第13話 お前らそれでも人間かにゃー!


「おはようございます、御主人様!」


「おはよう、エリザ」


 あくる日、エリザは普段通り朗らかに挨拶してきた。


 どうやら、魔法が効いたようだ。


 僕はあの後、エリザに対して「忘却オブリビオン」という呪文を唱えた。


 相手の記憶を任意で消すことができる魔法だ。


 この魔法は無闇に使うなって、おじいちゃんから釘を刺されていたけれど……昨夜のことは、エリザにとっては忘れてしまいたい黒歴史だと思うから、きっとおじいちゃんも許してくれるだろう。


「では、今日も私にお任せください!」


「うん、頼むよ」


 僕たちは、いつも通りに冒険者協会ギルドへ向かった。




 さて、またレベルが上がったから、受注できるクエストが増えているはずだ。


 確認しないとね。


 そう思って、掲示板を見上げる。


 僕の冒険者レベルは12だから……おっ!


 


 ☆討伐系クエスト


●ポイズン・スネークの討伐


受注できる冒険者レベル : 10~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ポイズン・スネークを1体討伐し、キバを持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨4枚&冒険者ポイント+8

※他のクエストとの重複受注可




●ホーネットの討伐


受注できる冒険者レベル : 10~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ホーネットを1体討伐し、針を持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨4枚&冒険者ポイント+8

※他のクエストとの重複受注可




●ハウリング・バニーの討伐


受注できる冒険者レベル : 10~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ハウリング・バニーを1体討伐し、前歯を持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨4枚&冒険者ポイント+8

※他のクエストとの重複受注可




●アシッド・スネイルの討伐


受注できる冒険者レベル : 10~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : アシッド・スネイルを1体討伐し、殻を持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨4枚&冒険者ポイント+8

※他のクエストとの重複受注可




 冒険者レベル10以上になると、受注できるクエストが増えたな。


 それも当然か。


 冒険者の仕事は、ここからが本番だもの。


 冒険者はEランクになって初めて、冒険者として胸を張れるようになる。


 Fランクのクエストは正直、子供でもこなせるようなものばかりだからね。


 そんな簡単なクエストなら冒険者にやらせなくてもいいじゃんと思うけれど、それはそれで問題があるから仕方がない。


 例えば、スライムやゴブリンは放っておいたらあっという間に繁殖して森や山などの生態系を破壊してしまうから、定期的に駆除する人がいないといけないんだよね。


 そういう問題があるのもそうだけれど、Fランク冒険者の最大の目的は、簡単なクエストをこなしながら実践経験を積み、剣や魔法を研鑽けんさんしていくことなんだ。


 Fランクは、一人前の冒険者になるための重要な準備期間でもあるんだ。


「御主人様、受注用紙を提出してきますね!」


 僕が突っ立ったままそんなことを考えていると、エリザがいつものように張り切った声を上げた。


 相変わらず、行動が早い。


「うん、お願いするよ」


「はい!」


 耳をピョコピョコ動かしながら嬉々として受付へ駆けて行く。


 用紙を受理してもらったエリザが戻ってくるのを待って、僕たちはクエストへ出かけたのだった。




 アークレイ山に到着すると、エリザは早速、魔物を狩りに奥へと走って行った。

 

 やることがない僕は、ただ突っ立って案山子かかしの真似をするのも嫌なので、その辺を散策することにした。



ヒヒィィィン!!!―――



 しばらくブラブラと道なき道を歩いていると、どこからか馬のいななきが聞こえてきた。


 それに、人の声も混じっている。


 なんだか焦っているような、怒鳴っているような感じだ。


 割と近いな。


 どうやらこの声の主は、左側の崖の下にいるようだ。


 気になったので、そちらへ向かってみることにした。


 崖の突起を利用して、スルスルと下りていく。


 視線を落とすと、そこには馬車と二人の男がいた。


 あと、馬車の荷台には檻が積まれていて、中には一人の小さい女の子が見える。


 そして、彼らの前方には大型の魔物がいて、馬をむさぼっていた。


 僕が崖を下りきると、すぐ傍で男たちが切羽詰まった声を上げていた。


「ちくしょう! なんでこんなところに“アイアン・スコーピオン”がいやがるんだ!?  おまけに高い金払って雇った護衛は逃げちまうしよぉ! ツイてねぇ!」


「ボス! 奴隷なんて見捨てて逃げようぜ! 金より自分たちの命の方が大事だって!」


「クソッ! またかよ! 高値で売れるはずだったのによぉ!」


 男たちは僕の存在に気づかず、走り去っていく。


「にゃにゃ!? ケイシーを置いていくのにゃ!? お前らそれでも人間かにゃー! お前らの血は何色だにゃー!」


 檻の中から女の子が喚く。


 ボロボロの貫頭衣かんとういを着ていて、手足にかせをハメられていて、右腕に【隷属紋】があることから奴隷だと分かる。


 黒色の瞳に明るい茶色のショートヘアで、猫のような耳と尻尾が生えていている。


「にゃ! そこのお兄さん! お願いにゃ! ここから出してほしいにゃ! このままじゃ、ケイシーは魔物に食べられちゃうにゃ!」


 その子は僕を認めると、助けを求めてきた。


 どうやらこの子はケイシーという名前らしい。


「大丈夫だよ、ケイシー」


 僕は興奮している彼女を落ち着かせようと優しい口調で言いながら、檻に近づいて行った。


「なにしてるにゃ!? 早くカギを探してきてにゃ! その辺に落ちてるはず―――」


開錠アンロック!」


「にゃ!?」


 僕が呪文を唱えると、檻のカギとケイシーの手足の枷が外れた。


「す、すごいにゃ! 手錠がとれて、檻まで開いちゃったにゃ! こんな特殊な魔法、初めて見たにゃ! お兄さん、すごいにゃ!」


「わっ!」


 束縛から解放してあげた途端、ケイシーが抱きついてきた。


 女の子特有の柔らかさが伝わってきて、僕は顔が熱くなった。

 

「はっ! お兄さん、早く逃げましょうにゃ! 魔物に食べられちゃうにゃ!」



ゴギャァァァ!!!―――



「にゃひっ!?」


 ケイシーが逃げようと提案して僕の手を引いた矢先、魔物が破鐘われがねのような奇声を発した。


「お兄さん、急いで!」


「おおっと!?」


 ものすごい力で引っ張られる。


 小さい女の子といえども、やはり獣人。


 パワーが普通の人間とは桁違いだ。



バキメシャガキィィィッ―――



「まずいにゃ! 追ってくるにゃ!」


 魔物が檻を破壊して迫ってくる。


 馬の次は僕たちを食べるつもりなのだろう。


 あれは確か、アイアン・スコーピオンというCランクの魔物だな。


 全長3メートル、体高1メートルほどで、サソリのような外見をしている。


 鋼鉄の外殻を持っているため、物理攻撃や魔法攻撃が通りにくいんだ。


 前に倒したサードアイ・グリズリーより防御力が高い。


 Cランクの魔物の中では最強だろう。


 ただ、……どうしてこんなところにいるんだろう?


 サードアイ・グリズリーもそうだったけれど、この辺りに出現するような魔物じゃないはずなんだけれどな?


「このままじゃ追いつかれちゃうにゃ! ……くぅぅ! お兄さん、ケイシーを置いて逃げるにゃ!」


「うわっ!?」


 僕が訝しんでいると、突然ケイシーに背中を突き飛ばされた。


「ケイシーを檻から出してくれてありがとうにゃ! 短い間だったけれど、自由になれて嬉しかったにゃ! 大丈夫! お兄さんが逃げ切るまでの時間は稼ぐにゃ!」


 ケイシーは僕へと振り返ると、右手の親指を立てて、八重歯を覗かせて笑った。


 おお、カッコいい!


「……オラァ、かかってこいにゃ! 誇り高い“ヤクシー・キャット”の底力、見せてやるにゃん!」

 

 えっ!?


 ヤクシー・キャットだって!?


 おじいちゃんから聞いたことがある。


 猫夜叉ヤクシー・キャットといえば、獣人の中では特に珍しい種族だって。


 高い身体能力に加えて、強力な固有スキルを所持しているらしい。


 その神がかった強さと愛らしい外見に加えて、他の生物の血を飲むという特殊な食性から、昔は一部の地域で信仰の対象にされていたとか。


「にゃふんっ!」


 などと思い出している間に、ケイシーが僕の傍に弾き飛ばされてきた。


「うにゃー……ケイシーが万全の状態だったら、アイアン・スコーピオンごときに負けないのににゃ! くやしいにゃ!」


 歯ぎしりしながらヨロヨロと立ち上がる。


「にゃっ!? お兄さん、まだいたのにゃ!? 早く逃げるにゃ!」


「あっ、危ない!」


「うにゃ!?」


 ケイシーが僕に気を取られている隙に、アイアン・スコーピオンが尻尾の毒針を彼女の頭上に振り下ろしてきた。


 ケイシーが目を閉じる。


 死を覚悟したのだろう。


「……はにゃ?」


 でも、いつになっても針がケイシーに突き立てられることはなかった。


 だって、僕が受け止めたからね。


「ふぅ、危機一髪。間に合ってよかった」


 僕は左手で額の汗を拭いながら、針を持った右手に軽く力を込めた。



ゴギャァァァ!!!―――



 アイアン・スコーピオンの尻尾が粉砕した。


「にゃ!? にゃにゃにゃにゃっ!? お、お兄さん、す、素手で、アイアン・スコーピオンの、ど、毒針を……にゃ、にゃ、にゃんですとー!?」


 ケイシーが裏返った声を上げる。


 眼球が飛び出しそうなほど目を大きく開けている。


 かなり驚いているようだ。



ゴギャァァァ!!!―――



 尻尾を破壊されて怒ったのか、アイアン・スコーピオンがハサミ型の前足で攻撃してきた。


 僕は両方向から挟み込まれるように捕らえられた。


 おお!


 前足の力は強いな!


 軽く身を揺すった程度じゃビクともしない!


「お、お兄さん!!!」


 ケイシーが叫ぶ。


 おっと、心配させちゃったみたいだ。


 悠長に力試しなんてしている場合じゃないな。


 僕は少しだけ本気を出して、全身に力を込めた。



ギィィィィィィ!!!―――



 アイアン・スコーピオンの前足が粉々に砕け散った。


「にゃ……にゃっ……にゃー……」


 ケイシーは口をポッカーンと開けて固まってしまった。



ギ、ギィ、ゴギャァァァ!!!―――



 おっ?


 尻尾とハサミを失ってもまだ挑んでくる気か?


 根性があるなぁ。


 そんなガッツを見せられたら、こっちも中途半端な攻撃をしちゃ失礼だろう。


「ん~~~……たぁっ!」


 猛然と体当たりしてくるアイアン・スコーピオンを、誠意を込めて全力で殴った。


 瞬時に砕け散るアイアン・スコーピオン。


 しかし、殴った衝撃はアイアン・スコーピオンを破砕するだけでは足らず、山肌を広範囲に渡って削り取っていった。


「う~~~ん、我ながら驚きの威力だ」


 やっぱりすごいや、僕のスキル・破壊神の剛力ジャガーノートは。


 戦闘時に物理攻撃力を6600倍にするなんて、とんでもないよね。


 ただ、使用するタイミングを自分でコントロールできないのが難点だけど。


 このスキルは戦闘時に勝手に発動しちゃうんだよね。


 だから、攻撃するときは細心の注意を払わないといけないんだ。


 特に、人の多いところでは気をつけないと。


 こんな風に、みんな吹き飛ばしちゃうから。


「にゃ……ケイシーは……夢でも見てるにゃ? ……痛たたたたたた! ほっぺをつねったら痛いにゃ! 夢じゃないにゃ!」


「わっとっ!?」


 僕がアイアン・スコーピオンを倒すと、ケイシーが飛びついてきた。


「お兄さん、すごいにゃ! すごすぎにゃ! こんなに強い人間は初めて見たにゃ!」



グギュ~~~―――



 そこで、ケイシーのお腹が盛大に鳴った。


「はにゃ~~~」


 ズルズルと僕の身体から滑り落ちていく。


「ふにゃー。安心したら、腹ペコだってことを身体が思い出しちゃったみたいにゃ。お腹が空き過ぎて、もう動けないにゃ」


 ケイシーが目を回して地面に倒れた。

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