第4話 匂いなんて嗅がないでくださいよ、恥ずかしいです!


 冒険者協会ギルドから出てきた僕は震えていた。


 今日の報酬額の多さに。


 なんと、銀貨15枚と銅貨5枚だ。


 いや~、銀貨なんて久しぶりに握りしめたよ。


 ずっしりと重いなぁ。


 おっと、落とすといけないから革袋に入れておかないと。


 僕が慎重な手つきでお金をしまっていると、エリザが耳をピョコピョコさせながら身体を寄せてきた。


「いかがでしたか御主人様? 私はお役に立てたでしょうか?」


 尋ねられて、僕はニッコリと口の端を吊り上げた。


「役に立ったなんてもんじゃないよ! エリザのおかげですっごく助かったよ! ありがとう! エリザは救いの女神様だよ!」


「そんな、女神様だなんて……」


 エリザが頬っぺたに両手を当てて目を伏せる。


 そんな仕草も可愛かった。


 思わず見とれてしまう。


 僕がじっと眺めていると、視線に耐えられなくなったのか、エリザが早口でまくし立ててきた。


「あ、あの、御主人様! 私、まだまだ頑張れます! もっともっと御主人様のお役に立てます! ですからクエストに行きましょう! ええ、そうしましょう!」


「うわぁっ!?」


 言い終わった直後、僕はまたエリザに引きずられて“帰らずの森”に向かうことになった。




その夜―――




 僕たちは冒険者協会ギルドの一階に併設されている酒場にいた。


 もちろん、食事をするためだ。


 ああ、食パンとミルク以外のものをお腹に入れるのは一ヶ月ぶりだ!


 テンションがグングン上がる!


 ……いや、落ち着けよ僕。


 エリザや周りの人たちが見てるじゃないか。


 平常心だ、平常心。


 とりあえず冒険者カードでも眺めて浮き立つ気持ちを冷まそう。




冒険者氏名   : アルト・ノア

冒険者レベル  : 3

冒険者ランク  : F

冒険者ポイント : 30/200


【次のレベルまで、あと170ポイントです】

【冒険者レベルが10に到達すると次のステージへランクアップします】




 あ、ダメだ!


 これを見てもテンションが上がっちゃうよ!


 一ヶ月間もレベル1のままだったのが、今日一日でレベル3にまでなっちゃったら、そりゃあテンアゲだよ!


 まずい!


 所持金でも数えて気持ちを落ち着かせよう!


 そう考えて、僕は革袋の中身をテーブルの上にバラまいた。


 1、2、3……。


 なんと、金貨1枚と銀貨13枚もある!!!


 今まで、どんなに頑張っても一日に稼げるお金は銅貨15枚が限界だったのに、すごい快挙だ!


 ちなみに、銅貨10枚で銀貨1枚に等しく、銀貨100枚で金貨1枚に等しい。


 これはもう、笑いが止まらない!


 はははっ、落ち着けっていうのが無理な話だったね!


 ひゃっほ~~~い!


 やった~~~!


 この調子ならSランク冒険者になれる日も、それほど遠くないかもしれないな!


 それもこれも、みんなエリザのおかげだ!


 マジ、エリザ、女神!


 と、声を大にして言いたいけれど、さすがに人目をはばからず叫ぶのはナシだよな。


 大丈夫、やって良いことと悪いことの区別はついてる。


 おじいちゃんから教えてもらった通りにしていればいいんだ。


 そうすれば、非常識だなんてバカにされずに済む。


「お待たせしました! お料理をお持ちいたしました!」


 そうこうしているうちに、キターーーーーー!!!


 テーブルの上を所狭しと並ぶ肉、魚、パン、野菜、スープ!!!


 うおおおおおお!!!


 感動して涙が出てきた。


「御主人様、泣くほど嬉しいのですか?」


 僕が服の袖で目を拭っていると、エリザが微笑みかけてきた。


「うん! とっても! これも全部エリザのおかげだよ! 本当にありがとう!」


「御主人様に喜んでいただけて、私も嬉しいです!」


 おおう!


 なんて神々しい笑顔なんだ!


「さあ、どうぞお食べになってください!」


 エリザが両手を広げて促すので、僕は遠慮せず食べることにした。


「いただきま~~~す!」


 言うが早いか、ガツガツと口の中に料理をかきこむ。


 まるで、一ヶ月分の不足した栄養を取り戻すように。


 エリザは、そんな僕を温かい目で見守っている。


 食事には一切、手をつけない。


 これは別に、僕がエリザに意地悪して食事を与えていないということじゃない。


 彼女には、僕たちが口にするような飲食物が必要ないからだ。


 その代わり、あとで僕の血をあげることになっている。


 ヴァンパイア・ライカンは吸血鬼の性質も持っているため、他の生物の血があればいいらしい。


 なんとも安上がりだ。


 僕としては大助かりだよ。


 ただ、……なんとなく気が引ける。


 だって、この僕の状況を傍から見たら、彼女に貢がせてるヒモ男みたいじゃない?


 まあ、実際ヒモなんだけれどね。


 エリザがスライムを倒してくれた報酬で食べてるわけだから。


 でも、この世界では、奴隷というのは主人の所有物とみなされるんだ。


 つまり、道具と同じ扱いなんだ。


 だから、エリザの成果は僕の成果ということになる。


 ……う~~~ん、分かってても簡単には割り切れないけれどね。


「おい、あそこにいるの、アルトじゃねぇか!?」


 僕が頭を悩ませていると、聞き慣れた声が耳に届いてきた。


 持っていたフォークとナイフを落としそうになる。


 うわっ、嫌な人に見つかっちゃったなぁ。


 僕がビクビクしていると、ダンが靴音を響かせて近づいてきた。


「豪勢な夕食じゃねぇか!? 毎日、食パンとミルクだけで生活してるテメェが、一体どういう風の吹き回しだ!?」


 僕のこと、よく見てるなぁ。


 暇なのかな?


「つーか、スライムも倒せねぇテメェが、こんなのを食えるほど金持ってねぇだろ!? ……テメェさては、食い逃げする気だな!?」


 僕の首根っこをつかんで持ち上げると、ダンはつばを飛ばしながら怒鳴ってきた。


「ち、違いますよぉ」


 僕が子猫みたいなポーズで否定するけれど、ダンは聞く耳を持たなかった。


「ふてぇ野郎だ! 教会に突き出してやる!」


 ダンが僕をつかんだまま外へ出ようと踵を返すと、「ちょっと待ちなさいよ!」というエリザの声が背後から飛んできた。


「あぁん?」


 ダンがこめかみに青筋を浮かべながら振り返る。


 声の主を視界にとらえた途端、彼の表情がさらに険しくなった。


「なんか獣クセェと思ったら、獣人がいたのかよ。最悪だぜ」


 まるで汚物を見るような目でエリザを睨む。


「御主人様を放しなさいよ!」


 エリザが駆け寄ってくる。


「御主人様だぁ?」


 ダンが片眉を上げて僕とエリザへ交互に視線を送る。


 やがて、その目がエリザの左手の甲に止まった。


「おいアルト、テメェ奴隷を買ったのか? そんな金もねぇはずだろうが? ……こいつはクセェな。犯罪の匂いがプンプンするぜ。盗みでも働いたんじゃねぇのか?」


「御主人様はそんなことしてないわよ!」


 胡散臭そうに僕を睨むダンに、エリザが怒鳴った。


 さらに言い募る。


「いい!? 耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい! 今日の食事は、ちゃんと私がクエストをこなして得たお金で食べてるし、それに、御主人様には私から頼んで奴隷にしていただいたのよ! お仕えするに値する方だと判断したからね!」


 ダンは眉間にしわを刻んだ。


「こいつが仕えるに値するだと? バカも休み休み言え」


 ダンは完全に呆れているような面持ちだ。


 まあ、それも当然だよね。


 僕に対するダンの評価は“クソザコ”なんだもの。


 スライムすら倒せないクソザコってね。


 でも、そう思われてもしょうがないよね。


 スライムのコアを持ち帰れなければスライムを倒したことにならないんだもの。


「バカとは何よ!? 御主人様はとても強い御方なのよ!」


「なんだこいつ? ハッピーになる薬草でもキメてんのか?」


 エリザが僕を擁護するけれど、ダンはまったく取り合わない。


「ああもうムカつくわね! 御主人様、そいつやっちゃっていいですか!? いいですよね!? ボッコボコにしちゃっていいですよね!?」


 エリザは、ふしゅー、ふしゅー、と肩を上下させて八重歯を剥く。


 かなり興奮しているようだ。


 まずいな、このままだとダンに飛びかかりそうだ。


 いつの間にかギャラリーも多くなってきたし、これ以上悪目立ちしたくないなぁ。


 冒険者協会ギルドの中で揉め事を起こすのはよくない。


 最悪、冒険者資格を剥奪される可能性がある。


 そんなことになったら、僕の目的が果たせなくなってしまう。


 早くエリザを止めないと。


 でも、どうしよう?


 命令するか?


 奴隷であるエリザは【隷属の呪い】を受けているため、主人の僕が【命ずる《コマンド》】と唱えて命令すれば呪いの強制力が働く。


 それによって行動を抑制することができる。


 けれど、それはエリザに激痛を与えることになる。


 だから、できれば命令はしたくない。


 さりとて、僕がダンを振りほどくというのも難しい。


 重傷を負わせてしまいかねないもの。


 さて、どうしたもんかなぁ?


 そんな風に気を揉んでいると、僕の首をつかんでいたダンの手が急に緩んだ。


 僕はポスンと床に尻もちをついた。


「けっ、これ以上、頭のおかしいヤツの相手なんざしてられっかよ」


 そう吐き捨てると、取り巻きの二人とともに出ていった。


 ああよかった、大事にならなくて。


「お怪我はありませんか、御主人様!?」


 僕が胸を撫でおろしていると、エリザが不安そうに近寄ってきた。


「うん、大丈夫だよ」


 服についた土や砂を払いながら立ち上がると、エリザが顔をしかめながら質問してきた。


「なんだったんですか、さっきのあいつ!?」


「ダン・ヴァンダインっていう冒険者だよ。僕のことを目の敵にしてるんだ。弱い人間が嫌いなんだろうね」


「御主人様は強いじゃないですか!?」


 エリザが声を荒らげる。


「まあまあ、落ち着いて」


 僕は柔らかい口調でエリザをなだめた。


「これが落ち着いていられますか! 主人をバカにされて黙っていられる奴隷はいません! それにあいつ、私のことも見下してきたんですよ!? 獣くさいって言われてショックでした!」


 そういえば、獣くさいって言ってたっけ?


 一緒にいるけれど、エリザの匂いなんて気にならなかったけれどなぁ。


 僕はエリザに顔を近づけてスンスンと嗅いでみた。


「きゃっ!? やだ、御主人様ったら! 私の匂いなんて嗅がないでくださいよ、恥ずかしいです!」


 エリザは顔を真っ赤にして身を引いた。


「別に臭くないけれどなぁ。むしろフローラルな甘い香りがしていて、僕は好きだけど」


 きっと“帰らずの森”を駆け回っていたから、植物の匂いがついたんだろうな。


「そんな、好きだなんて……」


「?」


 どういうわけか、エリザはますます顔を紅潮させてうつむいてしまった。


 胸の前で手をモジモジと絡めている。


 まあ、そんな姿も愛らしいなと思ったけれど。

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