第5話 エリザに服を買ってあげました
「見ろよ、例の女だ」
「出ようぜ、
「早く消えてくんねぇかな」
翌日、僕たちが
どうやら、その矛先はエリザのようだ。
昨夜、ダンと一悶着あったせいだろう。
この街で最も強い冒険者であるダンは、同時に強い権力や発言力を持っている。
そんなダンに食ってかかったエリザは、白眼視される対象になってしまったというわけだ。
ただ、当の本人はというと―――
「さあ、御主人様! 張り切っていきましょう! 私、今日もたくさん頑張りますよ!」
うん、元気いっぱいだ。
みんなからの冷たい視線なんてどこ吹く風で、まったく気にした様子がない。
すごいなぁ。
心が強いんだなぁ。
好きだなぁ、そういうところ。
「ほら御主人様! 早く早く!」
「あ、ちょっ!?」
僕がエリザの芯の強さにウットリしていると、グイッと手を引っ張られた。
強引だなぁ。
まあ、徐々に慣れつつあるけれども。
などと思いながらエリザに引きずられ、僕は掲示板の前へとたどり着いた。
昨日と同じようにスライム討伐と薬草採集のクエストを受注しようと、記入用紙に書き込んでいく。
そこで僕はふと、あることに気づいて冒険者カードを取り出した。
冒険者氏名 : アルト・ノア
冒険者レベル : 3
冒険者ランク : F
冒険者ポイント : 30/200
【次のレベルまで、あと170ポイントです】
【冒険者レベルが10に到達すると次のステージへランクアップします】
そうだ、冒険者レベルが上がっていたんだった!
いや~~~、忘れるところだったよ!
思い出してよかった!
僕は書きかけの記入用紙からペンを離し、掲示板に貼ってあるクエストのリストを確認する。
もしかすると、冒険者レベル3から請け負うことのできるクエストがあるかもしれない。
☆討伐系クエスト
●バットの討伐
受注できる冒険者レベル : 3~
生息地 : 帰らずの森
達成条件 : バットを1体討伐し、牙を持ち帰ること
成功報酬 : 銀貨1枚&冒険者ポイント+2
※他のクエストとの重複受注可
●ハウンドの討伐
受注できる冒険者レベル : 3~
生息地 : 帰らずの森
達成条件 : ハウンドを1体討伐し、爪か牙を持ち帰ること
成功報酬 : 銀貨1枚&冒険者ポイント+2
※他のクエストとの重複受注可
お!
おあつらえ向きにレベル3から受注できるクエストがある!
しかし、どちらも討伐系クエストか。
バットとハウンド……。
“帰らずの森”で何度か遭遇したことがあるけれど、僕が軽く攻撃しただけで粉々になっちゃったんだよなぁ。
これはまた、エリザの力を借りるしかなさそうだ。
う~~~ん、でも、女の子に仕事を押し付けるのは気が引けるなぁ。
たしかに、僕は一刻も早くSランク冒険者になりたいよ?
そのためには冒険者ポイントを稼がなきゃならないっていうのも分かってる。
効率よくポイントを取得するためには、どうしても高レベルの討伐系クエストを受けなきゃならないってことも、僕が討伐系クエストを達成できない以上、エリザに任せるしかないってことも重々承知しているよ?
でもなぁ。
そう簡単に割り切れないよなぁ。
もちろん、エリザは僕の奴隷だから、嫌とは言わないだろうけれどさ。
むしろ、喜んでやりそうだ。
ただ、それが分かっているから余計に心苦しいんだよな。
血の通わない道具として利用しているみたいで、すごくモヤモヤする。
奴隷ってそういうもんだろって言われたらそれまでなんだけれど……う~~~ん。
僕は目を閉じ、腕を組んでウンウン唸った。
それから、ああでもないこうでもないと長考した結果、やっぱり今のところはエリザに頼るしかないという結論に達したのだった。
うん、しょうがない。
それしかないんだから。
よし、エリザに頼もう。
僕は何度か深呼吸をする。
そして心の準備ができてから目を開けると、隣にいるエリザに視線を向け―――
「……あれ? いない」
エリザ、どこに行ったんだ?
僕がキョロキョロと見回してみると、受付にその姿を発見した。
僕が気づいてすぐに、エリザはこちらへパタパタと戻ってきた。
「なにしてたのエリザ?」
「はい、御主人様が冒険者レベル3から受注できる討伐クエストを眺めていましたので、差し出がましいとは思いましたが、それらのクエストを受注用紙に記入して提出してきました! 大丈夫ですよ御主人様! 魔物の討伐は私にお任せください!」
エリザはドン、と胸を叩く。
どうやら僕の悩みも見透かしていたようだ。
すっごい忖度するなぁ。
有能すぎじゃない?
「ではでは、御主人様! 参りましょう!」
「ちょっ、わっ!?」
また僕は引きずられ……以下略。
その日の夜―――
人通りの多い道をエリザとともに歩きながら、冒険者カードを確認する。
冒険者氏名 : アルト・ノア
冒険者レベル : 7
冒険者ランク : F
冒険者ポイント : 10/400
【次のレベルまで、あと390ポイントです】
【冒険者レベルが10に到達すると次のステージへランクアップします】
昨日の今日で、冒険者レベル1から一気に7まで上がってしまった!
劇的ビフォーアフターだよ!
しかも、報酬金額は金貨5枚と銀貨4枚だ!
これで僕の所持金は合わせて金貨6枚と銀貨12枚になった!
これでもう、その日暮らしの生活からサヨナラだ!
ヒャッハーーーーーー!!!
「御主人様、私はお役に立てたでしょうか?」
喜びで胸が爆発しそうになっていると、エリザがおずおずと尋ねてきた。
僕は、口を開いたら嬉しさのあまり絶叫してしまいそうだったので、かわりに親指を立てながら満面の笑みを返した。
「お喜びいただけたようでなによりです!」
エリザも花が咲いたように破顔した。
やっぱり、めちゃくちゃ可愛いなぁ。
レベルが上がると同時にテンションも上がっていて、思わず抱きついてしまいたくなる衝動に駆られたけれど、すんでのところで理性が仕事をしてくれて助かった。
こんな公衆の面前でそんなことしたらエリザにも周りの人たちにも迷惑だもの。
グッジョブ、僕の理性。
「あの、御主人様? これからどちらに向かわれるのですか? 宿屋の集まっている場所とは逆だと思うのですが?」
僕が自分の理性に感謝していると、エリザが上目遣いに問いかけてきた。
「ああ、ちょっと買いたいものがあってね」
僕は行き先を告げず、黙々と歩いていく。
「そうですか」
エリザはそれ以上、追及してはこなかった。
そのかわり、離れないようにピッタリ寄り添ってくる。
そういう健気なところが、無性に可愛いと思った。
「ここだよ」
僕は、とある服飾店の前で立ち止まった。
「服をお
「いや、エリザが来なきゃダメだよ」
「え?」
エリザはキョトンとした。
どうやらエリザは、僕が自分の服を買いに来たのだと思っていたらしい。
けれど、僕が買いに来たのはエリザの服なんだ。
いつまでも奴隷用のボロボロな
僕は、いまだに呆然としているエリザの手を引いて店内に入った。
「さあエリザ、なんでも好きな服を買っていいよ」
僕が促すと、エリザは驚きに目を大きく開き、両手で口元を覆った。
「奴隷である私なんかに、服を買い与えて下さるのですか!?」
そんなに驚くことかな?
「ありがとうございます! 御主人様はなんと慈悲深い御方なのでしょう!」
いや、大したことじゃないでしょ?
服を買ってあげるくらいで大袈裟だなぁ。
「あ、あの! 本当になんでも良いのでしょうか!?」
うわぁ、すっごい目がキラキラしてる。
そんな眼差しを向けられたら頷くしかないじゃないか。
僕がコクリと首を縦に振ると、エリザは嬉々として店内を物色し始めた。
目ぼしいものを見つけると手に取って鏡の前へ向かい、自身の体に当てて一喜一憂している。
その姿を見て僕は、やっぱりエリザも女の子なんだなぁ、と思った。
しかし、これはちょっと時間がかかりそうだな。
エリザの様子から、すぐには服選びが終わらないだろうと判断した僕は、店の奥にある試着室のそばのイスに腰かけて待つことにした。
―――どれくらい経った頃だろう?
僕がコクリコクリと舟をこいでいると、試着室のカーテンがシャッと開いて、中からエリザが登場した。
「御主人様御主人様! 見てください!」
「……ん? お、おお!」
エリザの姿を見た瞬間、僕は感嘆の声を上げていた。
眠気なんて一気に吹っ飛んでしまった。
それほどまでにインパクトが強かったのだ。
なんと、エリザはメイド服を着ていたのだ。
白と黒を基調としたエプロンドレスだ。
これがまた、とんでもなく似合っている。
丈の短いスカートからは、白くて細長い両足が伸びている。
胸元が大きく開いていて、エリザの豊かな双丘が大胆に露出している。
ただ一点、ペットが着けるような革製の首輪を巻いているのが気になったけれど、おおむねドストライクな恰好だった。
ヤバいなこれ!
ただでさえ可愛いのに、さらにワンランク上の可愛さに到達している!
最高ですか?
最高です!
「いかがでしょうか、御主人様?」
エリザがクルリと一回転する。
スカートの裾が
「う、うん! すっごく似合ってるよ!」
「ありがとうございます! では、これを頂きます!」
「分かった! お会計してくるね!」
僕は店員さんに銀貨58枚を支払った。
これで所持金は金貨5枚と銀貨54枚になった。
女性用の服が意外に高くて驚いたけれど、僕のために頑張ってくれているエリザへのお礼としては安いくらいだ。
そもそも、この服の代金だってエリザが稼いだものなんだよな。
奴隷のものは主人のものとはいえ、傍から見たら最低な男だな僕は。
……いや、考えないことにしよう。
悲しくなる。
「さてと、それじゃあボチボチ、夕飯でも食べに行こうか」
「はい、御主人様!」
目的を果たしたので、僕たちは
道中、エリザはずっと僕の腕に手を回して密着していた。
メイド服からこぼれ出さんばかりの豊満な胸が押し当てられていて、歩きづらいったらなかった。
目のやり場に困って横を向き続けていたら、首が痛くなってしまった。
もっとも、痛いのは首だけではなかったけれど。
まあ、それはどうでもいいとして、酒場へ着いた僕たちは入口付近の丸テーブルへと向かい合わせで座った。
すぐさまウェイトレスが駆けつけてきたので、僕は何種類かの料理を注文した。
節約しなきゃなと思う反面、お金があると思うと気が大きくなってしまって色々と食べたくなってしまう。
う~~~ん、まずいなぁ。
よし、明日から出費を抑えよう。
「うげぇ、最悪だぜ。クソザコと獣人のコンビがいやがる」
僕が出来そうもない決意をしていると、聞き慣れた声が耳に届いてきた。
声の主は、もちろんダンだ。
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