36番の扉~お城にて~

 次にゲルハルトが降り立ったのは、城であった。


「城か……。ベルリール城とは違うが、それなりの広さがありそうだな」

『内部に生体反応あり。ゲルハルト、アズリオン・クラインを纏ってください』

「ああ。纏え、アズリオン」


 ゲルハルトが短く呟くと、すぐさま漆黒の鎧が装着された。


『私が案内します。誘導に従って、移動してください』

「承知した」


 Asrielアスリールの誘導に従い、ゲルハルトは城内へと侵入する。

 あらゆる抵抗が無く、正面から簡単に入り込めた。


「構造はベルリール城にある程度似ているな」

『階段を上がって右に進んでください』


 拍子抜けするほどに、順調に内部へと進んでいるゲルハルト。

 と、ゲルハルトは立ち止まり、ある一点を注視した。


「何だ、この絵画は……? 乱雑に切り散らかされているな」

『ゲルハルト。罠のたぐいはありませんよ。進んでください』

「承知した……。だが、気になってな」


 進むにつれて、城内は徐々に荒れだした様子である。

 切り散らかされた絵画はまだ可愛い部類で、落書きとも汚れとも取れる何かが壁にへばりついていたり、窓が割られていたりと、散々な状態であった。


物盗ものとりの類か……? だが、それにしては中途半端な荒らし方だ」

『いえ、この辺りにある生体反応は1つです。物盗りとは思えません』

「だとしたら……この城のあるじか? にしても、どうして荒らす必要がある?」

『そこまでは、私にも分かりません。反応まであと100m』


 残りの距離を聞いて、ゲルハルトは表情を引き締める。つかと小盾を取り出して構え、結晶を伸長させた。


「いよいよか。引き続き案内を頼む」


 ゲルハルトがそう告げた瞬間、壁が吹き飛んだ。


「何だ!?」

『自ら正体を現してくれたようですね。向かいましょう』


 Asrielアスリールの言葉を聞くや否や、ゲルハルトは壁の破壊箇所へと向かった。

 ……そこには。


「……ヒヒッ」

「!」


 白い肌をした、金髪の女性が立っていた。美しい姿、しかし顔貌がんぼうだけは醜く歪んでいる。


「誰……? 王子様……?」

「違うな。貴様を殺す者だ」

「殺す……? 嫌ぁ」


 口調に似合わず、焦りの様子はまったく見えない。

 ゲルハルトは一瞬見た彼女の瞳から、底知れぬ狂気を悟った。


「話が通じそうに無いな。説得も考えたが、撤回だ」


 すかさず腰部のブースターを起動し、一瞬で距離を詰める。すれ違いざまに胴体を両断した――しかし。


「あはっ、あたし死んじゃった。死んじゃったよぉ」


 ニタニタと笑みを浮かべながら、受けた傷が再生する。


「……えっ、あたし何でこんなことに? それに、あなたは……?」


 そして呆然と、呟くが……すぐに、再びニタニタした笑みを浮かべだした。


「あー、許さなーい。王子様がこんなことするなんてー」


 ゲルハルトの目の前で、姿がどんどん消えていく。


「何だ、これは……? 害意はたどれるから、完全に離れたわけではなさそうだが……ッ!」


 一瞬で距離を詰めてきた女性が、ゲルハルトに斬りかかる。手にした剣で防御したが、女性は防がれたと見るや否やすぐさま距離を取った。


「今のは不可視か。それに、速さも上がっている……」


 防御態勢を取るゲルハルトに向けて、次々と真空の刃が飛来する。


「アッハハハハ! 一方的だよォ、王子様ぁ!」


 女性は笑いながら、ゲルハルトをいたぶっていた。だが。


(攻撃の脅威は大したものではないな。それに、動きの癖も見えてきた。そろそろ、迎え撃つか)


 ゲルハルトはただ、立ち尽くしていたわけではない。

 女性の動きを観察し、好機を窺っていたのだ。


(そろそろ近づいてくるな……)


 身にまとっている鎧――アズリオン・クライン――が持つ害意感知機能で、不可視は意味を為していない。

 ゲルハルトは、女性の動きを手に取るように把握していた。


(今だ――!)


 女性の接近に合わせ、剣と盾を振るうゲルハルト。

 果たして――女性は胸部と腰部を、綺麗に切断されていた。


「あ、がっ……ええっ? 死ぬの? 死ぬの、あたし?」

「残念ながらな。せめて介錯かいしゃくつかまつろう」


 血を流す女性に、剣先を向ける。


「さらばだ」


 そして、大出力で光線ビームを放った。

 と、命中する直前――女性が、笑った。


「……。やはり跡形も残らんか。もっとも、こうでもせねば余計な苦痛を生むので、考え物だが」


 焦げて大穴の開いた床を見つめながら、ゲルハルトはぽつりと呟く。

 と、目の前に歪曲空間が開いた。


Asrielアスリール?」

『ゲルハルト、至急その空間から帰還してください。私達の存在が察知されました』

「察知されただと? 何をしたのだ?」

『話は帰還してからです。急いでください』

「承知した。どの道、長居するつもりも無いからな」


 ゲルハルトはなし崩しに空間を通って、ベルグリーズ王国への帰還を果たしたのであった。


     *


 同時刻。


「やっぱりぃ。ドアを通った認識になるよぉに細工してるけぇど、通ってないねぇ。しかも30番のドアは粉微塵になって、36番は岩クズになった。厄介だぁねぇ」


 タントロンは別のドア内で待機しながらも、女神代理として異空間の異変を認識していた。


「こんな真似ぇするなんて、相手は何なんだろうねぇ。ま、わたくしには分からんだろうけぇど」


 投げやりな調子で、タントロンは引き続き待機を継続したのであった。

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