第12話 御主人様、好き……大好き……
チュンチュン―――
あれ、もう朝?
マジか~~~。
結局、エリザのことばかり考えていて一睡もできなかった。
うぅ、頭が重い。
目がシパシパする。
でも、日が出てしまっていると、明るくてますます眠れないや。
はぁ、しょうがない、起きよう。
僕はバスローブから普段着に着替えた。
トントン―――
ズボンを穿いて上着のボタンを留めきったところで部屋の扉を叩く音がした。
「御主人様、起きていらっしゃいますか?」
扉の向こうからエリザが問いかけてきた。
「うん、起きてるよぉ~」
間延びした声を返す。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「いいよぉ~」
僕が許可すると、ゆっくりと扉を開けてエリザが姿を現した。
「おはようございます、御主人様!」
僕を認めると、ニパッと破顔して腰を曲げた。
別段、変わったところはないように見える。
昨夜のあれは、やっぱりただの風邪で、もう治ったのかな?
だったらいいんだけれど。
そう願いながら、挨拶を返す。
「おはよう、エリザ」
「? どうしたのですか御主人様? いつもより元気がないようですが?」
「そ、そうかな? 普通だと思うけど」
「……いえ、やっぱり少し顔色が良くないように思います。体調が悪いのではないですか?」
まさか、エリザのことが気になって眠れなかったとは言えないよね。
そんなことをうっかり漏らしちゃったら、エリザはきっと責任を感じて落ち込んじゃうだろうから。
僕はエリザを気遣って、話をはぐらかすことにした。
「大丈夫だよ! 快調快調! そんなことより、今日もよろしく頼むよエリザ!」
僕は力こぶを作って、元気であることをアピールした。
「……」
エリザが目を細める。
疑っているような顔だ。
どうか、カラ元気だってことに気づかないで!
「……はい、頑張らせていただきます!」
どれくらい時間が経ったかな?
笑顔が引きつって、冷や汗で背中がぐっしょり濡れてきた頃、エリザが快活な声を上げた。
ホッ。
よかった。
なんとか誤魔化せたようだ。
それから、僕たちは“アークレイ山”へと赴いた。
ゴブリンとスケルトンを討伐するためだ。
もっとも、働くのはエリザだけなんだけれどね。
僕はというと、適当に山の中をブラブラしながらエリザが戻ってくるのを待つだけだ。
エリザは、袋に魔物を討伐した証拠が満たされたら僕のもとへ持ってくる。
だけど、それが凄いことなんだよなぁ。
実は、数日前からエリザに持たせている袋は
特殊な魔法が施されていて、見かけの何百倍も収納できるようになっている。
にもかかわらず、それが一杯になるっていうんだから驚きだよ。
普通の冒険者なら、飲まず食わずで休まずに一日中駆け回っても袋を一杯にすることはできない。
だって、目当ての魔物とばかり遭遇するわけじゃないから、他の魔物と戦ったり逃げたりするので時間がかかるじゃない?
それに、証拠となる部位を剥ぎ取るのにも時間がかかるもの。
その点、エリザは嗅覚が優れているから、他の魔物を避けて討伐したい魔物のところへ迷わず向かえるんだよね。
だから、ものすごく効率がいいんだ。
おかげで僕は、他の冒険者の数週間~数か月分もの成果を一日で獲得できている。
ホント、エリザには感謝しかないよ。
それと同時に、他の冒険者の皆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ダンも言っていたけれど、やっぱりズルいもんね。
奴隷の成果は主人の成果だとしてもさ。
早く自分だけの力でクエストを達成できるようになりたいよ。
数時間後―――
「御主人様ぁ!」
おっ。
エリザが戻ってきた。
「お待たせしました! どうぞ、お納めください!」
「ありがとう! ホント、助かるよ!」
「御主人様に喜んでいただけているようで良かったです!」
そこでエリザは、スッと頭を差し出してきた。
ん?
もしかして……頭を撫でて欲しいのかな?
ふと、昨夜のことが思い出される。
頭を撫でられて幸せそうにしていたエリザの顔。
ご褒美として要求してくるくらいだから、頭を撫でられることがよっぽど好きなんだろうな。
エリザには御世話になっているし、こんなことでいいなら僕は喜んでやらせてもらうよ!
そう思った僕は、エリザの頭に手を置いた。
ナデナデナデナデ……。
「っ!?」
けれどほどなくして、エリザは残像が生じるほどの速度で飛び退った。
すごく驚いた表情をしている。
「私……私は何を……無意識に……頭を……」
身体をわななかせながら、俯いて何かを呟いている。
「エリザ、大丈夫?」
僕が声をかけると、エリザはハッとしたように顔を上げた。
「あ、も、申し訳ありません! 御主人様を拒絶するような真似をしてしまって! どのような罰でも受けます!」
エリザが地面に頭突きを喰らわせるように土下座する。
「やめてよ! 気にしてないからさ!」
そこから僕は小一時間ほどエリザを宥めすかすことになった。
その日の夜―――
僕は冒険者カードを眺めながら、緩む頬を引き締めるのに苦労していた。
冒険者氏名 : アルト・ノア
冒険者レベル : 12
冒険者ランク : E
冒険者ポイント : 376/800
【次のレベルまで、あと424ポイントです】
【冒険者レベルが20に到達すると次のステージへランクアップします】
ついに……。
ついにEランクになったぁ!!!
ぃやっっったぁぁぁ!!!
着実に前進している!
これも、エリザが頑張ってくれたおかげだ!
今日一日でスケルトンを38体とゴブリンを503体も討伐してくれたもんね!
そうそう、今回のクエスト達成によって得られた報酬もすごい!
なんと金貨12枚と銀貨7枚だ!
昨日までの所持金が金貨13枚と銀貨40枚だったから、ほぼ同額だよ!
今日の食事代と宿代を引くと、僕の所持金の総額は金貨25枚と銀貨42枚になった!
こんなの、ニヤけるなっていう方が無理だよ!
僕は一人、ベッドの縁に腰かけながら、ほくそ笑むのだった。
でも、誰のおかげで笑えているのか忘れちゃいけないよね。
全部、エリザが身を粉にして働いてくれたからだ。
ちゃんと感謝しないとな。
どうやらエリザは、頭を撫でられることがこの上なく好きみたいだから、今夜はたっぷりとナデナデしてあげよう。
……しかし、遅いな。
僕は首をかしげた。
いつもなら、もうとっくにエリザが血を吸うために訪ねてきている頃なんだけれど、なぜか今日は遅い。
どうしたんだろう?
もしかして、今朝のことを気に病んでいるのかな?
う~~~ん、きっとそうだろうなぁ。
まったく、僕はなんとも思っていないのに、気にしすぎだよ。
あれほど慰めたのに、しょうがないなぁ。
僕はベッドから腰を上げた。
ここは僕から訪ねて行くべきだろう。
そう考えて、エリザの部屋の扉をノックした。
「こんばんはエリザ、僕だよ」
「っ!」
部屋の中から、息を呑むような気配を感じた。
「こ、こんばんは、御主人様!」
一拍遅れて、エリザが返答する。
「ど、どのような御用件でしょうか!?」
「いや、いつもならとっくに血を吸いに来てる時間なのに遅いから、どうしたんだろうって思ってさ」
「あっ、ああ! もうそんな時間でしたか!」
パタパタという足音が近づいてくる。
カチャカチャ、と内側の
「ご足労おかけして申し訳ありません」
バスローブ姿のエリザが頭を下げてきた。
髪がシットリと濡れているから、お風呂上りなのだろうと最初は思った。
けれど、その割に顔の血色が良くないことに気づいた。
唇も紫色だし。
まるで、お湯の代わりに冷水でも浴びてきたみたいだ。
「御主人様、どうぞお入りください」
僕がマジマジと見つめていると、エリザが促してきた。
おっと、いつまでも突っ立ったままだと通行の邪魔だよね。
僕は部屋の奥へと足を進めた。
エリザが後ろ手に扉を閉め切り、僕の方へ向き直った。
「では御主人様、お願いいたします」
「はい、どうぞ」
正面で膝立ちしているエリザの頭上へ、僕は血の滴る人差し指をかざした。
「あむ……んんっ……んんっ……んくっ……」
おっ!
今日はいつもよりもいい飲みっぷりだ。
ほれぼれする。
おっと、見とれている場合じゃない。
ちゃんと感謝しないとな。
僕は早速、エリザの頭を撫でてあげた。
「んんっ!?」
僕が手を滑らせると、エリザは一度、ビクッと大きく身体を震わせた。
「エリザ、いつもありがとう」
僕は真心を込めて丁寧にエリザの髪を
エリザが飲み終えるまで、ずっと頭を撫で続けた。
「……ぷはぁ」
エリザが僕の指から口を離す。
同時に、僕は撫でるのを止めた。
しかし、次の瞬間―――
「!?」
エリザが僕に飛びかかってきた。
僕はベッドへ押し倒されてしまった。
両腕を強い力でつかまれる。
その際、エリザの豊かな双丘が目の前にきて、僕は慌てて顔を逸らした。
「エ、エリザ!? な、なにするのさ!?」
「はぁ、はぁ……御主人様が悪いんですよ。身体が火照ってしかたがない私に、気持ちいいことをするから」
「え? え?」
なにを言っているんだ?
「今夜はダメだったのに……満月の夜はダメなのに……」
「え?」
「私たちヴァンパイア・ライカンは、満月の夜になると血が
その言葉を耳にして、僕はハッとした。
そういえば、おじいちゃんから聞いたことがある。
ライカンなど一部の種族は、満月の夜に本能が活性化するって。
本能が活性化するっていうのは、つまり、その……人間の三大欲求が……。
ああもう!
これ以上は考えられない!
「はぁ、はぁ……スンスン」
「ちょっ!? エリザ、なにしてるの!?」
僕が不埒な想像をして悶えていると、エリザが僕の胸に顔を埋めて鼻をヒクつかせた。
「あぁ~~~、やっぱり
「うわっ、くすぐったいよ!」
「はぁ、はぁ……御主人様の匂いを嗅いでいたら、我慢できなくなってしまいました」
エリザは目をトロンとさせて、半開きの口を近づけてきた。
「エ、エリザ!? エリザさん!? ストップ! 待って!! フリーズ!!!」
僕は、これからされるであろう行為に思い至って、エリザを全力で制しにかかった。
「御主人様、好き……大好き……」
だけど、まったく止まる気配がなかった。
まずい!
このままじゃ、大人の階段を上ってしまう!
いや、それは別にやぶさかではないというか、むしろ大歓迎というか……ああもう、なに考えてんだ僕は!?
エリザは正気じゃないんだぞ!?
それに付け込んで事をなそうだなんて、最低じゃないか!
僕の理想とはかけ離れている!
しっかりしろ!
僕はおじいちゃんみたいな立派な人間になりたいんだ!
いや、なるんだ!
僕は心を奮い立たせ、呪文を紡いだ。
「
相手を眠らせる魔法だ。
それを受けると、エリザは途端に目を閉じて意識を失った。
ポテッと僕の胸に倒れこむ。
ふぅ、間一髪だった。
額の汗を腕で拭いつつ、そっとベッドから降りる。
そして、エリザにブランケットをかけてあげた。
「すぅ、すぅ……」
うん、ぐっすり眠っている。
朝までは起きないだろう。
僕は胸を撫でおろした。
……しかし、可愛い寝顔だな。
お人形さんみたいだ。
こんな美少女に迫られて、好きって言われて―――まあ、一時の感情に流されて出た
すごいじゃないか僕!
僕は自分で自分を褒めた。
ただ、……もったいないことをしたような気持ちは、どうしても拭い去れなかった。
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