2,部活への想い ~消したい記憶~

 夏休みの終盤、俺は溜め込んでた宿題に追われていた。もう長期休みの恒例行事と言ってもいいだろう。だるい数学の宿題に手をつけようとした時、珍しく萩一から俺にLINEがきた。

『万屋部を残す気はないか?』そんな内容だった。俺は正直、返信に困った。万屋部は卒業とともに消えるものだと思っていたからだ。

俺は取りあえず、『急にどうしたんだよ笑』とメッセージを送り、その内容を何とか誤魔化そうとした。

しかし数分後、『僕はこの部活を残したい。』と萩一から返信があった。

俺は驚いた。菜々が部活を残したいというのは理解できるが、あまり部活意欲を感じない萩一からこの言葉を聞くとは思ってもいなかったからだ。

続けて萩一から『何で部長はこの部活に入ったの?』と送られてきた。

俺はその文面を見て、中学の時の記憶が頭の中で蘇った。

 中学生の時、俺は色々な意味で今とは対照的な学校生活を送っていた。入学して早々、これからイツメン(いつも一緒にいるメンバー)になるであろう友達も出来た。夏前には部活も決め、積極的に参加し打ち込んだ。俺の中では楽しい青春を過ごしていたつもりだった。

だけど、そんな生活は長続きしなかった。1つの事件がきっかけとなり、楽しさが絶望へと逆転したのだ。

 中1の冬休み、俺は部活帰りに1人、自転車で帰宅してた。川沿いのサイクリングロードに差しかかると、ある光景が目に入った。その見た光景を一言で言うならば、それはまさしくいじめだった。河川敷の橋の下で1人の同い年ぐらいの学生が4人から罵声や暴力を食らっていた。俺は見るに見かねて止めようとしたが、4対1ではドラマの展開みたいに勝てるわけはない。俺は冷静になれと自分に言い聞かせた結果、警察に連絡してその場から逃げた。

 次の日から、あの河川敷を通ってもいじめを目撃することはなくなった。俺はほっとした反面、俺っていじめを救ったヒーローなのではと感じていた。これから最悪な日々がくるとも知らずに。

 今日も帰宅ついでに、いじめが起きていないか確認していた。毎日の日課みたいになっていた。今思えば、救ったという優越感に浸っていたかったからかもしれない。その時だった、俺はあの日見た、同じ学生服を着た奴らに絡まれた。

そして、「警察に通報したのお前だろ。」と胸ぐら掴まれて集団で問いつめてきたのだった。

俺は怖くなって人違いだと言い切って逃げようとしたが、1人の男が俺にスマホの画面を見せつけてきた。俺はその画面を見た時、尋常じゃなかった。冷や汗が背筋を伝わった。その画面には俺が通報している場面が写っていたのだ。後から知ったが警察へ通報した行為はバレていた。奴らのもう1人の仲間に。集合に遅れたもう1人が俺が通報しているのをたまたま見てしまったらしい。俺は目の前の光景に夢中になっていて周りなんて見ている余裕はなく、そいつに気づけなかった。

 その日から、いじめの対象は俺へと変わった。最初は、『相談してすぐに助けを呼べばいいや。』と思っていたけれど、いじめが続くうちに打ち明けるのが怖くなってきた。友達を巻き込んでしまったらどうしよう。親や先生に心配かけたくない。そんな感情が一気に襲ってくる。家や学校では平然を装い、いじめを我慢し続ける日々が続いた。我慢しても何も変わらないの分かっていた。それにも関わらず、逆に周りの友達は、最近付き合いが悪いとの理由でかまってくれなくなったし、部活では出席率が悪いと先輩や顧問に叱られた。さらに我慢の限界からか、誰彼構わず反抗的な態度とるようになり、親や先生は「反抗期だから仕方ない。」と一言で俺の事を片付けた。俺の中で皆に言えないことが何より辛かった。

 いじめが続いて数週間がたったある日、俺はいつも通り人目がつかない所で奴らにもて遊ばれていた。俺は心身ともに限界がきていた。もう一層のこと、死んでしまおうかと思ったりもした。その狭間を彷徨っている時だった。高校生らしき男が1人、こちらに近づいてくるのが目に入った。奴らもその男に警戒している。俺にはその男の姿が輝いてるように見えた。

集団の1人が「何の用だ。」と男に尋ねた。

男は「この子をいじめるのをやめてもらいたい。」と落ち着いた態度で答えた。

毅然とした口調に怯んだのか、奴らは少し焦った口調で「いじめてませんよ。ただ遊んでいただけです。」と答えた。

俺は『いじめを繰り返しているのがバレたら問題になるから嘘をついたのだろう。本当に最低な奴らだ。』と感じつつもそれを否定する体力も気力も残っていなかった。

しかし、それを聞いた男は笑みを浮かべながら「これを見てでも、そんなこと言えるのか。」と言いながら写真をばらまいた。

奴らはその写真を手にした途端、顔を青ざめさせた。写真にはこれまでの俺がいじめられている様子が写っていたのだ。

続いて男は「いじめをやめなきゃネットに拡散するよ?というか、君たち注意されても、いじめを繰り返しているんだろ。社会的抹殺を受けなきゃ分からないんじゃないのかな。」と奴らに告げた。

奴らは男に向かって「これを拡散するのだけは本当にやめてください。」とひざまずいて懇願している。

男はそれに対し、「でも拡散させるかは俺が決めることではない。拡めるか決めるのは、被害者であるこいつだ。」と俺に決定権を委ねた。いじめてきた奴らは俺に向かって土下座をしている。数分前とは大違いだ。違いすぎて見てて笑えてくるほどだ。

しかし俺も辛いことをされたが、そこまでひどい仕返しをするつもりはない。

とりあえず俺は、いじめを二度としないこと、今までの事を警察に報告することの2つを条件に、ネットでの拡散はしないことにした。奴らは謝りながら急ぎ足で去っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る