第17話 絶望ビリー

「よし! ちゃっちゃと終わらせて、御主人様をランクアップさせるにゃ!」


「無茶しちゃダメだよ。まだ本調子じゃないんでしょ? 危険を感じたら、すぐに僕の元へ戻ってくるんだよ」


「了解にゃ!」


 ケイシーは麻袋を受け取ると、鼻息を荒くして山へ駆けて行った。


 ヤクシー・キャットは嗅覚こそヴァンパイア・ライカンに劣るものの、聴覚が優れているので索敵能力にはそれほど差がないだろうから、ケイシーもエリザと同じくらいの働きをしてくれそうだ。


 ありがたいなぁ。


 主従関係にあるとはいえ、積極的に僕の力になってくれようとしているのが嬉しかった。


「では、私も行ってまいります」


「うん、お願いね。エリザも無茶しないでね」


「お心遣い、ありがとうございます」


 エリザもケイシーに続いた。


 二人を見送った後、僕は冒険者協会会長ギルドマスターからの依頼を遂行することにした。


 高ランクの魔物をアークレイ山に引き連れてきた犯人を発見して捕まえる……それが今回のクエストだ。


 そして、犯人は魔物使いビーストテイマーだってことも分かっている。


 なら、僕のスキルが役に立つ。


全方位把握パノプティコン!」


 僕は早速、スキルを使って周囲を探ってみた。


 このスキルの範囲は僕を中心とした半径3000メートルだ。


 広大なアークレイ山全体をカバーするには足りない。


 だから、怪しい人物、あるいは怪しい集団―――魔物使いビーストテイマーが一人とは限らないので―――が見つかるまで歩き回ろうと思っていた。


 けれど、拍子抜けするくらいアッサリと不審な集団を発見できてしまった。


 ざっと30人くらいだろうか?


 異様な雰囲気を漂わせた男たちだった。


 全員、左の二の腕に赤いドクロのタトゥーが彫られている。


 もしかすると、盗賊団なのかな?


 おじいちゃんから聞いたことがある。


 盗賊団は、仲間の証として身体のどこかにタトゥーを彫るんだって。


 そして、そのうちの一人は今、大型の魔物に跨っていた。


 そんなことができるのは魔物使いビーストテイマー以外に考えられない。


 ……ん?


 そんな彼らを注意深く確認していた僕は、その中に見覚えのある人物を発見した。


「あれ、ダンじゃない?」




◆ ◇ ◆




 ところ変わって、アークレイ山の奥深く。


 そこには、アルトが目指している集団がいた。


 盗賊団―――紅の骸骨クリムゾン・スカル


 悪逆非道、冷酷無比、人の命など道端の石ほどにも思っていない連中であった。


 彼らは様々な村や街を襲い、金品や食料などの強奪を繰り返していた。


 そして、次のターゲットにアルトたちのいる街を選び、襲撃の機会をうかがっているところであった。


 構成員は30人と少ないが、そのほとんどがDランク冒険者以上の実力を持った手練れだ。


 中でも、盗賊団のリーダーは別格で、討伐にやってきたBランク冒険者を何人も返り討ちにしている。


 名をジオル・ハマーといい、魔物使いビーストテイマーである。


 逆立った金の短髪に、左目に深い斬り傷がある筋骨隆々とした大男であった。


 そんな彼は今、大型の魔物に乗りながら、一人の男を見下ろしていた。


 彼は、ひどく機嫌が悪かった。


「なぜ逃がした?」


 重低音の声で詰問する。


「……申し訳ねぇ」


 問われた方の男は地面に正座し、項垂れながら謝罪した。


「答えになっていないだろう? 俺はお前に、魔物たちを逃がした理由を聞いているんだぞ?」


「……もう、勘弁してくだせぇ」


「ちっ」


 忌々しそうに舌打ちすると、目の前の男をムチで打ち据えた。

 

「あぎぃぃぃ!!!」


 打たれた男は、たまらず悲鳴を上げる。


 見れば、その男の身体には無数のミミズ腫れができていた。


 どうやら、もう何時間もこうして折檻されているようだ。


「あ……が……」


 男は苦痛に耐えられなくなったのか、昏倒してしまった。


 地面に仰向けに倒れる。


 露わになったその顔には見覚えがあった。


 ダン・ヴァンダイン―――冒険者をクビになった男である。


 彼は職を失った後、冒険者時代のコネを伝って紅の骸骨クリムゾン・スカルのメンバーとなったのであった。


 今回、アルトの住む街が標的にされたのも、彼が手引きしたからである。


「魔物の管理も満足にできないゴミめ」


 ジオルは魔物から降りると、ダンに唾を吐きかけ脇腹を蹴った。


 ダンは衝撃で地面を転がる。


 そこはちょうど下り坂になっており、彼はゴロゴロと斜面を落ちていった。


 かつては街一番の冒険者として肩で風を切っていたダンは見る影もなかった。


「おいビリー、あいつにトドメを刺してこい」


 そう指示すると、また魔物の背に跨った。


「あ、ありがてぇ! も、もう、な、何日も、血、血、血を見てなくて、気、気が狂いそうだったんだ!」


 指名されたのは、スキンヘッドで眉毛のない男だった。


 身体の露出している部分のほとんどに火傷の痕がある。


 ビリーと呼ばれた男は邪悪そうに口元を歪めると、坂を滑るように走って行った。


 その後ろ姿を見送っていた盗賊団の一人が呟く。


「へへへっ、ダンの野郎も可哀想にな。紅の骸骨クリムゾン・スカルの処刑人・“絶望ビリー”が行ったんじゃ、楽には死ねねぇぞ」




◆ ◇ ◆




 僕は怪しい集団を目指して歩いていた。


「この坂を登ったところか」


 うひゃー、急勾配だなぁ。


 これを登っていくの、しんどいなぁ。


 う~~~ん……日ごろの運動不足を解消するにはいいと思うけれど、さすがに尻込みしちゃうよ。


 足が進むことを拒否しちゃってる。


 向こうから来てくれないかなぁ。



ゴロゴロゴロゴロ―――



 うわっ、なんか転がって来た!?


 えっ、人、なのか!?


 と、とりあえず止めないと!


制動ブレーキング!」


 僕が呪文を唱えると、その人の動きが止まった。


 僕は、うつ伏せになっているその人へ近づいて行く。


「……これは酷い」


 その人は傷だらけだった。


 落ちてくるときについたものもあるだろうけれど、明らかにそれ以外の原因でついたものが見受けられた。


「すぐに治してあげますからね。……回復ヒール!」


 僕が回復魔法を使うと、その人の傷は瞬く間に消え去った。


「うっ……ん? 俺は、どうなったんだ? 傷が……治ってやがる」


 その人がおもむろに立ち上がる。


「あ」


 その人は、僕が良く知る人物だった。


「ダン」


「てめぇは……クソザコ野郎!」


「どうしてこんなところにいるんですか? それに、どうして傷だらけだったんですか?」


「うるせぇ! テメェにゃ関係ねぇだろ!」


 取りつく島がないなぁ。


 どうしたもんかなと思っていると、ふいに坂の上の方から何者かの笑い声が響いてきた。


「ひゃっ、ひゃはははははは!!!」


「!? ビ、ビリー!」


 ダンが声のする方を見上げながら慌てふためく。


 なんだか、心の底から怖がっているような……。


「ひゃっ、ひゃはは! ラ、ラッキー! ふ、二人に、ふ、増えてやがる! れる! ふ、二人も、れる!」


「ま、待ってくれ! 俺はまだ役に立てる! もう一度チャンスをくれ!」


「血、血、血を見せろぉぉぉ!!!」


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」


 両者の声が山中にこだまする。


 ビリーと呼ばれた男は、坂を下りてきた勢いを利用して大きく跳躍し、腰の短剣を抜いてダンに斬りかかった。


 ダンは素早く方向転換して駆けだし、ビリーの凶刃をギリギリでかわした。


「う、動けるのか? ……い、いいね! こ、これで、な、長く、た、楽しめる! お、鬼ごっこの、は、始まりだ!」


 ビリーが舌なめずりする。


 そして、ダンの背中から僕へ視線を移すと、その口元が不気味な弧を描いた。


「お、お前も、に、逃げろよ! お、おれは、に、逃げるヤツを、う、後ろから襲うのが、だ、大好きなんだ!」


「ええっ!?」


 出会い頭に攻撃してこようとするなんて、一体どういう神経してるんだこの人は!?


 それに、さっきのダンへの攻撃だって、明らかに殺す気でやったものだったし。


 やっぱり盗賊なんだ。


 盗賊は血も涙もない連中ばかりだとは聞いていたけれど、本当だったみたいだ。


 だとしたら、こんな危ない人たちを放っておけない。


 全員、捕まえなきゃ。


 僕の胸に、そんな使命感が芽生えた。


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