第8怪 ダルマ  Byふぁーぷる

 ちっ。


 また、私の悪口書いてる。


 私の隠語は知ってるんだから!


 堂々とグループLINEで罵るなんてあっ頭に来る!


『そもそもさ、夏美があつ森で集まろうって言ったのに

 来ないんだもんね』


『そうそう信じられない〜』


『お呼びじゃないダルマは来るし』


『どうして〜って』


『受けまくり』


『ないないダルマはない!』


 もろ名指しじゃん。


 私のどこがダルマなのよ!


 悔しい、歯痒い。


 でも言い返せない。


 私を揶揄する隠語の ダルマ を知らない振りでスルーしないと…。


 スマフォを凝視するだけで何も書けずに

 頭の中が <カリカリカリカリ>




 うっ、視線を感じる。


 電車の4人掛けボックス座席を占有してるのが不味かったか。


 自分の右手窓側席にミスドの紙袋。


 向かい合う席にはカバンとラクロスの道具入れ。


 数日前にもオヤジに注意されたし。


 ウザ〜と通路側をチラ見する。


 革靴にスラックスの足が見える。


 オヤジだ!


 ウザ〜。


 無視無視。




 それどころじゃないんだから!


 LINEをまた凝視する。


 まだ悪口は続いてる。


 歯痒い〜。




「ソコ ノ オナゴ ナニヲ シテイイル」


「何をしてるって大きなお世話よ」


 LINEを凝視しながら答える。 



「ソコ ノ オナゴオ ナニヲ シテイイル」


「ウザいわね!モラハラ親父!」



「ソコ ノ オナゴオ ナニヲ シテイイル」


「こっちは友達の悪口に手も足も出ない状況で忙しいんだよ」



「テ モ アシ モ デナイ トナ」


「ナラバ フヨウ ダロウゾ」




 何を言っているこのモラハラ親父。


 ウザい!


 ムカつく。


 怒りに任せて親父を睨みあげる。


 お親父の顔はあのダルマの顔だった。


 笑ってしまうしまうくらいにそのまんまダルマ顔。


 呆気に取られていると…。




 ダルマ親父は表情一つ変えずに続ける。


「テ モ アシ モ デナイ ココロ ニハ フヨウ」


「イマ ノ オヌシ ハ テ モ アシ モ アルノニ

 メイワク バカリ」


「フヨウゾ〜ナ〜」


 <カッカッカッカツ> 「よ〜」 <カッ>


 <カキッ>とダルマ親父の表情が歌舞伎役者の様に動く。




 私の手からスマフォが落ちる。


 両腕がダラリと下がって動かない。


 逃げようと立ち上がろうとしても両足が動かない。




 私はその後、駅員に発見され病院に担ぎ込まれた。


 原因不明の難病で入院生活に入った。


 まるでダルマの様な状態。


 一年、二年…。


 世を恨み、自分を哀れみ、不平だらけだった。


 …十五年。


 お父さん、お母さん、弟、妹、爺ちゃん、婆ちゃんの

 献身的な介護で毎日を暮らしている。


 家族の生活は私の看護で自由が奪われている。


 それなのに皆、自分の生活に私を組み入れて普通に生きている。


 毎日来ていた婆ちゃんが来なかった。


 炎天下のお見舞いで熱中症になって死んじゃった。


 お通夜の夜、手も足も出ない自分を呪った。


 ベッドから転がり落ちて<ゴロゴロ>と這って顔を押し付けて

 病室のドアを開けて病院の玄関まで這った。


 玄関の自動扉を抜けてコンクリートの道を血だらけになって

 這った。


 婆ちゃんに謝りたかった。


 這うたびに痛い。


 こんな私の為に高齢でキツい体で炎天下でも来てくれてた。


 擦り傷なんて比較にならない。


 残り僅かな生命を削って私の為に!


 涙が止まらない。


 手と足が動いてくれたならどんなに助かるか。



 這う私の前に革靴にスラックスの足が見える。


「ソコ ノ オナゴオ ナニヲ シテイイル」


「テ モ アシ モ デナイ トナ」


「テ ト アシ ヲ セツボウ スル ココロ 二ハ ヒツヨウ」


「カンシャ ノ ココロ ニハ」


「ヒツヨウゾ〜ナ〜」


 <カッカッカッカツ> 「よ〜」 <カッ>


 

何!今の幻影は白日夢。。。

私は落としたスマフォを拾って、

 膝の上にカバンとミスドの紙袋を乗せ、ラクロスの道具入れ

 を網棚に置き直す。


 LINE電話で同報チャット一人一人に電話して

「言いたいことがあるなら直接言え」と伝える。


 そしてLINEグループを退会した。




 声が響く。


「ジンセイ ナナコロビ ヤオキ」


「カンシャ アレバ ヨキ ジンセイ ナリヤ〜」


 <カッカッカッカツ> 「よ〜」 <カッ>

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