第10話 御主人様……すごすぎ……


  僕は猫を探すためにエリザと別行動をとることにした。


「えっ!? 御主人様、一緒に来てくださらないのですか!?」


 なぜか、ものすっごくガッカリしていたけれど、どうしたんだろう?


 僕がいても、なんの役にも立たないんだから、不都合なことなんてないじゃないか。


 よく分からないな。


 どんよりとした影を身に纏い、トボトボと歩いて行くエリザの後ろ姿は痛ましかった。


 理由は不明だけれど、とりあえず後で元気づけてあげないとな。


 まあ、それはそれとして、僕は猫探しをしないと。


 ポケットから猫の絵を取り出して確認する。


 白と茶と黒の三毛猫で、首には“トーマス”という名前が彫られた銀のタグがついている。


 普通、これだけの情報じゃ、探すのは難しいだろうな。


 でも僕には、こういう探し物にうってつけのスキルがあるんだ。


 僕は、その絵を脳裏に焼きつけるとスキルを発動させた。


全方位把握パノプティコン!」


 周囲の生物の情報が頭に雪崩れ込んでくる。


 そこから、先に記憶しておいた猫の像と一致しないものをドンドン捨てていく。


 そうしないと、情報が多すぎて頭がパンクしちゃうからね。


 便利だけど、使い方に注意しないといけないスキルだ。


 っと、そうこうしているうちに……みつけた!


 あれっ!?


 あっさり発見できたことを喜んだのも束の間、僕はバツが悪くなった。


 猫のいる方角と距離から、“アークレイ山”であることが判明したからだ。


 結局エリザが向かった場所と同じだ。


 こんなことなら、最初にスキルを使っておくべきだったな。


 そうすれば、エリザをガッカリさせることもなかったのに。


 もう後の祭りだけれど。


 僕は後頭部をポリポリときながら、猫のいる“アークレイ山”を目指すのだった。




◆ ◇ ◆




「はぁ~~~」


 エリザは何度目かの溜息を吐き出した。


 アルトがいないせいで気力が湧かないのである。


 それも詮無いことであった。


 なぜなら、彼女がヴァンパイア・ライカンだからである。


 ライカンは犬のような性質を持っていて、主人と認めた人物を敬愛し、忠誠を尽くす。


 その行動原理は単純で、“主人が喜ぶこと”を第一義としている。


 つまり、主人の喜ぶ顔を見れないと、やる気が起きないのである。


「グギャッ!(おい見ろ!) グギャギャッ!(メスがいるぞ!)」


「ググゲッ!(よし、捕まえろ!)」


 エリザが俯きながら山道を歩いていると、ゴブリンの集団と遭遇した。


 ゴブリンは人間の幼児に長い耳鼻を付けたような緑色の魔物である。


 非力だが知能はそこそこ高く、群れで行動していることが多い。


 獲物を取り囲み、仲間同士で連携した攻撃を仕掛けてくるので非常に厄介である。


 加えて、特殊な遺伝子を持っていて異種族交配が可能である。


 異種族のメスを発見すると、捕らえて巣に運び、繁殖の苗床にする。


 今、エリザは、そんなゴブリンどもに取り囲まれてしまっていた。


 その数、ざっと30体。


 多勢に無勢である。


 正直、Eランク冒険者でも一人で相手取るには厳しい数であった。


「ゲッ!?」


「ギャッ!?」


「ガッ!?」


 だが、エリザは涼しい顔をしていた。


 一瞬で30体のゴブリンを全滅させると、そいつらの耳を気だるそうにナイフで削ぎ落としていった。


「ゴブリンはこれくらいでいいかしら?」


 冒険者協会ギルドから支給された麻袋を覗きながら呟く。


 そこには、大量のゴブリンの耳が詰まっていた。


「スケルトンは8体も狩ったから、もういいわよね。やる気が出ないし、そろそろ帰りましょう。はぁ~~~」


 袋を閉じ、腰のベルトに吊り下げて、エリザは憂うつそうに山道を進むのだった。



ニャーン―――



「あら?」


 しばらくテクテクと歩いていると、道の先に一匹の猫を発見した。


「野良……じゃないみたいね」


 エリザは、その猫の首についているタグを見て、それが飼い猫であることを悟った。


「迷子になっちゃったのね、可哀想に。とりあえず、街まで連れて行ってあげましょう」


 そう思ってエリザが近寄っていくと、猫は彼女を警戒して一目散に逃げた。


「あっ! 待ちなさい!」


 雑草を掻き分け、かんぼくを横切り、追いかける。


 速度はエリザの方が上だった。


 みるみる猫との距離が縮まっていく。


 すると、猫は何を思ったのか、洞窟の中へと飛び込んだ。


 出口があるのか分からないところへ入るなど愚策にもほどがある。


 そこはやはり猫だ。


 案の定、すぐ行き止まりにぶち当たって身動きが取れなくなった。


「大丈夫よ。恐がらないで」


 エリザが猫なで声で安心させようとする。


 両腕を開いて近づいて行くと、とうとう観念したのか、猫はエリザに身を預けた。


「よしよし、大人しくしててね」


 猫を抱きかかえて優しく撫でてやる。


 そのまま立ち去ろうと、出口へ向き直った。



ガァァァァァァ!―――



「っ!?」


 突如、洞窟の突き当りの土壁が唸り声を上げた。

 

 そして、もぞもぞと蠢きだした。


「ま、まさか……これって……」


 暗い穴の中に赤い目が三つ浮かび上がった。

 

 壁だと思っていたものは、大型の魔物だったのである。


 エリザは猫に集中するあまり、周囲の状況確認を怠っていたため気づけなかった。


「きゃあああ!!!」

 

 エリザは力いっぱい、地面を蹴った。




◆ ◇ ◆




「う~~~んと、この辺りにいるはずなんだけど……」



きゃあああ!!!―――



 なんだ!?


 遠くの方から女性の悲鳴らしきものがこだましてくる。


 その聞き覚えのある声に胸騒ぎを覚え、僕は走り出した。


 途中、メキメキッ、バキバキッというけたたましい音が耳に届いてきて、僕は一層、不安になった。


 その音がだんだんと大きくなっていく。


 近いぞ!


 そう思った時、何かが僕の横をよぎっていった。


「ご、御主人様!?」


 振り返って確認してみると、なんとそれはエリザだった。


 よかった、無事みたいだ。


 ホッと胸を撫でおろす。


 ……ん?


 胸に抱いているのって……僕が探してた猫じゃ―――


「どうしてここに……って御主人様! 後ろ!! 後ろ!!!」


「え?」


 エリザが顔面を蒼白にしながら叫ぶので、僕は振り返った。


 すると、巨大な黒い魔物が周囲の木々をなぎ倒しながら突進してきているところだった。


 なるほど、エリザはこいつに襲われていたのか。


 それは熊に似ていて、身の丈は軽く5メートルを超えていた。


 額にもう一つ目があることから、どうやらそれはサードアイ・グリズリーというCランクの魔物であると思われた。


 全身を分厚い脂肪と筋肉に覆われているから、魔法や物理攻撃が通りにくいんだったな。


 でも、どうしてこんなところにいるんだろう?


 この辺りに出現する魔物はEランクまでのはずなんだけどな?


「御主人様! 逃げてぇぇぇ!」


 エリザが絶叫する。


 まあ、考えても仕方ない。


「ファイアーボール!」


 エリザの金切り声を上書きするように、僕は呪文を唱えた。



ボンッ!―――



 火球はサードアイ・グリズリーに直撃した。


 土煙がモクモクと立ち昇る。


 それが晴れると、魔物がいたと思われる場所には深いクレーターが出来ていた。


 魔物は影も形もなくなっていた。


 脅威が去ったことを確認して、僕はエリザに向き直った。


「エリザ、ケガはない?」


「あ……はい……大丈夫……です……いえ……それより……御主人様……さっきのって……Cランクの……魔物ですよね? しかも……Cランクの中でも……強い部類ですよね?」


「ん? そうだね」


 エリザはガクガクと震えている。


 歯の根が合わないから、言葉も途切れ途切れだ。


 サードアイ・グリズリーに襲われて、よっぽど恐かったんだな。


「それを……ファイアーボールで……御主人様……すごすぎ……」


 滂沱ぼうだの涙を流しながら、地面にへたり込んでしまった。


 こうなると、どうしていいか分からないな。


 う~~~ん、落ち着くまでソッとしておくのが一番かな?


 そう判断し、僕も地面に腰を下ろした。


 ん?


 その瞬間、お尻に硬いものが当たったので、僕は腰を浮かせて何があるのか確認してみた。


 ……こ、これは!!!


 ためつすがめつしてみると、それはサードアイ・グリズリーの額の目だということが分かった。


 ファイアーボールとはいえ、僕の魔法を受けても粉々にならなかったんだ!


 これは大発見だ!


 Cランクの魔物なら、僕が攻撃しても証拠となる硬い部分は残るんだ!


 ということは、冒険者ランクがC以上になれば、僕はエリザに頼らなくても討伐系のクエストをこなせるようになるってことじゃないか!


 やった!


 エリザに頼りっぱなしのヒモ状態がいつまで続くのかと気を揉んでいただけに、これは朗報だ!


 少なくともCランクまで我慢すれば、僕も役に立てる!


 将来に明るい見通しが立って、僕は小躍りしたい気分になった。

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