第9話 さすがは大賢者様の御孫さんです


 僕たちが二人そろってキョトンとしていると、冒険者協会会長ギルドマスターは続けた。


「私は、あなた方のような優秀な人材を探していたのです。先ほど千里眼クレヤボヤンスで御二人の能力を拝見したのですが、本当に素晴らしいです。特にアルトさん、あなたは突出していますね。さすがは大賢者様の御孫さんです」


「えっ!?」


 エリザが上擦った声を上げた。


「御主人様が……大賢者様の……ノア……同じ性だったので気になっていましたが、まさか、本当に血縁者だったなんて……」


 どもりながら呟く。


 全身はワナワナと震えていた。


 そういえば、エリザには僕が大賢者の孫だってことを教えてなかったっけ?


 でも、わざわざ言うほどのことでもないよね。


 なんだか自慢してるみたいになっちゃうだろうし。


 それにしても驚き過ぎじゃない?


「どうでしょう、エリザさん、アルトさん? 私の直属の部下になってはいただけないでしょうか?」


 冒険者協会会長ギルドマスターが僕たちを交互に見ながら勧誘してきた。


「ちなみに、私の部下になっていただければ、月収はこれくらいお支払いします」


 冒険者協会会長ギルドマスターが空中に文字を書き始めた。


 魔力の粒子を指先に集めて宙をなぞっていく。


 すごい!


 魔力を身体の一部に収束させるというだけでも相当な訓練が必要なのに、それを放出して空中に留めるとなると、さらに高度なコントロール技術もなきゃダメだ。


 それを事もなげにやってのけるなんて、やっぱり冒険者協会会長ギルドマスターだなぁ。


 僕が感心していると、冒険者協会会長ギルドマスターは手を止めた。


 そして、宙に書かれた文字を僕らが読めるように反転させた。


 なかなか魅力的な金額だった。


「収入や福利厚生の面だけでなく、職場環境の面でも、今より遥かに良くなると思います」


 そうだなぁ。


 たしかに、今とは比べ物にならないくらいの好待遇だ。


 けれど、僕は断った。


 僕は別に、給料の良さとか働きやすさとかを求めているわけじゃないもの。


 僕がそう話すと、冒険者協会会長ギルドマスターは意外にあっさりと了承した。


 断られることはスキルを使った時に分かっていたという。


「それでも尋ねずにはいられませんでした。本当に優秀な方々でしたから」


冒険者協会会長ギルドマスターにそう言っていただけて、光栄です」


 その後、いくつか当たり障りのない会話を交わして、冒険者協会会長ギルドマスターは部屋を出ていった。




 冒険者協会会長ギルドマスターの足音が聞こえなくなった頃、タイミングを見計らったようにエリザが大声を上げた。


「御主人様! 大賢者様のお孫さんだったなんて、そんな重要なことをどうして黙っていたんですか!?」


「ええっ!?」


 僕の胸ぐらをつかんで、ガクガクと揺さぶってくる。


 やめて!


 脳が、脳がグワングワンする!


「私、大賢者様の大ファンなんですよ!? 小さい頃に勇者一行が魔王を討伐する物語を絵本で読んで、それ以来ずっと! 憧れの大賢者様のお孫さんに仕えることができるなんて、きゃぁぁぁ!!!」


「ちょっ、やめっ!」


 エリザは、僕の身体を持ち上げて棍棒みたいにグルングルン振り回した。


 目が、目が回るぅ!


 身体が、身体がねじれるぅぅ!!


 ぐ、ぐるじいぃぃぃ!!!


「あっ! も、申し訳ありません!」


 全身の痛みと吐き気で悶絶しそうになっていると、ようやくエリザは僕の状態に気づいたようだ。


 イスにそっと下ろされる。


「私ったら舞い上がってしまって……ご無事ですか御主人様!?」


「は、ははっ……余裕余裕」


 ヤバいな。


 こんな調子でエリザに振り回され続けていたら身が持たないよ。


 少し身体を鍛えないとな。


 僕は、なんとか強がってエリザに微笑みながら、そんなことを考えていた。




 今日は密度の濃い日だな。


 正直、色々ありすぎてやる気が起きない。


 しかし、どうやらエリザはそうじゃないらしい。


「ほらほら御主人様! 冒険者レベル7から受注できるクエストがありますよ!」


 グイグイと僕の腕を引っ張りながら、掲示板を指し示す。


 これまで以上に元気だなぁ。


 僕が大賢者の孫だって知ったからか。


 まあ、おじいちゃんは巷で大人気だからなぁ。


 僕だって憧れてるし。


 エリザが目の色を変えるのも当然か。


 なんだか釈然としないけれど……。


 それはさておき、僕は気持ちを切り替えてエリザが指さすところを確認した。




 ☆討伐系クエスト


●ゴブリンの討伐


受注できる冒険者レベル : 7~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : ゴブリンを1体討伐し、耳を持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨2枚&冒険者ポイント+4

※他のクエストとの重複受注可

※20体討伐するごとにボーナスとして銀貨5枚&冒険者ポイント+10進呈




●スケルトンの討伐


受注できる冒険者レベル : 7~

生息地         : アークレイ山

達成条件        : スケルトンを1体討伐し、コアを持ち帰ること

成功報酬        : 銀貨2枚&冒険者ポイント+4

※他のクエストとの重複受注可




 ゴブリンとスケルトンか。


 生息地は“アークレイ山”……“帰らずの森”とは逆方向だな。


 おっ、ゴブリンにはボーナスがある。


 きっと、大量発生してるんだろうな。


 繁殖しやすい魔物だもの。


 あまりにも増えすぎているから、こうしてボーナスを設けて冒険者の意欲を高めているんだろうな。


「御主人様! これらのクエストも私にお任せください!」


 僕がクエストを受注するかどうかにすら考えが及んでいないうちに、エリザは用紙に必要事項を記入して提出しに行ってしまった。


 ……まあ、いいけどね。


 どうせ僕は役に立たないから、エリザが勝手に決めちゃっていいけどね。


 どうせエリザについて行くだけだしね。


 どうせ何もやることがないからね。


 完全に空気になっているけれど、気にしてないよ。


 ホントだよ?


 あれ?


 おかしいな?


 目から汗が出てきてる。


 ……ん?


 僕がボロボロとこぼれる汗を拭っていると、今まで見ていた貼り紙の横に、なにやら特殊なクエストを発見した。




☆緊急クエスト


●猫の捜索


受注できる冒険者レベル : 不問

達成条件        : オーギュスト伯爵の御息女のペットを見つけ、無事に保護してくること

成功報酬        : 金貨5枚&冒険者ポイント+10

※他のクエストとの重複受注可




 そのクエストの貼り紙には猫の絵が添えられていた。


 へぇ、こんなクエストもあるのか。


 探すだけなら討伐するのとは違うから、僕でもできるな。


 ……えっ!?


 報酬が金貨5枚!?


 すっごい破格じゃないか!


 今の所持金とほぼ同額だ!


 こんなの、やるしかないじゃん!


 僕は大急ぎでクエスト用紙に記入して受付のお姉さんに提出した。


 空気になっていた自分の名誉を挽回するため、僕は意気込むのだった。




◆ ◇ ◆




 本部へと戻った冒険者協会会長ギルドマスターは、長い髪を後ろで束ねると、作業机の上に溜まっている書類に取りかかった。


「戻ってきたばかりでしょう。少しお休みになられてはいかがですか?」


 彼女の傍らに立つ一人の男が彼女に話しかけてきた。


 燕尾服を着た初老の男だ。


「ありがとう、バスティアン。でも、そういうわけにはいきません。しなければならないことが山積していますもの」


「……では、せめて、美味しい紅茶を入れさせていただきます」


 慇懃に腰を折ると、バスティアンという男はティーセットを用意し、作業を開始した。


 ティーカップに茶こしを使いながら飴色の液体を注いでいると、冒険者協会会長ギルドマスターが笑っていることに気がついた。


「なにか良いことでもあったのですか?」


「うふふ……ええ、今日はとても素敵な方に御会いできました」


「ほう? 殿方ですか?」


 バスティアンが片眉を吊り上げる。


「はい」


「差し支えなければ、どのような人物なのか御聞かせ願えませんか?」


 バスティアンは長年、サーフェイス家に仕えてきた人間である。


 多忙な父親―――先代の冒険者協会会長ギルドマスター―――に代わってカタリーナのことを世話してきた。


 彼女のことは、本当の娘のように想っている。


 そんな彼女が“素敵な方”などと嬉しそうに語るものだから、バスティアンは気が気でなかった。


 彼女に悪い虫がつかぬように、その何某かを見定めてやろう。


 彼は、そう考えた。

 

「ええ。その方というのは、あの大賢者様の御孫さんですわ」


「ほ、ほう。それは……驚きましたな。魔王を討伐した英雄に連なる御方だったとは」


 血統には問題なし。


 というより、むしろ上等すぎるくらいである。


「しかし、英雄の孫だからといって優れているとは限りませんぞ。そういう例は、いくらでもありますからな。さて、その御方はどうでしょうな?」


 そこで、カタリーナは溜息をついた。


 またバスティアンの品定めが始まった。


 私が男性の話題を出すと、すぐに難癖をつけてくる。


 心配してくれるのは嬉しいけれど、ちょっと過保護ではないか?


 彼女はバスティアンのそういう所に辟易していた。


 だが、カタリーナはいいことを思いついた。


「この方の能力は申し分ありませんよ。魔力量では私を遥かに凌駕していますし、強力なスキルを5つも持っております。ほら、ごらんなさい」


 言いながら、彼女は空中に文字を描き、バスティアンへそれを見せた。



スキル名   : 全方位把握パノプティコン

概要     : 周囲に存在する生物を確認することができる。

スキルランク : S


スキル名   : 身代わりデディケーション

概要     : スキル保持者が指定した者のダメージを全て肩代わりする。

スキルランク : S



スキル名   : 絶対防御アイアス

概要     : 戦闘時、物理・魔法・スキルによるダメージや効果を防ぐ。

スキルランク : S



スキル名   : 破壊神の剛力ジャガーノート

概要     : 戦闘時、物理攻撃力が6600倍になる。

スキルランク : S



スキル名   : 冥府からの帰還アナスタシオス

概要     : 死亡した直後、完全な状態で復活する。

スキルランク : S




 案の定バスティアンは、ぐうの音もでなかった。


 カタリーナは含み笑いをした。


 バスティアンの、こんな呆気にとられた顔は初めて見た。


 それで少し溜飲が下がった。


 しかし、何度見ても素晴らしい能力だ。


 さすがは大賢者様の御孫さんだ。


 それに、もしかすると、これが全てではないかもしれない。


 実は、千里眼クレヤボヤンスでも確認できないスキルがあるのだ。


 Sランクを超える、規格外のスキルがそれだ。


 大賢者様が所持しているので、もしかすると彼も持っているかもしれない。


 だが、例えそうでなかったとしても十分に強力な能力を秘めているがゆえに、彼は周囲から認められないことも多々あるようだ。


 今後は自分がサポートして差し上げなければならないだろう。


 カタリーナは、すっかり紅茶を入れることを忘れて呆然としているバスティアンを眺めて微笑みながら、そんなことを思案するのだった。

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