第11話 やっぱり、御主人様に頭を撫でられるの……気持ち良すぎる


 夕食を終え、宿屋のベッドに仰向けになりながら、僕は冒険者カードを眺めていた。




冒険者氏名   : アルト・ノア

冒険者レベル  : 8

冒険者ランク  : F

冒険者ポイント : 212/450


【次のレベルまで、あと238ポイントです】

【冒険者レベルが10に到達すると次のステージへランクアップします】




 またレベルアップしている!


 昼過ぎからクエストに出かけたにも関わらず、これはすごい成果だ!


 エリザはよくやってくれているなぁ。


 あの短時間でゴブリンを125体とスケルトンを8体も倒してしまうなんてさ。


 おまけに、偶然とはいえ、僕が探していた猫まで捕まえちゃうんだもん。


 おかげで、僕はまた空気だったような気がするけれど……いや、考えるのはよそう。


 泣けてくる。


 しっかし、今回のクエスト達成で所持金がすごいことになったなぁ。


 今日の食事代と宿代を差し引いても金貨13枚と銀貨40枚もある。


 これは、夫婦と子供2人の4人家族の半年分の生活費くらいだ。


 数日前まで蓄えがないどころか、その日の食事にさえ困っていたっていうのに。


 エリザには、いくら感謝しても足りないなぁ。



コンコン―――



 おっ。


 噂をすれば。


「御主人様、入ってもよろしいでしょうか?」


「うん、いいよ」


「失礼いたします」


 エリザが扉を開けて入ってきた。


 若干、伏し目がちで、頬を朱に染めている。


「では、御主人様……お願いします」


 エリザが僕の正面でひざまずく。


 僕は右手の人差し指の腹を噛み切った。


「はい、どうぞ」


 下から見上げてくるエリザの口元へ指を突き出す。


 エリザは嬉しそうに舌を覗かせると、僕の指を頬張った。


「あむ……んっ……んっ……んくっ」


 ホント、美味しそうに飲むなぁ。


 こっちまで嬉しくなってくるよ。


 それに、なんだか胸の奥から温かい気持ちが溢れてくるしさ。


 もしかしたら、赤ちゃんに授乳している母親って、こんな気持ちなのかもしれないな。


「……ぷはぁ」


 ひとしきり喉を鳴らすと、エリザは満足そうに僕の指から口を離した。


「ありがとうございました、御主人様」


 立ち上がって丁寧に腰を折る。


「いやいや、感謝したいのはこっちのほうだよ! いつもクエストを頑張ってくれてありがとう、エリザ!」


「いえ、御主人様のために尽力するのは奴隷の務めですから」


「謙遜しないでよ! ホント、助かってるからさ! エリザがいなかったら、僕は未だに食パンとミルクだけの極貧生活をしていたはずだもん! それを救ってくれたエリザは、僕にとっては女神様みたいなものだよ!」


「女神様だなんて……はぅ……」


 エリザは両手で頬っぺたを挟むと、下を向いてしまった。


 褒められて照れているようだ。


 可愛いなぁ。


「あ、あの!」


「ん?」


 僕が見とれていると、エリザが不意に声を上げた。


 目を閉じて深呼吸すると、口を引き結んで意を決したように僕を見つめてきた。


 いつになく真剣な表情をしている。


 なにを言われるのかと僕がドキドキしていると、ついにエリザが言葉を紡いだ。


「そんなに褒めてくださるのなら、その、……ご、ご褒美を頂けないでしょうか?」


「ご褒美?」


 僕は間の抜けた声でオウム返しした。


 だって、拍子抜けだったんだもの。


 もっととんでもないことを言われるんじゃないかと思っていたからさ。


「すでに服を買って頂いているのに、図々しいとは思いますが……ダメでしょうか?」


 耳を垂れ下げて、おずおずと尋ねてくる。


 そんなエリザに、僕は笑いかけた。


「そんなの、ダメなわけないじゃないか! 何でも言ってよ!」


「あ、ありがとうございます!」


 エリザは耳をピョコピョコ動かして、尻尾をせわしなく振り回しながら続けた。


「では、私の……私の頭を撫でてください!」


「えっ?」


 僕は、これまた気の抜けた声を出した。


「そんなことでいいの?」


「はい! お願いします!」


 エリザが嬉々として頭を差し出してきた。


 本当に、こんな簡単なことでいいの?


 遠慮せず、高価なものを要求してきても良かったのに。


 いや、本人がしてほしいというなら構わないけれどさ。


 エリザは無欲だなと思いながら、その頭に手を置いて優しく撫でた。


「はっ……はぅ……」


 おう。


 とっても気持ちよさそうなトロンとした表情をしている。


 それに、すっごい耳がピコピコして、おまけに尻尾をブンブン振っている。


 ものすごく喜んでいる。


 どうやら、頭を撫でるということがエリザにとっては最上級の褒美になるようだ。


 けれど……。


 これ、僕にとってもご褒美かもしれない。


 だって、撫で心地がいいんだもん。


 髪がサラサラで柔らかくてスベスベしていて、僕の手を何の抵抗もなく迎え入れてくれるところに幸福を感じる。


「ひゃんっ!?」


 それに、側頭部からひょっこり生えている耳の感触もたまらない。


 意外に薄く、強くつまむと破れてしまいそうなほどはかないそれはフサフサの毛に包まれていて、僕の指をくすぐってくる。


「はぁ、はぁ……」


 僕が耳を触るのに没頭していると、エリザが眉根を寄せて見上げてきた。

 

 頬をほんのり赤く染め、瞳は潤んでいた。


 呼吸が荒くて苦しそうだ。


「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」


 僕は慌てて手を離した。


「……っ、だ、大丈夫、です。ご心配を、おかけして、申し訳ありません」


 エリザは、何度か深呼吸をして息を整えると、「ありがとうございました。おやすみなさいませ」と言い残して部屋を後にした。


 フラついていたけれど、本当に大丈夫なのかな?


 本人は大丈夫って言っているけれど。


 顔が真っ赤だったし、風邪かな?


 だとしたら、早く治るといいな。


 ただ……あのエリザの表情、なんだか色っぽかったなぁ。


 僕はエリザのことが気になって、なかなか寝つけなかった。


 


◆ ◇ ◆




 エリザは自分の部屋へ戻ると、すぐさまベッドにダイブしてブランケットを被った。


「やっぱり、御主人様に頭を撫でられるの……気持ち良すぎる」


 エリザはその日、起き抜けにアルトから頭を撫でられた時の感触が忘れられなかった。


 だから、褒美として要求したのである。


 それほどまでに、アルトの手を心地よいと感じたのだ。


 だが、それは特別、アルトの撫で方が優れていたからというわけではなかった。


 相手が“アルトだから”気持ちよく感じたのである。


 エリザは、初めて出会った時からアルトに対して主人への忠誠心や尊敬を超えた感情を抱いていた。


「でも、明日は我慢しないと」


 しかしエリザは、毎日でも撫でられたいという欲求をこらえる決意をした。


「特に夜はダメ。“満月の夜”だけは、絶対に……」


 エリザはブランケットから頭を出し、窓の外へ目を向けた。


 雲一つない空には、白銀に輝く小望月こもちづきが浮かんでいた。


「もし満月の夜に頭を撫でられてしまったら……大好きな御主人様から気持ちいいことをされてしまったら……私は御主人様を……」

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