットが入っている。

 「ご両親、いつも心配なさってます。たまにはご実家に帰ってあげて下さい。これがワタクシ代表取締役が先生に休みを取っていただく条件です。」

 そう言ってニコリと笑った。


 母はどうやら時々会社に電話をかけているらしかった。「息子ばよろしゅうお願いします。」が口癖の様で、一時期、事務所の若い子達が、かなりあやしい九州弁を使って会話しているのを耳にした。ある時などはたまたま事務所に寄った際に、その都心の一等地とは全く似合わない、らっきょうの匂いがフロア中に充満していて「何事か」と聞けば、田舎の母が手作りのらっきょうを送ってきたという。あまりの匂いの強さに最初は手を出さなかった若い女の子も、母のらっきょう攻撃に負けてとうとう一粒食べた所、その味に魅了され、最近では僕を見かけると、

 「先生、お母様にらっきょうの時期はまだですか?とそれとなく聞いて頂けませんか?以前送ってもらったらっきょう、もうほとんどないんです。事務所の子達で一日一人3個と決めていたんですけど、どうやら残業中にみんなこっそり食べているみたいで。あー。待ち遠しいわ。」

 と言うまでになった。今どきのとてもきれいで可愛い女の子が、お昼時にらっきょうをボリボリと食べている姿もおかしいが、30近い大人をつかまえて、「息子をお願いします。」もないもんだ。

 そんな事を思い出していると、

 「先生、頼みますよ。ポウも一緒に飛行機に乗れる様に手配済みです。どうぞごゆっくり親孝行なさってきて下さい。」

 親孝行にアクセントをつけて、菅ちゃんが、ニヤリと笑った。


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