第16話 これからも、ずっと僕の傍にいてよ


 その日の夜、僕は例のごとくエリザに血をあげた後、自分の部屋へ戻ろうとする彼女を引き留めた。


「ちょっと話したいんだ。ここに座りなよ」


 僕はベッドに腰かけ、右隣りをポンポンと叩いてエリザに座るよう促した。


「……失礼いたします」


 ファサッとワラのしなる音がして、エリザがベッドに沈んだ。


 耳がペタッと頭に張りついていて、力なく顔を下に向けている。


 怒られるとでも思っているのかな?


 そう考えた僕は、できるだけ明るい口調を心掛けた。


「えっと、話っていうのは、ケイシーとケンカしたことについてなんだけれどね。いや、別に怒ってるわけじゃないんだよ? ただ、どうしてあんなことになっちゃったのかなって、気になってさ」


 僕がやんわり尋ねると、エリザはやや間を置いてから答えた。


「……不安になったんです」


「不安?」


「だって……ケイシーは、可愛いじゃないですか」


「ん? まあ、可愛いけれど、それがどうしたの?」


「ヤクシー・キャットは私より珍しい種族ですし、戦闘能力も高いですし、その上あんなに愛嬌のある容姿をしていたら、私はもう御払い箱になるんじゃないかと……そう思ったら、ついカッとなって……」


 エリザは太ももの上に置いた手をギュッと握りしめた。


 その手の甲を、大粒の涙が濡らしていく。


 よっぽど思い詰めていたみたいだ。


 なるほど、分かった。


 僕は、エリザの頭を優しく撫でた。


「っ、……御主人様?」


 潤んだ瞳でエリザが見上げてくる。


 僕は柔らかく微笑んだ。


「僕がエリザを見捨てるわけないじゃないか」


 エリザの頭に手を置いたまま続ける。


「出会った時から今までずっと、エリザは僕を支えてきてくれた。僕一人だったら、もう挫けていたかもしれない。エリザがいたから今の僕がいるんだ。エリザはもう、僕にとってはかけがえのない存在なんだよ。そんな大切なエリザを見捨てるわけないじゃないか。これからも、ずっと僕の傍にいてよ」


 掛け値なしの本心だった。


 精一杯の感謝を込めて、純粋な想いを吐露した。


 すると、エリザは口を引き結んで目に涙を湛え始めた。


「……ご……ごしゅりんしゃまぁ!」


 うわっ、エリザの涙腺が崩壊した!


 まるで滝みたいに涙が出てくる!


 えっ、どうしよう、止まんない!


 どうすればいいの!?


「うわ~~~ん、うわ~~~ん!」


 エリザの泣き声は宿屋全体に響き渡った。


 おかげで僕は、宿屋の店員さんから『激しいプレイはご遠慮ください』って注意されてしまった。


 なんということでしょう!


 とんでもない誤解をされてしまった!


 ……それはさておき、エリザは泣き止んだ後、ケイシーに謝りに行った。


 二人は無事に仲直りできたようだ。


 めでたしめでたし。




翌日―――




 はぁ~~~。


 宿屋を出る時、店員さんに、ものすごい白い目で見られちゃった。


 あの宿屋、安くて良かったんだけれど、二度と敷居をまたげないだろうなぁ。


 はぁ~~~。


 めでたしめでたしで終わらないのが人生なんだなぁ。


 何かを悟った気がするよ。


 おじいちゃんの域に一歩近づいたかもね。


 はははっ。


「御主人様、どうしたにゃ? 暗い顔して」


「……あ、あははっ、なんでもないよ」


 ケイシーが心配そうに顔をのぞき込んできたので、僕は無理に笑ってはぐらかした。


「申し訳ありませんでした」


 すかさずエリザが小声で謝罪してきた。


「ははっ、気にしないでよ」


 並んで歩きながら、エリザの頭をポンポンと軽く叩く。


「私、今日はいつも以上に頑張らせていただきます」


「あははっ、ありがとう。あんまり無理しないでね」


 ぎこちない笑顔を浮かべるエリザにそう返した僕も、うまく笑えていたか自信がない。


 そんなやりとりをする僕たちを見て、ケイシーは不思議そうに小首をかしげていた。




 さてと、気を取り直してクエストを受注しよう。


 冒険者協会会長ギルドマスターからの依頼とは平行して請け負えるからね。


 ああそうそう、僕は冒険者レベルが15になったから、また新しいクエストが増えているかもしれない。


 どれどれ……。




●ウィスプの討伐


受注できる冒険者レベル : 14~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ウィスプを1体討伐し、コアを持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨6枚&冒険者ポイント+12

※他のクエストとの重複受注可




●トレントの討伐


受注できる冒険者レベル : 14~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : トレントを1体討伐し、根を持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨6枚&冒険者ポイント+12

※他のクエストとの重複受注可




●ラージ・スライムの討伐


受注できる冒険者レベル : 14~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ラージ・スライムを1体討伐し、コアを持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨6枚&冒険者ポイント+12

※他のクエストとの重複受注可




●ピクシーの討伐


受注できる冒険者レベル : 14~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ピクシーを1体討伐し、羽を持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨6枚&冒険者ポイント+12

※他のクエストとの重複受注可




 うん、やっぱり増えてる!


「御主人様」


「ん?」


 僕が掲示板を眺めていると、ケイシーに袖をクイクイッと引かれた。


「なんで、こんな弱っちい魔物を狩るのにゃ? 御主人様なら、Aランク以上の魔物とだって渡りあえるにゃしょう?」


「仕方ないのよ、ルールがあるもの」


 頭上に疑問符を浮かべているケイシーに、エリザが諭した。


「魔物にランクがあるように冒険者にもランクがあって、今の御主人様はEランク冒険者だからEランクの魔物までしか狩れないのよ」


「なんにゃそれ? おかしいにゃ。御主人様は強いんにゃから、強い魔物の相手をするべきにゃ」


「そういうわけにはいかないのよ。決められたルールには従わなきゃ」


「うにゃー、面倒だにゃー」


 ケイシーが疑問に思うのはもっともだ。


 僕だって、できれば自分の実力に見合ったクエストを受けたいよ。


 でも、皆が無秩序にクエストを請け負っていたら、今以上に不正が横行するだろうし、誰も弱い魔物を倒さなくなるから異常繁殖しちゃうだろうし、多くの問題が出てくる。


 だからルールは必要だし、ちゃんと守らないとね。


「では御主人様、受注用紙を提出してまいります」


「うん、頼んだよ」


「うみゅ~~~、モヤモヤするにゃ」


 冒険者のルールに納得がいかないのか、ケイシーは腕を組んで眉間にシワを刻んでいる。


「こればかりは仕方ないよ」


 僕はケイシーをなだめようと頭を撫でた。


「うみゅ~~~」


 髪の毛が細くて柔らかい。


 サラサラというよりフワフワって感じだ。


 エリザとはまた違った心地よい手触り。


 う~~~ん、これは撫でるのがクセになりそうだ。


 ケイシーも目を閉じて、まんざらでもなさそうな表情をしている。


「オッホン!」


 僕がケイシーの頭を撫でるのに没頭していると、知らぬ間にエリザが横に立っていて大きく咳払いした。


「御主人様、受付を済ませてきました。クエストへ向かいましょう」


 エリザは、丁寧な中に尖ったものが混じったような口調で促す。


 心なしか、黒いオーラを纏っているような……。


「う、うん」


 僕は、そんなエリザに気後れして声が上擦った。

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