第10話 デートと落ち着かない心


 そうして7人で学校を出た。

 陸の通う学校は、比較的小高い場所に位置しており駅へ向かうにはひたすらに下っていくことになる。

 7人でとはいったものの、道に並んで歩けるわけもなく必然何人かに分かれる形となる。

 まず空と相本。

 そのすぐ後ろを栄子と椎が。

 一番後ろを陸と千秋と冬彦という順番になった。

 ショッピングモールへと向かう道すがらも、相本は空に色々話しかけているようだった。

 時に身振り手振りを交えながら。

 それに対して空は驚いたり笑ったり、ころころと表情を変える。

 後ろを歩く栄子と椎はその様子を満足そうに眺めながら、時折背後を歩く陸たちが邪魔しないように視線を向けてきていた。

 唯一冬彦だけが栄子にちょっかいをかけては関節を極められたりしている。


「ねぇ、本当にこのままでいいの~? 陸くん」

「何が?」

「何がってねぇ~」


 千秋が呆れたような視線を向けて来る。

 いや、言われずともわかってはいる。

 もしかしたらこのまま本当に相本は空の事を口説き落とすかもしれない。

 そうなった時に後悔するのは陸だ。


「あの時の事、まだ気にしてるの?」

「……」


 あの時。


「クラスの皆に夜一緒に寝てるのがバレて、からかわれて……それからだよね、空ちゃんを避け出したの。小学校の5年生の頃だったよね?」


 そうだ、あの時から陸は空を避け出した。

 周囲からのからかいの視線に耐えられなくて。

 空は元々、一人で寝られない子どもだった。

 でも親の仕事が忙しくなってきて、そんな時に陸が一緒に寝るようになった。

 お祖母ちゃんとの同居が始まって、本当はその必要はなくなっていたけど、陸は空の傍に居たかったし空は両親に心配をかけたくなくて一人で寝られるという嘘をつき続けていた。

 もしかしたらあの日から、夜ちゃんと寝られていないんじゃないだろうか。

 ずっとそんなことを考えていた。

 あの、空の背中に羽が生えた日まで。


「……もう私たちは高校生なんだから。大っぴらに付き合ってたって誰もあんなからかい方しないってば~」

「……あの時クラス中にその噂をリークしたのはお前だったと思うが、俺の記憶違いか?」

「にゅふふ~何のことか分からないな?」


 しらばっくれているがすべての元凶はこいつだ。

 それに、今陸が空に対して何もできないでいるのは別の理由からだった。


「別に、今更そんなこと気にしてねえよ。ただ、考えちまうんだよ。俺なんかよりも相本と付き合った方が、あいつにとっていいんじゃないかって思ってさ」

「にゅ?」


 目線を逸らしながら仕方なく心の内を吐露する。


「いや、だってほら、俺はほら顔は普通だし。勉強はまあまあ出来るつもりだけど運動はからきしだし。不良だしさ、そんな俺よりも相本と付き合った方がないかって思っちゃうんだよ」

「あ~」


 言ってて恥ずかしくなってきた陸だったが、なぜかチアキの反応が薄い。


「うん、分かったわ。幼馴染として一言だけ言わせてもらってい~い?」

「どうぞ?」

「好きならさっさとくっつけ童貞野郎」

「んなっ!?」


 千秋の口から聞いたことのない言葉が飛び出して思わずあんぐり口を開ける。


「欲しいなら手を伸ばす。相手の事なんて考えるな。じゃなきゃ後悔するよ~?」


 それだけ言うと、足が止まった陸を置いて千秋はさっさと冬彦たちを追いかけ始めた。

 目の前の6人が遠ざかっていく。

 その光景が、何故だがひどく遠く感じられた。


   ◇


 駅前のショッピングモールは、かなり大きな土地を所有する複合商業施設だ。

 中には食料品だけではなく衣料やおもちゃ、ゲーセン、カフェなどもある。

 地方の片田舎に住む陸たちにとってはなくてはならない場所だった。


「天野さんは本は読むのかい?」

「うーん、最近は少女漫画を借りて読んだくらいかな?」

「あ、それ、私が貸したやつ?」


 入口の自動ドアをくぐりながら話していると椎が口をはさんだ。

 椎が名前を挙げたタイトルは陸も知っている物だった。


「それ、この前新刊がでてたね?」

「あれ、ホント? まだ買ってない、な?」

「それじゃ、ちょっと本屋に行ってみようか」


 相本の提案で、本屋を目指すことになった。

 本屋は3階にある。

 今いる場所から少し歩いてエスカレーターに乗る必要があった。

 モールの中を一塊になって進んでいくと、夕方と言うこともあってモール内は買い物客が多い。

 テナントが左右に並ぶ通路を抜けると一気に視界が広がる。

 このショッピングモールは1階から3階までが吹き抜けになっており、そこに点々とエスカレーターが配置されていた。


「本屋は……こっちのエスカレーターからで近いかな」


 その言葉に皆が頷きながら続く。

 この近辺で一番大きな店がこのショッピングモールだ。

 ここにいる誰もが一度は使ったことがあり、店内のレイアウトもしっかりと頭に入っていた。それでも相本が確認したのは、着いてきてくれるかと言う確認だったのだろう。

 7人でエスカレーターを登る。

 先頭の相本と空は変わらず相本が自分の事を話して空が相槌を打つと言った感じだ。

 続く栄子と椎は姦しく話している。周囲の視線を集めている。

 後続の陸たちはと言えば、大した会話はなかった。


「本屋かー、俺はどっちかってーとゲーセンのが良かったなー」


 冬彦のボヤキに千秋が額に青筋を浮かべながら言う。


「にゅふふ~もうちょっと我慢してね~」

「まぁこの前ここのゲーセンで夜まで遊んでたら巡回の先生に見つかって大騒動になっちまったからしばらくは行けねーけど」

「冬彦君はぶれないね~」


 陸はと言えば、そんな会話を右から左に聞き流しながら、間にいる4人を通り越して先頭の二人を見つめていたのだった。


「天野さんはこの前のテストはどうだった?」

「うーん、まぁまぁ、かな」

「僕はてんでダメだったよ、今度少しコツがあれば教えてくれないかい?」

「でも普通に勉強してるだけだよ?」

「それでもいいさ。天野さんはいつもクラス内順位で10位以内にはいるからね。脳みそまでバスケで出来てる僕には救いの天使だよ」


 相本の大げさなリアクションに空がくすりと笑みをこぼすのを見て、陸は自分の胸の中にめらりと何かが揺らめいたのを感じた。


「んぉ? どうした、陸」


 そんな様子の陸に気が付いたのか、冬彦が訊ねて来る。


「冬彦、もし何かがあったときにはお前がサンドバックな」

「は!? なんでだよ!?」

「いいね~、冬彦君は頑丈だからちょうどいいよ~」


 冬彦に理不尽な怒りをぶつける宣言をしながら、エスカレーターを登り切った。

 3階のフロア、ちょうど正面が本屋だ。

 この辺ではテナントでしかないここが一番大きな本屋になる。


「あ、あたし達少女漫画見てくるね~」

「行って、来る」


 そう言って栄子と椎がマンガのコーナーへ向かった。


「俺は週刊誌のとこに行って来るかな」

「んじゃ私も~」


 次いで冬彦と千秋が。


「それじゃ、僕らも見て回ろうか」


 なんて言いながら相本と空がゆっくりと本屋へと入って行った。


   ◇


「天野さんはさ、大地君のことどう思ってる?」

「え?」


 いきなり尋ねられて、空は驚いた声を上げた。

 二人で本屋を眺め始めてしばらく経ってからの事だった。

 相本は最初に宣言した通り、空に自分の事を話したり空の事を何でも聞きたがったりした。

 目に付く本に関わることをとっかかりに、何でも話題を振ってくれる。

 だが、その問いだけはいきなりだった。


「天野さんにとって、大地君は特別、なんでしょう?」

「……どうしてそう思うの」


 尋ね返すと相本は苦笑を浮かべた。


「この前の体育の授業に居たら誰だってそう思うよ。あんなに血相変えて飛び出してく天野さん、初めて見たからね」

「私、そんな顔してた?」

「すごく心配そうだった」

「……」


 自分はそんな顔をしていたのか。

 思い出そうとしてもよくわからない。


「あの時は、無我夢中で……気が付いたらりっく――大地くんの傍に居たから」


 ぼそぼそと、手で新品の本の表紙を撫でながら言う。


「大地君とは幼馴染なんだよね?」

「知ってたんだ」

「クラスの人に聞いたよ。昔は仲が良かったんだってね」

「……そう、だね」


 昔は、という言葉に心臓が跳ねた。

 それは必然的に関係が断絶したあの日の事を思い出してしまうからだ。


「じゃ、今でもやっぱり特別なんだ」

「そう、だといいな」

「だといい?」


 空の歯切れが悪い言葉に相本が聞き返す。


「私はそう思ってるけど、向こうがどうかは分からないから」


 空がそううつむきがちに言うと、相本が急に笑い出した。


「ふふっ。それは心配ないと思うよ」

「どういうこと?」

「悪いけど、教えられないよ。さすがに敵に塩を送るほど、僕は余裕がないからね」

「?」


 首を傾げる空に、相本はなおも笑いをこらえているようだった。


「じゃあさ、大地君の事、好き?」


 相本がさらりと放った一言は、空の耳から入って脳髄に一つの波紋を起こす。

『好き』の単語一つで心がざわつく。


「どう、だろ」

「分からないんだ?」

「うん」


 適当に手に取った雑誌をパラパラとめくる。

 女性向けの雑誌であるそれが、止まったページには今月の占いが載っていた。

 空の運勢は最悪の様だった。


「好き、ではあると思うけど、家族としての『好き』だと思ってた」

「幼馴染だったから?」

「一緒に育ったから」


 物心ついたときには陸が傍に居た。そんな気さえする。


「ふふっ、そうなんだ。じゃあまだ僕にも勝ち目があるかな?」

「え?」

「忘れてるみたいだけど、僕は一応君に告白をして、振り向かせたいと今でも思っているんだよ?」

「あっ」


 今更のように空がはっとしたような顔になる。


「ご、ごめんなさい、その、私」


 空はずっと、目の前にいるクラスメイトが自分を好きだと言ってくれたことを忘れてしまっていた。その上で陸のことを『特別』だと話していたのだ。無神経だと言われても仕方がない行為だと思う。

 だが相本は笑って構わないと言う。


「構わないよ、聞きたがったのは僕の方だしね」


 晴れやかな笑顔だった。

 とても他の男を好きだと言われた人の顔ではない。


「僕は君のことをまだあきらめない。まだ、間に入る余地があるとわかったからね」


 今度こそ、はっきりとそう言う。


「そ、それは、その」

「君のことが、僕は今も好きだからね」


 ほんの少しだけ。

 空が不快に思わないギリギリの距離まで寄って耳元に向けて囁いた。

 耳朶をくすぐるその声に、空は顔を赤らめることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る