3,部活への想い ~忘れてはいけない記憶~
男が俺にむかって言った。「今まで辛かっただろう。よく耐えたな。」
俺はその言葉を聞き、ようやく苦しみから解放されたと感じ、涙が止まらなかった。
男は俺が泣き止むまで黙って隣に居てくれた。泣き止んだのを見ると、男は自分のことや助けた理由について話始めた。
男の名前は『
「その部活はどういったものなんですか?」俺は気になって聞いた。
「俺が所属しているのは、万屋部。人からの依頼を受けて問題を解決する人助けの部活なんだ。今回も依頼を受けて、このような事態が起きてるのを知ったんだよね。もっと知らせてもらえたら君がそんなに傷つくことはなかったのに…。ごめんね。」と申し訳なさそうに榎本さんは答えた。
「そんな。気にしないでください。助けてもらって感謝の気持ちしかありません。」と俺は返した。
そこで俺は疑問が湧いた。『いったい誰が依頼したのだろう。』俺はいじめが終わるよう働きかけてくれた依頼主にも感謝の気持ちを伝えたかった。
俺は思い切ってそのことも聞いてみた。
「依頼は手紙で届くんだけど、名前が書いてなくてね。だけど君のいじめの詳しい情報をしっかりとまとめて書いてあったから、多分送り主も君のことをかなり心配していたんじゃないかな。意外と身近な人かもね。」と彼は答え、結局依頼主の名前は、分からずじまいだった。
「じゃあ俺は次の依頼があるからこの辺で。また何かあったら万屋部にきてね。相談にのるからさ。」と榎本さんは去っていった。
立ち去る後ろ姿に向かって「今回の件はありがとうございました。機会があったらぜひお礼をさせてください。」と俺は言い、彼の姿が見えなくなるまで頭を下げた。
時はたち、俺は榎本さんのいる高校へ進学した。俺はもう入る部活を決めていた。というか、この時を楽しみに待っていた。万屋部に入部することを。
俺は万屋部の部室を探し当てた。しかし向かった部室には榎本さんの姿しかなかった。
「久しぶりだね。どうしたの。何か依頼かい?」と榎本さんは驚いたように俺を見上げて言った。
「他の部員の方はいないんですか?」と俺は聞いた。
榎本さんは自分の前の椅子に腰かけるよう、うながしながら「そうなんだよね。先輩が引退して俺1人だけ。友達を誘ってみたんだけど誰も入ってくれなかったんだよ。部活動として認められるための必要人数は最低4人だし、もう今年、新入部員を迎えないと廃部なんだよね。万屋部も今年で終わりかな…。」と苦笑いしながら答えた。
俺はそれを聞き、「廃部になんかさせません。こんな素晴らしい部活、廃部なんてもったいないです。俺こ、の部活に入ります。人数少ないなら俺が片っ端から声かけて存続させるので今年で終わらせないでください。」と思わず捲し立てるように言ってしまった。
「もしかしたら君は入ってくれるかなと思ってたよ。実は君以外にも2枚入部届けがきていたんだ。君の入部のおかげで部活の必要人数がちょうどになったよ。ありがとう。助かった。」そう話す榎本さんの表情は苦笑いから笑顔へと変わっていた。
続けて「君がいてくれるなら大丈夫そうだね。俺も今年で高校を卒業する身だし、引退後は任せたよ。」と榎本さんは言った。
「任せてください。この部活を受け継いでいきます。」と榎本さんと約束を交わした。
1年生で入部したのは俺の他に石蕗くんと合歓木さん。合歓木さんはかけもちの吹奏楽部が忙しく、ほとんど万屋部には顔をださなかった。それもあり、榎本さんと石蕗くんとの3人で部活を行うのは忙しかった。入部する人は来ないのに、依頼はたくさんくる。ほとんどが落とし物捜索や悩み相談、これら全部を俺らが入る前の少しの期間、1人でこなしていた榎本先輩はすごいと感じた。
日にちが過ぎていくごとに部活に慣れてきた。これまで手間取ってた仕事もそれなりにこなせるようになってきた。しかし、それは榎本先輩がいたから成り立ってたものだと後になって知ることになる。
1年がたち、榎本先輩は高校を卒業し、それと同時に万屋部を引退した。先輩が引退する前に話し合った結果、俺が部長を引き受けることなった。
それからが大変だった。これまで全部、こなせてた依頼も日を重ねるごと滞るようになってきた。それもあり、部活の評判はガタ落ち、依頼もだんだんこなくなった。俺は榎本先輩みたいには出来ないことや、急激に依頼が減っていく様子を目の当たりし、頑張る意欲がだんだん削がれていった。
そんな中でいつしか、しぶしぶと部活に参加するようになっていた俺は萩一の言葉にはっとした。先輩との約束を破るところだった。まだあの時の恩返しさえできていないのに。部活を受け継ぐという男と男の約束をいとも簡単に忘れていた自分が恥ずかしかった。
俺は萩一に『榎本先輩に恩返しするために俺もこの部活を残したい。まだ間に合うかな?』と返信した。
相変わらずLINEが返ってくるのは遅かったけど、後日、萩一からの通知が届いた。『僕ら万屋部なら余裕だ。』と。
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