第6話 激動

受賞賞金200万円。授賞式は再来週になっていた。どうせ暇だし、何よりも受賞賞金200万円に興味があった。

僕はほんの軽い気持ちで、GパンにTシャツで授賞式に行った。

 会場はたくさんの人でにぎわっていた。都内の有名なホテルとあってきれいに着飾った人たちで一杯だった。だれもが、スーツにネクタイといったいでたちで、僕は一瞬にしてこの服装でここに来た事を後悔した。

 会場の入り口では、案の定丁寧に入場を断られた。まぁ、一応だめもとで受賞者だと答えると、今度は相手がかなりうろたえて

 「これはこれは大変失礼致しました。」

 と繰り返した。

 「先生をお席に案内して!」

 近くの人に声をかけるとあわてて僕におじぎをして立ち去った。

 「先生?なんじゃそりゃ?」

 首をひねりながら、僕は言われるままにひな壇に上がった。50人はいるカメラマンが一斉にフラッシュをたく。モーニングを着た司会進行役の男性が仰々しく話し始めた。

 「これより、第五十一回全国写真展大賞の授賞式を始めます。まずは大賞受賞者であります工藤すぐる様。」

 会場からひときわ大きな拍手がわいた。そして又してもフラッシュの嵐。何が何だかわからないまま、初老の男性から賞状と賞金をもらうと、又しても僕はひな壇に座らされた。

 「お待たせしました。インタビューを始めて下さい。」

 「はい」

 スーツをびしっと着こなした男性が手を上げた。司会進行役がどうぞと手で合図を送る。

 「工藤さん、いや先生。本日は受賞おめでとうございます。日本最高峰の賞を受賞されて、これで先生の写真家としての道は約束された訳ですが、今後どの様な活動をしていくご予定ですか?」

 “先生?日本最高峰?写真家?”

 僕はいきなり異国につれてこられた心境でいた。

 何とかインタビューを終えてひな壇からおりると、新聞社や雑誌社の人たちがおのおの名刺を差し出してきた。

 「先生の写真の特集を是非弊社で組ませて頂きたいのですが!」

 みな、同じような事を繰り返し話している。

 「すみません。今日は疲れているので。申し訳ないのですが、又こちらから連絡させて頂きます。」

 そう言うのがやっとの事で人ごみを掻き分ける様にして会場を出た。


 「先生、レセプションは夜からですから少しお部屋でおくつろぎになってはいかかですか?」


 さっき僕を追い返そうとした彼が優しい笑顔で話しかけた。

 「ええ、そうさせてもらうと有難いです。」

 何となく予想した通り、ホテルは最上階のスィートルームだった。

 「訳が分からない」

 とりあえずテレビをつけてみた。

 速報で全国写真展大賞の授賞式が行われた事を伝えている。思えば僕は小学校から野球しか知らなかった、又野球にしか興味もなかった。世の中にどんな賞があるのか、又それがどれだけすごいのかなどど考えてみた事もなかったし、ましてや昨日まで落ちこぼれの野球選手にしかすぎなかった僕が一夜にして先生と呼ばれ、しかも写真家への道が約束されたなんて。体がうもれてしまいそうなくらいの大きくて柔らかいソファーに座ったままで僕はこれが現実なのかを試す為に頬をつねった。

 レセプションはさらに盛大だった。主催者側が気をきかせてくれて、僕にスーツを用意してくれていた。会場には、写真には全く興味がない僕でも知っている有名な写真家も来ていた。会場では僕の作品を褒め称えるコメントが数多く発表されていた。

 「作品は、先生が暖かく、いとおしんで猫を見守っている様子がはっきりと感じられる。ほんの少しだけ写真全体を、いわゆるピンボケにさせたのもこの作品をより一層ひきたてている。」

 多くはそんなコメントだったが、ピンボケについて言わせてもらえば、それはいつもは使わない左手でカメラを押さえて、右手でシャッターを押した為にカメラがぶれてピンボケになっただけで、それは僕が計算してやった事ではない。

 あまりに作品が褒められるので僕はピンボケについて、とうとうその事実を話してしまった。

 「そういう訳で、これはたまたまですから。

だから僕自身、カメラを手にした事は本当に数える程しかないんです。」

 これで僕への賞賛が終わるかと思うと僕はほっとしながらウーロン茶を飲み干した。


 「それは君、それが才能というものだよ。」

 

 振り向くと大先生と呼ばれる写真家がグラスを片手に立っていた。

 「人は誰しも、他人もそして自分さえ知らない能力を秘めておる。その能力が何かのきっかけで世に出た時、人はその能力を才能と呼び、その人を天才と呼ぶのだ。能力を持ちその能力に気づいている人は数多くいるが、それを世に出させる運とタイミングときっかけを兼ね備えているのは、それこそ君の様な一握りの天才しかいないんだよ。わかるかね工藤君。」

 その言葉を聞いていた人が誰からともなく拍手をはじめた。拍手は大きな渦となって会場を埋め尽くした。


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