第2話 す、吸ってる!?
「えっ、まっ、ちょっ、そ、そそそ、そんなこと、きゅ、急に、い、言われても」
舌がうまく回らない。
でも、しょうがないよね。
だって、いきなり奴隷にしてくれって頼まれたんだもん。
そりゃあ誰だってびっくりするよ。
しかも、相手はすっごい美少女だし。
そんな彼女は、僕がドギマギしている間にも懇願してきた。
「あなたは素晴らしい御方です! レギオンを一撃で木端微塵にするほどの強さがありながら、見返りを求めない奥ゆかしさまで持ち合わせておられる! そんなあなたにこの身を捧げたいと思ったのです! どうか! どうか私の御主人様になってください! 私と主従契約してください!」
彼女が深々と頭を下げる。
その拍子に服の胸元が開いて谷間が現れた。
透き通るように白くて大きな双丘が覗いている。
視線が吸い込まれそうになるのをなんとか引きはがして、そっぽを向いた。
ふぅ、ギリギリだった。
とてつもない吸引力だったな。
僕じゃなかったら視線が釘付けになっていたことだろう。
なんてことを考えつつ気恥ずかしさに顔を紅潮させながら言葉を発した。
「そ、そんなに褒められると、すっごく嬉しいけれど……でも……」
「?」
僕が途中で口ごもると、彼女が首を傾げた。
どうしてこんなに主従契約を
そりゃあ、そうだよね。
奴隷は基本的に高価だから、お金持ちしか手に入れることができないものなんだ。
それがタダで自分のものになるっていうのに、どうしてこんなに渋るんだろうって不思議に思うよね。
はぁ、仕方ない。
僕はついに、
「あのね、僕はとっても貧乏なんだ。僕なんかの奴隷になったら、きっと辛い思いをさせてしまう。だから……」
「なんだ、そんなことですか!」
僕の言葉を遮って、彼女が割り込んできた。
「主人のいない今の奴隷生活に比べたら、多少お金がないくらいどうってことありませんよ!」
そう言って、彼女は僕が心配していたことを笑い飛ばした。
「ですから、ね? 私の御主人様になってください」
彼女の輝くような笑顔と朗らかな声を聞いていると、なんだか僕の悩みが酷くちっぽけなものに思えてきた。
様々な問題が頭に去来していたはずなのに、いつの間にかどうでもよくなっていた。
だから自然と、僕は彼女に肯定の言葉を紡いでいた。
「分かりました、僕でよければ……」
「ありがとうございます!」
僕が言い切る前に、彼女が嬉しそうな声を上げた。
弾けるような笑顔を見せる。
ああ、すっっっごく可愛い!
ホント、この笑顔を見ていると、心配事とか不安な事とか全部どうでもよくなるな。
「では早速、契約の儀式を行いましょう!」
「うん……と、その前に」
僕は彼女に近づき、手首と足首についている
瞬間、ガチャリという金属音を響かせて
拘束から解放された彼女が荷台から飛び降りてくる。
「すごい! 御主人様は攻撃魔法だけでなく、特殊な魔法も使えるのですね!」
犬耳がピョコピョコと動いている。
可愛いなぁ。
……はっ!
いかんいかん。
僕は緩んだ頬を引き締めた。
「まあね」
褒めてくれる彼女に軽く返して、僕は右手の人差し指の腹を噛み切った。
そして、彼女の左手の甲に押し付ける。
正確には、左手の甲に刻まれている【隷属紋(れいぞくもん)】に。
奴隷はみんな身体のどこかに【隷属紋】と呼ばれる呪術刻印を施されている。
そこへ誰かが血を付着させると【隷属の呪い】が発動する。
それによって契約の儀式は完成だ。
とっても簡単。
ただ、儀式自体の手軽さとは裏腹に、内容はえげつない。
【隷属の呪い】を受けた者は血の持ち主に絶対服従しなければならなくなるんだ。
奴隷は、主人の命令には逆らえなくなる。
例外は、奴隷自身が死ぬような命令くらいだ。
“自殺しろ”とか、それに似たニュアンスの命令なら強制力は働かない。
でも、裏を返せば、奴隷の死に直結するような命令以外ならなんでも行使できるということだ。
どんな屈辱的な行為を要求されようと拒むことはできない。
とんでもないよね。
僕は今から、とんでもない命令ができてしまうのだ。
こんな美少女に。
……はっ!
いかんいかん!
なにを考えているんだ僕は!?
僕はおじいちゃんみたいな大賢者になるって心に誓ったんだ!
なにをしてもいいからってナニをしていたら、多くの人々から称えられる立派な人間になれるわけないじゃないか!
しっかりしろ!
と、僕が頭を左右にブンブン振って邪念を追い払っていると、紋章が光り輝き、その形を変えた。
どうやら、儀式は無事成功したみたいだ。
しかし、かなり複雑な幾何学模様になったな。
まあ、そうじゃないと誰でも簡単に解けてしまうから、複雑になるのはしょうがないんだけれどね。
「はぁ、はぁ……」
「?」
なんだ?
彼女の様子がおかしい。
呼吸が荒くて、ひどく苦しそうだ。
あれ?
僕、なにか失敗したかな?
でも、ちゃんと紋章は変化したし……って、今はそんなことを考えている場合じゃない!
「どうしたの!? 大丈夫!?」
僕は彼女を心配して詰め寄った。
彼女が顔を上げる。
頬が赤く、目がトロンとして焦点が合っていなかった。
これはただごとじゃないぞ!
「……ご……さま……わた……もう」
蚊の鳴くような、かすれた声で彼女が呟く。
「しっかりして! すぐに回復魔法をかけてあげるから!」
僕は慌てて呪文を唱えようと、右手を彼女の頭にかざした。
刹那、彼女が僕の右手をつかみ、口元へ引き寄せた。
「すみません、御主人様! 私、もう我慢できない!!!」
言うや否や、彼女は僕の人差し指を口にくわえた。
「なっ!?」
僕は驚きのあまり言葉を失った。
「んっ……んっ……んくっ……」
す、吸ってる!?
えっ!?
どゆこと!?
わけが分からず、僕はしばらく立ち尽くし、されるがままになっていた。
「……ぷはぁ」
ほどなくして、彼女が顔を上げた。
唇は僕の血で濡れていた。
彼女は短く舌を出すと、唇についた血をペロッと舐めとった。
その様を見て、僕は彼女の正体に思い至った。
「君は……“ヴァンパイア・ライカン”なの?」
僕が問いかけると、彼女は目を大きく見開いて首を縦に振った。
「その通りです! よくご存じですね! あまり知られていない少数種族なので、言い当てられてビックリしました!」
ヴァンパイア・ライカン……おじいちゃんから聞いたことがあった。
そんな彼女が、どうして奴隷なんかに?
疑問に思っていると、彼女は勢いよく飛び退った。
「それはさておき、すみませんでした御主人様!」
土下座しながら続ける。
「何日も血を飲んでいなくて空腹だったとはいえ、はしたないことをしてしまいました! どんな罰でも受けます!」
額を地面に擦りつけて必死に謝罪する姿に、こっちが申し訳なくなってきた。
「い、いいよいいよ別に! ちょっと驚いたけれど、血を吸われるくらいどうってことないさ!」
「ああ、なんて寛大な! ありがとうございます!」
彼女はまた地面に頭突きを食らわせた。
「もういいってば! ほら、立って!」
大袈裟だなぁ。
大したことじゃないだろうに。
……と、そこで僕は重要なことに気づいた。
まだ彼女の名前を聞いていないという事実に。
だから、立ち上がって足についた土を払っている彼女に尋ねると、微笑みながら自己紹介してきた。
「申し遅れました! 私はエリザ・ベルモンドと申します! よろしくお願いいたします、御主人様!」
彼女が深々と頭を下げる。
そのせいで、また胸の谷間が見えてしまったので、僕はあたふたと顔を逸らすと、バツの悪さをごまかすように名乗った。
「ぼ、僕はアルト・ノア! よろしくね、エリザ!」
こうして、エリザが僕の奴隷になった。
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