第8話 そうですね、追放しましょう


「本日、皆さんをお呼び立てしたのは他でもありません。昨夜の騒動についての審判を下すためです」


 騒動?


 昨日、何かあったの?


 気になったので、隣にいるエリザに質問することにした。


「ねぇエリザ? 僕が気を失ってる間に……」


 けれど、僕は途中で口ごもってしまった。


 エリザが、顔中から冷や汗をダラダラと垂れ流していたからだ。


 これ、完全に何かやっちゃってるね。


 でも、何をしたんだ?


「ガハハハッ! これでようやく、お前らともオサラバできるぜ!」


 ダンの高笑いが聞こえてきたので、僕は反対側へ顔を向けた。


「どういうことですか?」


 僕が問いかけると、ダンはさも嬉しそうに左の口角を上げた。


「なんだテメェ、知らねぇのか? そこの畜生が何をしたのかよお」


「何をしたんです?」


 ダンが目を細めてエリザを見やる。


「そいつはなあ、傷害事件を起こしたんだよ!」


「えっ!?」


 僕は弾かれたようにエリザの方へ首を回した。


 僕の視線に気づくと、エリザはみるみる青ざめていき、顔を伏せてしまった。


 それからダンは、僕が気絶している間にエリザがしたことを語り出した。


 なんとエリザは、あの場にいた冒険者全員をボコボコにしてしまったそうだ。


 昏倒するまで殴る蹴るの暴行を加えて回る様は、筆舌に尽くしがたいほどむごたらしかったという。


 その大立ち回りは、すぐさま冒険者協会会長ギルドマスターへ報告される運びとなったというわけだ。


 冒険者の揉め事は、冒険者協会会長ギルドマスターが裁く決まりになっているからね。


 なるほど、だから僕も呼ばれたのか。


 エリザは冒険者じゃないけれど、冒険者である僕の所有物だ。


 だから、エリザがなにか事を起こすと、それは僕の責任ということになるもの。


 そして、ダンは冒険者の代表として来たらしい。


「では、そろそろ裁きを開始したいと思います」


 ここへ呼ばれた経緯が分かったところで、冒険者協会会長ギルドマスターが口火を切った。


「それに当たって、まず初めに説明しておかなければならないことがあります」


 言いながら、スッと目を閉じた。


「これから私は、スキル“千里眼クレアボヤンス”を使用します」


 千里眼クレアボヤンス―――おじいちゃんから聞いたことがある。


 この世界に存在している生物・無機物を問わず、それらの能力・性質、果ては過去・現在・未来の事象まで見通すことができるというSランクのスキルだ。


「このスキルによって、昨夜のことのみならず、あなた方の日頃の行いなどを精査し、その上で処遇を決定したいと思います。その際、皆さんの個人情報を取得してしまうことを御了承ください」


会長マスター、前置きはいいんで、早いとこお願いしますよ!」


 ダンが促すと、冒険者協会会長ギルドマスターが頷いた。


「そうですね、それでは―――千里眼クレアボヤンス!」


「!」


 冒険者協会会長ギルドマスターが力強い声を出し、双眸そうぼうをカッと見開いた。


 その瞳は緑色に発光していた。


「クックックッ!」


 ダンが僕たちに不敵な笑顔を向けてくる。


 一体、これからどうなるんだろう?


 僕がソワソワしていると、冒険者協会会長ギルドマスターの瞳が元に戻った。


「……なるほど、分かりました」


 二、三度まばたきをして、ダンに顔を向ける。


「なあ会長マスター、分かっただろ? さっさとそいつらを街から追い出してくれよ」


 ダンは僕たちを指さした。


「そうですね、追放しましょう」


 涼やかな声が、静かな部屋に響きわたった。


 追放―――それはつまり、この街には二度と立ち入ることができないってことだ。


 でも、それだけならまだいい。


 問題は、冒険者資格を剥奪されるのかどうかだ。


 冒険者資格が無事なら、他の街でいくらでもやり直せるもの。


 さて、どうだろうか?


 などと僕が考えていると、隣からイスの倒れる音がした。


「申し訳ありません、御主人様! 全て私の責任です!」


 見ると、エリザが土下座していた。


 床に何度も頭を打ちつけながら謝罪の言葉を繰り返す。


―――いや、まだ冒険者資格を失うって決まったわけじゃないから、そんなに謝らなくてもいいのに。


 それに、もしも冒険者資格を失ったとしても、最後の魔法を教えてもらえる可能性がなくなるっていうだけだからね。


 まあ、それはそれで非常に残念だけれど、全ての魔法を覚えていないからといって、立派な人間になれないってわけじゃないし。


 僕は、おじいちゃんみたいに魔法を極めたいということよりも、誰からも尊敬されるような立派な人になりたいっていう想いの方が強いんだ。


 だから、気にしなくていいのに―――


 エリザの傍に膝をついて、そんな僕の考えを打ち明けながら慰めた。


「ほら、顔を上げて」


「でも……でもぉ……うわ~~~ん!!!」


 ああ、泣きだしちゃった!


 どうしよう!?


「いい気味だぜ! ざまあみろ! ガハハハッ!」


 僕がエリザを持て余してオロオロしていると、ダンが大口を開けて笑い出した。



カツンッ!―――


 

 そこで突然、大きな音がしてダンが笑うのを止めた。


 どうやら、冒険者協会会長ギルドマスターが持っていた長杖スタッフで床を打ち鳴らしたようだ。


「お静かに」


 冒険者協会会長ギルドマスターが凛とした口調で注意する。


 その言葉には、なんとも言えない圧力があった。


 さすがは冒険者協会会長ギルドマスター、ただの優しそうなお姉さんではないらしい。


 僕たちが固唾を呑んでいると、冒険者協会会長ギルドマスターは真剣な表情で切り出した。


「皆さん、勘違いをなさっているようですね」


 言いながら、おもむろに長杖スタッフをダンに突きつけた。


「追放されるのはダンさん、あなたですよ」


「……は?」


 ダンはポカンと口を開けた。


「いいえ、あなただけではありません。昨夜の一件に関わった冒険者のうち、ここにいる御二人以外の全員を追放します」


「……はあ!? なんだと!?」


 一拍置いて、ダンは急に激昂してイスから立ち上がった。


 そして、正面の机に両手を叩きつけた。


「なんの冗談すか!? 俺が追放だなんて、おかしいでしょうが!?」


「ダンさん、席へお戻りください」


「なんでだよ!? 悪いのは、あそこの畜生だろうが!」


 ダンは冒険者協会会長ギルドマスターの言葉を無視し、エリザを指さしながら続ける。


「楽しく酒を飲んでただけの俺らに、いきなり手を出してきやがったんだ! 危険な害獣じゃねぇか!? 追い出すべきだろうが! そんな害獣を飼ってるクソザコ野郎もな!」


 肩をいからせて言い募る。


 ダンはもう、敬語を使うことを忘れていた。


 そんなダンに、冒険者協会会長ギルドマスターは憐みのこもった眼差しを送った。


「あなたは、自分が彼らに対して何をしてきたのか分かっていないのですね。それこそが、あなたの最大の罪でしょう」


「なに訳の分かんねぇこと言ってんだ!?」


「これ以上、話すことはありません。冒険者カードを置いて、この街から出ていきなさい」


「な、なんだと!?」


 冒険者カードを置いて……ってことは、冒険者資格を剥奪されるってことだ。


 冒険者資格は一度失ったら、再取得することはできない。


 つまりダンは、もう二度と冒険者として活動できなくなるってことだ。


「こ……このあまぁ! どうせ親の七光りで冒険者協会会長ギルドマスターになれたってだけのザコのくせに、俺様にこんな仕打ちをしやがって! ふざけんな! 誰のおかげでこの街が平和なのか分からねぇのか!? 俺だよ! 俺が魔物から守ってきたんだ! 俺は強くて役に立つ人間だ! 俺をないがしろにしたら後悔するぞ!」


「御託はけっこうです。早々に私の前から消えてください。目障りです」


 冒険者協会会長ギルドマスターの瞳の色が、憐憫から侮蔑へと変化していた。


「クソがっ!!! 覚えてろよ!!! 絶対に後悔させてやるからな!!!」


 ダンは机に冒険者カードを叩きつけると、踵を返して部屋を後にした。


 その際に、僕たちに恨みがこもった視線を落としていった。


 ほどなくして冒険者協会会長ギルドマスターは、やれやれ、といった感じで左右に首を振った。


「まったく、冒険者は粗暴な方が多くて困ります。中でも、この街の冒険者の質は良くないですね。彼らの尊大な態度に、街の皆さんも迷惑していたようです。唯一の救いは、彼らがクエストを遺漏いろうなくこなしてくださっていたということですね。もっとも、仕事をまっとうするのは当たり前のことですけれど……」


 冒険者協会会長ギルドマスターは一つ溜息をこぼすと、僕たちに微笑んだ。


「先ほどは、お見苦しい場面に付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」


 頭を下げ、後光の射すような笑顔で続ける。


「エリザさんと、その所有者であるアルトさんには、一切お咎めはありませんので安心してくださいね」


「ほっ」


 その言葉に、隣のエリザが安堵の吐息を漏らした。


 よっぽど気にしていたみたいだから、なにもなくて良かった。


 エリザは、自分の不始末の責任を僕が負うことに過剰なほど反応しちゃうようだからさ。


「それでは、今回の件はこれで決着といたしましょう。ただ……御二人に折り入ってご相談したいことがあります」


 そこで、冒険者協会会長ギルドマスターは表情を曇らせた。


 途端に、エリザが顔を強張らせて身構えた。


 そんなに怯えなくてもいいのに。


 お咎めはないって言ってたじゃないか。


 僕がエリザに、大丈夫だよ、という思いを込めた視線を向けていると、冒険者協会会長ギルドマスターが柳眉をひそめて告げた。


「御二人とも、私の下で働く気はありませんか?」

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