第7話 もしかして、僕が触っていたのって……エリザのおっ―――


「う、う~~~ん……あいたたた」


 あれ、頭がすっごく痛い。


 ガンガン痛い。


 頭蓋骨の内側で教会の鐘でも鳴らされているような感じだ。


 なんでこうなっているんだろう?


 えっと、何があったんだっけ?


 僕は両手で頭を抱えながら、記憶をたどってみる。


 ……そうだ。


 僕はダンにビールをかけられたんだった。


 その後、急に気が遠くなって……。


 そうか、この頭痛はアルコールのせいか。


 やっぱり、僕はお酒に弱いみたいだ。


 幼い頃、おじいちゃんの目を盗んでワインを飲んだ時も、一口でバタンキューだったからなぁ。


 でも、さすがにアルコールをかけられただけでも酔っぱらっちゃうとは思わなかった。


 どんだけ弱いんだよ僕は。


 自嘲気味にフッと吐息をもらすと、僕は周りを確認した。


 見慣れた木造の天井と壁。


 小窓から差し込む光。


 僕が身体を預けているのは、ワラのベッドだ。


 形の整え方が悪いのか、僕の横が大きく盛り上がっている。


 まるでブランケットの下に誰かがいるようだ。


 安い宿だから、こういう雑な仕事をする店員もいるのだろうか?


 と、多少気になる点はあったけれど、どうやらいつも利用している宿屋の一室らしい。


 誰かが酒場から運んでくれたんだな。


 おまけに、着替えまでさせてくれている。


 自分の身体に目を落とすと、ビールで汚れた衣服から宿屋が貸し出しているバスローブへと変わっていた。


 窓の外へ目を移すと、僕の服が洗濯ヒモに吊るされて風に揺れていた。


 そこまでしてくれるだなんて、ずいぶんと親切な人がいたものだ。


 お礼をしないと。


 誰がやってくれたかは見当がついている。


 僕は、その人を探しにいくため、ベッドを出ようとした。



むにゅん―――


 

「むにゅん?」


 上体を起こそうと、ベッドの横に手をついたら、なにやら柔らかかった。


 ともすれば、どこまでも指が沈んでいきそうなほどだ。


 吸いついてくるような心地よい感触に、手が無意識に動く。



むに、もにゅ、ぽよん―――



 ワラって、こんなに触り心地が良かったっけ?


 僕が不思議がっている、その時だった。


「んっ、んんっ」


「ふえっ!?」


 ベッドが喋った!?


 予想外のことに驚いて、僕はベッドから飛び出した。


 その拍子にブランケットがめくれ、声の正体が露わになった。


 なんとそこには……エリザがいたのだった。


 え?


 もしかして、僕が触っていたのって……エリザのおっ―――


「あ、おはようございます御主人様」


 眠そうに目元を擦りながら、エリザが朝の挨拶をしてきたので、僕の思考は中断した。


「おっ……ぱよう、エリザ」


 あ、危ない。


 もう少しで、おっ……って言っちゃうところだった。


「ご気分はいかがですか?」


 耳をシュンと下げて、おずおずと尋ねてくる。


 その様子を見るに、だいぶ心配させてしまっていたらしい。


「ああ、ちょっと頭が痛いけれど、全然元気だよ」


 僕は動揺を悟られないように、できるだけ冷静に答えた。


「そうですか! 大事がなくて良かったです!」


 エリザが、ぱあっと花が咲いたように破顔した。


 耳をピコピコ、尻尾をグルングルン動かしている。


 すごく喜んでいるようだ。

 

 分かりやすいなぁ。


 でも、僕が気を失ったことを心配してくれて、無事だと知ったら喜んでくれるだなんて、嬉しいじゃないか。


 僕は心が高揚して、思わずエリザの頭を撫でていた。


「は、はぅあ!? 御主人様、なにを!?」


「……あ、ゴメン!」


 ヤバッ、やってしまった!


 あまりにも健気で可愛いから、つい手が出てしまった!


 僕は慌ててエリザの頭から自分の手を離した。


「えっ? ……やめてし……のですか? もっと……ほしかった……」


「ん?」


「あ、いえ、なんでもないです」


 エリザが何か言ったような気がしたけれど、声が小さくて聞き取れなかった。


 


 着替えて宿屋を出ると、太陽の高さから、もう昼であることが判明した。


 だいぶ長く意識を失っていたようだ。


 これだと、今日はあまりクエストをこなせないだろうな。


 幸い、エリザが頑張ってくれていたおかげで、お金には余裕がある。


 だから、そんなに急いで冒険者協会ギルドに行く必要もないだろう。

 

 そう思って、いつものパン屋で食パンとミルクを購入すると、エリザとともに広場へ向かった。


 噴水の縁に二人で腰かけると、早速パンを袋から取り出して口へ運んだ。


 エリザが隣で微笑んでいる。


 心なしか、パンが美味しく感じられた。


 どうしてだろう?


 一人で食べていた時は、まるで粘土を噛んでいるように味気なかったのになぁ。


 なんて思いながら、のんびりと昼食をとっていると、大通りの方から見知った三人の男たちが近づいてきた。


 背が高い偉丈夫いじょうぶを先頭に、それに残りの二人が追従するような形で距離をつめてくる。


 ダンとその取り巻きたちだ。


 三人とも、なぜか口角を吊り上げてニヤニヤとしている。


「まだやられたりないのかしら?」


 エリザがボソッとこぼす。


「ん?」


 僕が疑問符を投げかけると、エリザは「い、いえ、なんでもありません」と言って頬を引きつらせた。


 変だな。


 冷や汗までダラダラと流している。


 なにかあったのかな?


 僕がいぶかしんでいると、ついにダンたちが目の前にやってきた。


「おいクソザコ、ちょっとツラ貸せよ」


 開口一番、ダンが僕を見下ろしながら、ついてくるように命令してきた。


「また御主人様のことをクソザコなんて呼んで……」


 エリザが奥歯をギリギリと噛みしめながらダンを睨む。


 飛びかからないかどうか心配で、僕はソワソワした。




 ダンたちについて行った先にあったのは、冒険者協会ギルドの二階にある面会室だった。


「ここだぜ。入れよ」


 ダンが扉を開けて顎をしゃくり、僕たちへ先に入るように促した。


「あの~~~、そろそろ教えてもらってもいいですか? 僕たちはどうしてつれてこられたんですか? ここで何があるんですか?」


 詳しい説明を一つもされていなかったので、僕はダンに訊いてみた。


 すると、ダンはひとしきり含み笑いをした後、さも楽しそうに口端を歪ませた。


「テメェらはもう、終わりだ」


「え? それはどういう意味ですか?」


「中に入れば分かる。おら、早くしろよ」


 どうやら、ここへつれてこられた理由は部屋に入れば判明するようだ。


 なので僕は、エリザを伴って面会室へと足を踏み入れた。


 正面に大きな窓が一つあり、部屋の中央には横長のテーブルと四つのイスが据えられていた。


 イスはテーブルより手前側に三脚、対面に一脚という割合で設置されていた。


「手前のイスに座れよ」


 ダンに従って、僕たちはイスに腰を下ろした。


 一番左側にエリザ、真ん中に僕、その隣にダンが座った。



コンコン―――



 僕たちが席に着くのを見計らったようなタイミングで、面会室の扉がノックされた。


「お入りください、冒険者協会会長ギルドマスター!」


 え!?


 ダンの一言に、僕は思わず振り返った。


 冒険者協会会長ギルドマスターといえば、この大陸の全ての冒険者協会ギルドを統括している人じゃないか!


 あらゆる冒険者の頂点に立つ人物!


 一体、どんな人なんだろう!?


 僕が心を躍らせていると、カチャリ、と静かな音がして扉が内側に開いていく。


 開口部が大きくなるにつれて姿を現したのは、一人の女性だった。


「失礼いたします」


 鈴の音のような声だった。


 ドアが完全に開かれて、その女性が全貌を現す。


 後ろ手にドアを閉めると、その人は顔に穏やかな笑みを貼りつけて、僕たちを見据えてきた。


 なんとなく優しそうな雰囲気を纏っている人だなぁ、というのが僕の第一印象だ。


 歳は二十代の後半くらいだろうか?


 淡い水色の髪は長く、腰まで伸びている。


 白を基調とした、ひらひらして丈の短い薄手のローブに三角帽子を被っていて、右手には荘厳そうごんな雰囲気のある長杖スタッフを携えている。


 いかにも魔法使いという出で立ちだ。


 冒険者協会会長ギルドマスターの付き人かな?


 僕がそう思っていると、その人はエリザの脇を通って向かい側のイスへと腰を下ろした。


「え?」


 僕の喉から、思わず声が漏れていた。


 そこは冒険者協会会長ギルドマスターの席でしょ?


 どうしてこの人が?


 僕が怪訝に思っていると、その女性が口を開いた。


「初めましての方もいますから、自己紹介させていただきますね。私はカタリーナ・サーフェイスと申します。僭越ながら、冒険者協会会長ギルドマスターを務めさせていただいております」


 ……マジですか?


 冒険者協会会長ギルドマスターというと屈強な男の人を想像していただけに、そのイメージと真逆の女性だったから、僕はポカーンと口を開けて、しばらく呆然としていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る