Emotiondrop

一粒の角砂糖

感情屋

「……。」

高架下にブルーシートを敷いて腰掛ける人間が1人。時刻は夜の11時。橋の上で走る車が少し減ってきた頃だ。

その暗闇の中で黒のマントに身を包み、ペストマスクが男の不気味さを際立たせる。


「あの。悲しみを売りたいんですけど。」


1人の男性が声をかける。

仕事帰りかスーツを着こなしているように見えるが乱れたネクタイが気が抜けたように見える。


「悲しみですか……在庫が少ないので高くつけておきます。それではまたあした。ここに。」


ペストマスクの頭が動き、近くのカバンから透明な情玉こころだまと3000円が男の手に渡された。


「ありがとうございます。」


そう言って男性は去って行く。

10人目の客を見届けたあと「ふぅ。」と一息ついて次の顧客を待つ。大抵ここらで来る客がいるのでまだ店じまいをせずに一日の利益を数えながら待った。


「ペストくーん!」


低身長にゴスロリの目立つ服。

肩から提げたブランドバックとマッチするどころかお互いの良さを打ち消し合うようなコーディネートの女性が現れる。

その口の中には飴玉が舐め回されている。

「はぁ。」とマスクの中で静かにため息をついた男は情玉を差し出した。


「いや、今回は私が返す番だよ?」


その差し出された手の上に乗せられた情玉をぱくりと口にくわえて、その代わりにと唾液でドロドロのピンクに染まった飴玉を代わりに乗っける。


「いつもいつもそうだがお前は昔から汚ったないな。そのまま乗せるなよ。」


白いタオルを取り出してピンクの玉を慎重にくるむ。その後にピンクの玉が置かれていた手をアルコールで消毒する。

「そんなにすることないじゃんか!!」消毒をする所を見ていた彼女は口に情玉をふくみながらもごもごと喋る。


「飴食ってる時くらい黙れ。行儀が悪いぞ。」


レジの代わりになっている巾着袋から1000円を取り出して風に飛ばされぬように青く染っている悲しみの飴を入れるケースを重りにしてブルーシートに置いた。


「またあの人来たの?」飴を舌の上でコロコロと美味しそうに転がしながら尋ねる。


「……お前の知らない苦い感情がここに溜まるんだよ。甘い好きだけを吐き出し続ける脳天気なやつと違ってな。」


冷酷にそう言い放つ。


「一番感情に縁のないやつが何を言ってるんだか。」

そういって彼の頭を凝視する。


「悲しみは。あいつの分まで俺が背負う……俺はこうして生きて行く。」


ペストマスクの奥の目の光が微かに消えた。気がした。


「……あんたの奥さんは残念だったけどそんなに落ち込まないで。あんたは悪くは無い。あんただって酷い怪我を負ったんだし……。」


男は声をかけられてる間にケースにギチギチに入っている悲しみの情玉をマスクと首の間から投げ入れるようにして口に含ませた。


「あんたはそうやって在庫ないないないない嘘ついて。人に売らずにお金を渡して感情を喰らって生きて。見てて辛いわ。」


半泣きになりながらそう言って男のマスクを思いっきり外して投げ捨てる。

口に含ませたおいた新しく出来たピンクの情玉を男の口に唾液ごと移す。


「あなたもたまには幸せになりなさいな。ロボトミー。それじゃあ帰るから。また今度ね。」と言ってヒョイっとまたひとつ情玉をつまみ上げて口に入れる。


前頭葉に釘を指したままの男は、悲しみと幸せに包まれ涙を静かに流した。

これは誰の感情でもないのに。

ピンクの情玉も少し青みがかっていた。

男はまた明日もここに来るだろう。

人々の感情を喰らい、理性を維持するために。

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