第3話 二人で同じ部屋に泊まればいいじゃないですか!

「はい、手続きが完了いたしました! 冒険者カードと報酬の銅貨5枚です! お受け取り下さい!」


「ありがとうございます」


 いつものように報酬とポイントを手に入れた僕は、エリザと二人で宿屋に向かった。


 そこで、僕は重要なことに気づいてしまった。


 ……どうしよう、一部屋しかとれない。


 一番安い宿屋でも銅貨3枚必要だから、二部屋はとれない。


 となると、一人が野宿するか一部屋に二人で泊まるかしかない。


 僕はもう野宿したくないし、かといってエリザを野宿させるのも気が引ける。


 消去法でいくと、一部屋に二人で泊まるという選択肢しかなくなる。


 ……マジですか?


 そんなことが許されるんですか?


 否!


 ダメに決まってる!


 たとえ御主人様と奴隷の関係とはいえ、若い男女が一つの部屋で寝るなんて、そんなのダメだよ!


 よし、分かった。


 僕が野宿しよう。


 嫌だけど、ここは腹をくくるしかない。


 僕は男だ。


 この程度のことを我慢できなくてどうする?


 そんなんじゃ、おじいちゃんみたいになれるわけないじゃないか。


 うん、僕、頑張る!


「エリザ、手を出して」


「なんですか御主人様?」


 僕は隣にいるエリザの手に銅貨を握らせた。


「このお金で宿屋に泊まってよ」


「はい、了解しました! ……御主人様はどうなさるのですか?」


「僕は野宿するよ」


「いけません!」


 途端に、エリザが声を張り上げた。


「奴隷の私が宿屋に泊まって、御主人様が野宿だなんて、そんなの絶対にダメです!」


 ものすごい剣幕で怒る。


 僕は身を縮めてエリザをなだめた。


「で、でも、お金がなくて一部屋しかとれないんだよ」


「だったら私が野宿します!」


「そ、それはダメだよ! 女の子が野宿だなんて!」


 しばらく、どちらが野宿するかで言い争っていると、やがてエリザが禁句を口にした。


「名案を思いつきました! 二人で同じ部屋に泊まればいいじゃないですか!」


 それは僕が最初に切り捨てた選択肢だよ!


「ええ、そうです! そうしましょう! 行きますよ御主人様!」


「あっ、ちょっ!?」


 エリザは僕の腕に自身の両腕を絡めると、ズンズンと宿屋を目指して進んでいった。


 ものすごい力だった。


 僕は為す術もなくズルズルと引きずられていった。


 これじゃあ、どっちが主人なのか分からない。


 というか、あんなに野宿するかどうか悩んだ僕の決心、なんだったの?


 などと途方に暮れているうちに、宿屋に着いていた。


 代金を先に支払ってカギをもらい、階段を上って二階の指定された部屋へ入る。


 六畳ほどの広さの室内にはワラでできたベッドがポツンと一つだけ置かれていた。


 見慣れた内装だけれど、やっぱり少し寂しい。


「やった! 久しぶりにベッドで眠れる!」


 エリザは目を輝かせてワラのベッドにダイブした。


 パタパタと足を動かし、耳をピョコピョコさせ、尻尾をブンブン振っている。


 その様子を見て、僕は目頭が熱くなった。


 奴隷の扱いが酷いとは聞いていたけれど、まさかベッドで眠らせてもらえないとは思わなかった。


 ……と、そこでまた問題に気づいた。


 気づいてしまった。


 そう、ここにはベッドが一つしかない。


 ということは、どちらかが床で眠らなきゃならないってことだ。


 でも、さっきの嬉しそうなエリザを見ていたら、僕がベッドで寝たいなんてとても言い出せないよ。


 そう考えて、僕は黙って床に腰を下ろした。


 すると、そんな僕を見てエリザがハッとなった。


「申し訳ありません御主人様! どうぞベッドでお休みください!」


「いいよいいよ、エリザがベッドを使ってよ」


「いけません! 御主人様を差し置いて奴隷の私がベッドで眠るなんて、そんなことできません!」


 またこの問答か。


 まずいなぁ、この流れは。


 きっと、最終的にはエリザが―――


「名案を思いつきました! 二人でベッドに寝ればいいじゃないですか!」


 ほらね。


 言うと思った。


 でも、今度の提案を飲むわけにはいかない。


 男女が同じベッドで寝るなんて、そんなことがあっていいわけ―――


「さあ、一緒に寝ましょう御主人様!」


 思案している最中に、エリザが僕を羽交い絞めしてベッドに連れ込んだ。


 力が強すぎて抵抗する暇もなかった。


「お休みなさいませ、御主人様」


 言うなり、エリザは僕の横で安らかな寝息をたて始めた。


 よっぽど疲れていたのだろう。


 彼女の奴隷としての境遇を考えると、いたたまれなくなるなぁ。


 ……しかし、あまりにも無防備じゃないか?


 いくら主従関係にあるからといっても、出会って間もない僕に気を許しすぎだよ。


 奴隷ってそんなものなのかな?


 そんな取り留めのないことを考えていると、僕も激しい睡魔に襲われた。


 けっこう歩き回ったし、僕もかなり疲れていたんだな。


 まあ、おかげでエリザになにもせずに済みそうだ。


 よかったよかった。


 ……少し残念な気持ちもあるけれどね。


「ふわぁ~~~。お休み、エリザ」


 呟くと、僕の意識は霞んでいった。



 

翌日―――




 僕は早朝から、エリザと一緒に冒険者協会ギルドへ向かった。


 今日からは昨日までよりも多く稼がないといけないから、この時間からクエストをこなさないと間に合わないんだ。


「おはようございます、アルトさん!」


「おはようございます」


「今日は早いですね!」


「ええ、まあ」


 当たり障りのない会話を終え、横の壁の掲示板に張ってあるFランク専用クエストのリストを確認する。




☆採集系クエスト


●薬草採集


受注できる冒険者レベル : 1~

生息地         : 帰らずの森

達成条件        : 薬草を10枚持ち帰ること

成功報酬        : 銅貨5枚&冒険者ポイント+1

※他のクエストとの重複受注可




☆討伐系クエスト


●スライムの討伐


受注できる冒険者レベル : 1~

生息地         : 帰らずの森

達成条件        : スライムを1体討伐し、コアを持ち帰ること

成功報酬        : 銅貨5枚&冒険者ポイント+1

※他のクエストとの重複受注可




 冒険者レベル1の僕が請け負うことができるクエストは、この二つだけだ。


 だから、必然的に薬草採集しかできないってわけ。


 僕は受注用紙に必要事項を記入して受付のお姉さんに渡そうとした。


 そこで、エリザが話しかけてきた。


「御主人様、どうしてスライム討伐を引き受けないのですか? こっちの方が断然、割がいいじゃないですか?」


「ああ~、うん、まあ、そうなんだけどね」


 僕は言葉を濁した。


 それが気になったのか、エリザは深く追及してきた。


「どうしてですか? 御主人様ほどの御方なら、楽勝じゃないですか?」


「いや~、それが~、その~~~……」


 僕が煮え切らないでいるとエリザがとうとう、しびれを切らした。


「分かりました! 御主人様がやらないのであれば、私がやります!」


「あっ!」


 僕から用紙をひったくると、スライム討伐クエストを追加で記入して受付のお姉さんに提出してしまった。


「さあ、行きましょう御主人様!」


 う~~~ん、僕、振り回されてばかりだなぁ。


 などと考えている間にも、僕は襟首をつかまれて引きずられているのだった。




 そんなこんなで“帰らずの森”に到着すると、エリザはすぐさま駆け出してスライム討伐を開始した。


 ライカンは嗅覚が優れているから、索敵能力が高い。


 ヴァンパイア・ライカンであるエリザは、そんなライカンの性質も持っているようだ。


 僕が入口付近でトロトロ歩いている間に30体ものスライムを倒して、コアを集めてきてしまった。


 僕の二週間分に等しい成果を、彼女はものの数分で達成してしまったのである。


 はははっ。


 笑えてくる。


 というか、笑うしかない。


 あれ、おかしいな?


 目から涙が出ちゃう。


 男の子なのに。


「御主人様、ついでに薬草も手に入れてきました! これでクエスト達成ですね!」


 おう。


 エリザは気が利くなぁ。


 ついでに僕の仕事まで終わらせてくれるなんてさ。


 はははっ。


 ついでだってさ。


 僕が今まで、何時間も歩き回って、苦労して採集してきた薬草を、ついでに……ついでって……。


 僕はもう溢れ出る涙を止めることができなかった。


「どうしました御主人様!? どこか痛いのですか!?」


「ああ、胸が痛いよ」


「心臓病ですか!? 大変です! 早く教会へ向かいましょう!」


「大丈夫、しばらくすれば治るから」


 不安そうにしているエリザをどうにか落ち着かせて、僕らは“帰らずの森”を後にした。




 街へと戻る途中、エリザが質問してきた。


「つかぬことをお聞きしますが、御主人様はなぜ今まで、スライム討伐をしてこなかったのですか? 正直、スライムなんて、子供でも倒せる程度の最弱な魔物ですよ?」


「あ~、うん、そうだね」


 僕はまたお茶を濁した。


「御主人様! はぐらかさないでください! 納得できる説明をしてください!」


 そうしたら、とうとうエリザが語気を強めた。


 しかたない、話すか。


「分かった分かった! 言う、言うよ!」


 僕は溜息を一つ吐き出してから、しぶしぶエリザに説明を始めた。


「僕がスライム討伐をしない理由、それはね……コアを持ち帰れないからなんだ」


「? それはどういうことですか?」


「粉々にしちゃうんだよ、塵も残さずにね」


「ええっ!?」


 エリザは目を大きく見開いて素っ頓狂な声を上げた。


 よっぽど驚いたんだろう。


「スライムの肉体は半液状ですが、そのコアはかなり頑丈なんですよ!? ちょっとやそっとの攻撃では傷一つつきません! だからこそ冒険者協会ギルドはスライムを討伐した証拠としてコアを持ち帰るように指定しているのですよ!?」


「そうだね。でも、僕が攻撃すると粉々になっちゃうのは事実だよ」


「そんな! ありえな……」


 エリザはそこで口をつぐんだ。


 そして、神妙な面持ちで言葉をつないだ。


「いえ、御主人様ならありえるかもしれません。レギオンをファイアーボールの一撃で倒してしまうくらいですもの」


「ああ、そんなこともあったね。でも、そのことを街で話しちゃダメだよ」


「? どうしてですか?」


「誰も信じてくれないし、嘘つきだってバカにされるからさ」


「なぜですか? 本当のことなのに」


「だって、証拠がないでしょ?」


 僕がそう言うとエリザは、アッと短い言葉を口にした。


 僕はさらに続ける。


「この世は証拠が全てなんだよ。だから、言葉だけじゃなくて形のあるもので証明しなきゃダメなのさ」


 それを聞いて、エリザは顔を曇らせた。


 今にも涙が降りだしそうな、悲痛な表情だった。


「御主人様は、悔しくないですか? 認めてもらえなくて、悔しくないのですか?」


「う~~~ん、悔しくないと言えば嘘になるね。でも、しょうがないよ」


 はははっと笑うと、エリザが僕の腕に自身の両腕を絡みつけてきた。


「……強いですね、御主人様は」


 潤んだ瞳で上目遣いに見つめられて、僕はドキリとした。


 急激に頬が熱くなる。


 見られるのが恥ずかしくて、僕はそっぽを向いた。

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