第14話 御主人様にはもう私がいるんだから、あなたはお呼びじゃないのよ!

 僕は、いつもエリザにしているように指を噛み切って血を滴らせた。


「僕の血でよければ、どうぞ」


 指を近づけていく。


 すると、ケイシーの顔に血が一滴、垂れてしまった。


「クンクン……すごくいい匂い……ぺろっ……うまぁ~~~!!!」


 僕の血を舐めたケイシーは上体を起こすと、僕の指に吸いついて喉を鳴らした。


 よっぽどお腹が空いていたのだろう。


「んくっ……んくっ……ぷはぁ~! 美味しかったにゃ!」


「それは良かった」


「お兄さん、ケイシーが血を飲むって知ってたにゃ?」


「うん。ヤクシー・キャットのことは、おじいちゃんから聞いていたからね」


「……ケイシーのこと、恐くないにゃ?」


「ん? どうして?」


「どうしてって……だって、普通じゃにゃいでしょう? 血を飲む種族にゃんて」


「? いや、そういう種族もいるんだな、くらいにしか思わないけど」


「……ケイシーのこと、本当に恐くないにゃ?」


「ちっとも」


「じゃあ……血を吸われるのも平気にゃ?」


「うん」


 僕が頷くと、ケイシーはパァッと花が咲くように破顔して飛びついてきた。


「うわっ!?」


「お兄さん! お願いにゃ! どうかケイシーの御主人様になってほしいにゃ!」


「ええっ!?」


 なんか、前にもあったような展開!


「そして毎日、その美味しい血を飲ませて欲しいにゃ!」


「ええっ!?」


 僕たちがそんなやりとりをしていると、ちょうどそこへ狩りを中断したエリザがやってきた。


「御主人様、ご無事ですか!? とても大きな揺れと地鳴りが……」


 なぜか途中で口ごもり、ブルブルと身体を震わせながら人差し指を突き出した。


 その矛先は僕の上半身に密着しているケイシーに向いている。


「ご、御主人様? そ、その、だ、抱きついている、“それ”は、な、なんですか?」

 

「それとはなんにゃ! 失礼にゃ! ケイシーは誇り高いヤクシー・キャットにゃんだぞ!」


 僕に張りついたまま、ケイシーが不満げな声を発する。


 とりあえず下りてくれないかな?


「……いえ、そんなことはどうでもいいわ。それより、その右腕の【隷属紋】……」


 ん?


 ケイシーの【隷属紋】を見て取ったエリザの様子が変わったぞ。


 震えが収まって、視線が鋭くなった。


「まさか……あなたも御主人様の奴隷になる気じゃないでしょうね?」


 おや?


 なんだかエリザの身体からドス黒いオーラが立ち昇ってきたような……。


「そのまさかにゃん! ケイシーも、ってことは、お前はこのお兄さんの奴隷なのかにゃ?」


「そうよ!」


「じゃあ先輩にゃ! よろしくにゃ!」


「何を言ってるのよ! 御主人様にはもう私がいるんだから、あなたはお呼びじゃないのよ!」


「かたいこと言わないでほしいにゃ! こんなに強い人間は珍しいにゃ! それになにより、この身体には魔力を豊富に含んだ美味しい血が流れているにゃ! こんな、逃す手はないにゃ!」


 ごちそう!?


「ちょっと! 聞き捨てならないわね! 御主人様を食べ物扱いするだなんて! ごちそうであることは否定しないけれど!」


 否定しないの!?


「舌がとろけそうになるくらい美味しいけれど!」


 そうなの!?


「にゃ? お前も血を飲むのにゃ? お前、ライカンじゃないにゃ? もしや……ヴァンパイア・ライカンなのかにゃ?」


「そうよ!」


 エリザが認めると、ケイシーは急に神妙な面持ちになった。


 声のトーンを低めて諭すように問いかける。


「なら、お前も苦労してきただろうから分かってくれるにゃ? ただでさえ獣人は世間の風当たりが強いのに、血を飲むからっていう理由で魔物と間違われて討伐されそうになったりしてきたにゃしょう?」


「っ……それは……」


「お前も、冒険者たちに追い回されて、ケガして弱ってるところを奴隷商人に捕まっちゃったんじゃないかにゃ?」


「……」


 そうだったの!?


 真偽を確かめようと、エリザに視線を向ける。


 その暗い表情を見ると、どうやらケイシーの話は真実らしい。


 ケイシーはさらに奴隷になった経緯を詳しく語った。


 ヤクシー・キャットは山奥の村で人間と一緒に生活してきたけれど、血を提供してくれる人間たちの高齢化が進んだため、新鮮な血を求めて旅に出たらしい。


 しかし、ケイシーたちのような特殊な種族に対して理解を持たない人間たちは、彼女たちを魔物と勘違いして攻撃してきたそうだ。


 彼女たちは平和的な説得を試みた。


 攻撃されても反撃することなく、無理やり血を飲むなんてこともしなかった。


 でも、人間たちはケイシーたちの言葉に耳を貸すことはなかったという。


 そして、とうとう空腹と疲労とケガで動けなくなっているところを奴隷商人に発見され、今に至ると。


 エリザの境遇も似たようなものらしい。


 なるほど、そういうことだったのか。


 これで、エリザが奴隷になった謎も解けた。


 おかしいと思っていたんだ。


 戦闘能力の高いヴァンパイア・ライカンが、どうして奴隷になったのか。


 そういう理由があったんだな。


 僕は、ずっとおじいちゃんと二人で、山奥で生活してきたから、特別な種族に対する世間の反応なんて知らなかった。


 おじいちゃんも教えてくれなかったし。


 でも……そうか。


 エリザもケイシーも、苦労してきたんだな。


「……まっ、湿っぽい話はここまでにしようにゃ! 似たもの同士、仲良くしようにゃ!」


 僕が複雑な心境でいると、ケイシーが一際、明るい声を出して場の雰囲気を切り替えた。


 僕から下りてエリザの元へ駆けて行き、右手を差し出した。


「ケイシーの名前はケイシー・シュナイダーにゃ! よろしくにゃ!」


 エリザが僕に戸惑ったような目を向けてくる。


 だから僕は、ニコッと微笑んで頷いた。


 するとエリザは、ぎこちない動作ながらも、しっかりとケイシーの手を取った。


「私はエリザ。エリザ・ベルモンドです。よろしくケイシー」


 こうして、新たにケイシーが僕の奴隷となった。




その日の夜―――




 僕はケイシーに服を買ってあげることにした。


 いつまでも奴隷の貫頭衣じゃ可哀想だからね。


 冒険者協会ギルドへ向かう前に服飾店に立ち寄って、ケイシーの好きな服を買ってあげた。


 しかし……なぜか彼女はエリザと同じようなメイド服を選んだ。


 なんでもいいって言ったんだけれどな。


 もしかして、エリザの服装を見て、奴隷はメイド服を着なきゃいけないっていうルールがあると思ったのかな?


 別に、そんなことはないんだけれど。


「御主人様、ありがとうにゃ! これ、すごく気に入ったにゃ!」


 なんてことを告げようとしたけれど、ケイシーがとびっきりの笑顔で抱きついてきたので止めた。


 せっかく喜んでいるのに水を差しちゃ悪いし、メイド服を着たケイシーは可愛いし……オホンッ、なんでもない。


「では、用が済みましたし、冒険者協会ギルドへ参りましょう御主人様」


「うにゃ!?」


 そこで、エリザが強引に僕たちの間に割って入ってきた。


 そのはずみで、ケイシーが弾かれるような形で尻もちをついた。


 エリザは、そんなケイシーに一瞥いちべつをくれると、僕の腕に絡みつくように手を回し、やや乱暴に引っ張っていく。


「ケイシー、ぼさっとしていると置いていくわよ」


「にゃにっ!? そっちが突き飛ばしたんにゃしょう!?」


「あら、なんのことかしら?」


「うにゃー! しらばっくれるにゃっ!」


 ケイシーが怒鳴りながらエリザに掴みかかる。


「ちょ、ちょっと二人とも!」


 彼女たちは、どういうわけか人通りの多い道の真ん中で取っ組み合いを始めてしまった。

 

 なんでこんなことになったの!?


 僕は、どうしていいか分からず、おろおろするばかりだった。


 だって、女の子のケンカの仲裁の仕方なんて教わってないもん!


 こういう時どうすればいいの、おじいちゃん!?


 心の中で問いかけてみても、事態が好転することはなかった。

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