30番の扉~聖地にて~

「ここは……見慣れない地だな?」


 ゲルハルトが降り立ったのは、「埋立地」と呼ぶべき場所であった。潮の匂いが、彼の鼻をつく。


「異世界からの来訪者は……いなさそうだな」


 ざっと見渡す限り、人間はいなかった。

 だが、彼の脳裏に響く声がそれを否定する。


『いえ、ゲルハルト。異世界のたみはいます。それも、千人ほど』

Asrielアスリールおれの目には、人一人見えんぞ?」

『黒い四角錐が4つほど並んだ建物を見てください。そこからでも見えるほど、高さがあるはずです』

「……あれか」


 Asrielアスリールに言われた建物を見つめるゲルハルト。


「まさかあの中に、民がいるとでも?」

『ええ。ですが、敵意を感じます。加えて、その一帯の空間は、厄介な特性を持っていますね』

「厄介な特性?」

『"生きて出られるのは一人だけ”という特性です』


 その言葉に、ゲルハルトは歯噛みした。

 救出を目的として乱入したはいいものの、これから取るであろう行動は真逆である、虐殺となる可能性があるからだ。


「出来れば助け出したいところだが……」

『いえ、かえってまずいですね。民……いえ、あれらは、私達とは敵対的な存在です。厳密には違うものの、先ほど私が話した"ある存在”の、部下と呼ぶべき者達です』

「敵……なのか?」

『敵です。ただ、拍子抜けするかもしれません』


 Asrielアスリールの言葉に、ゲルハルトは訝しむ。


「拍子抜けする……だと?」

『ええ。どうしてこのような戦場にわざわざ投入されたか分からないくらい、弱いのです』

「前の件の首謀者が望んだような、実験……か?」

『あるいは、何か別の目的があるのでしょう。再生能力だけは高いようですから、その点には用心してください』

「なるほどな。ならば装備はこれで行く。纏え、Asrionアズリオン


 ゲルハルトが呟くと、彼の体を光が覆った。瞬く間に、漆黒の装甲へと転じる。


「準備は出来た。千人いるというが、敵であれば全て屠るまで、だ」


 黒鎧こくがいを身にまとい、黒騎士となったゲルハルトは、黒い建物へと突入した。




「扉があるな。しかし、見慣れない形状だ……む?」


 ゲルハルトは、男が扉に近づくのを見る。次の瞬間、扉がひとりでに左右に開いた。


「近づけば開くのか。とはいえ、強度は脆そうだ。向かうとしよう」


 鎧に搭載されているブースターを吹かし、ゲルハルトは文字通りの音速で扉まで向かう。扉、いや自動ドアは、技も何もないただの突進で粉微塵に粉砕された。


「やけに不快な臭いだな……。おまけに暑く、ジメジメしている」

Asrionアズリオンで内側から突き破っても良いのですよ、ゲルハルト』

「それは後だ。男と同類の存在を探す」


 つかと小盾を手に取り、構えるゲルハルト。すると漆黒の結晶がひとりでに現れ、剣と盾とを形成した。

 と、別の男が現れる。


「む?」

「う、うわっ……」


 男はゲルハルトを一目見ると、体を震わせて叫びだした。


「ひゃあーっ、逃げろぉ! 殺されるぅ!」


 武装しているゲルハルトを見て、一目散に逃げだす男。この男が発した絶叫がきっかけで、建物内は瞬く間に悲鳴で満ちる。


「あれか」

『はい』


 短い確認を取ったゲルハルトは、一瞬で男に追い付く。

 追い抜きざまに、剣と盾でそれぞれ心臓と頭を両断した。


「言った通りだな。手ごたえが無さすぎる」

『そうですね……妙です。それに、全員がその中にいるわけでもありません。これは、もしかしたら……』

「再生能力の高さと関係ありそうだ。もう少し続けるか」

『分かりました』


 ゲルハルトは淡々と、奇抜な外見の男達を切り伏せ続ける。


「このような恰好をする決まり事でもあるのか……? しかし、実に不快な場所だ。早いところ、離脱したいが……」

『聞いて下さい、ゲルハルト。案の定、再生能力が発動したようです』

「どういう意味だ?」

『貴方が倒したはずの男達が、復活しています』


 一階から順繰りに上がり、同じ階にいた男達を片っ端から切り伏せたゲルハルトだが、時間をかけ過ぎて復活を許してしまった。


(まずいな……。このままでは堂々巡りになる)


 ゲルハルトは瞬時に、状況を悟った。


Asrionアズリオンを使っては?』

「そうだな。そして……出来れば、一度に千人を同時に倒したい」

『今の貴方とAsrionアズリオンで、出来るはずです。手順を教えますので、まずは召喚を』

「ああ。来いッ、アズリオンッ!」


 ゲルハルトの叫びに合わせ、建物の一部が消し飛ぶ。

 そこには――全高15mの巨大人型兵器、Asrionアズリオンが自重で下の階層を破壊しながら立っていた。


「とんだ場所で召喚んだものだ。さすがにこの程度で壊れるとは思えんが……」


 崩落が止まるまでただ立ち尽くすゲルハルト。

 数十秒経過して、ようやく崩落がおさまった。


「何とか、動けるな」


 ゲルハルトが心配しているのは、機体アズリオンの損傷ではない。

 動くための空間であった。


「これなら外に出られそうだ」


 呟くと同時に、Asrionアズリオンの腕を操る。手刀と貫手ぬきてを次々と繰り出し、がれきをどかしながら、Asrionアズリオンはたやすく屋外へと出た。


「それで、何をすべきだAsrielアスリール?」

『魔力をAsrionアズリオンに集中させてください。本体に、です』

「承知した。どうなるか、見えたぞ」


 ゲルハルトはひたすら、魔力を集中させ続ける。時が経つとともに、Asrionアズリオンの外見が黒から金色へと転じ始めた。


『今です! 解き放て!』

「ああ!」


 Asrielアスリールの一言で、ゲルハルトはAsrionアズリオンに集中させた魔力を全て解き放つ。

 圧倒的な量の魔力のドームは、規定戦闘範囲の半径1kmどころか、その10倍をも軽く超える距離にまで及んだ。


 こうなると、散り散りになっていた男達にも意味は無い。

 小賢しく建物の外に出て全滅を免れようとした男達だが、再生能力以外に取り立てて注意すべき点は無く、あっさりと千人全員が無に帰したのであった。




「終わりか……」


 無感動に、ゲルハルトは呟く。

 厄介ではあったが何の手ごたえも感じられなかった相手には、何の感想も持てなかった。


「これで撤収か?」

『いえ、まだ介入します。もうひと仕事頼みますよ、ゲルハルト』

「承知した」


 再びゲルハルトの目の前に、歪曲空間が出現する。彼はすぐさま、くぐり抜けたのであった。


     *


 その頃。


「……ん? 気のせいぃ、ですぅかぁ……?」


 タントロン――女神代理の禿頭の天使は、空間にノイズが走ったような感覚を抱いたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る