第7話 コート上の騎士
「相本? あいつバスケはつえええぞ?」
登校してすぐに陸は教室にいた冬彦に尋ねた。
バスケ部のレギュラーだということを知ってはいたが、どのくらいバスケが上手いのかは知らなかったのだ。
だが知らされた内容は陸を絶望させるのに十分なものだった。
「いいか? 俺はバスケについちゃ素人だけどな、あいつがシュートを打つ姿は男の俺から見ても本当にカッコイイんだよ。なんつーかさ、シュートと同時に打ち抜かれるっていうの?」
うんうん頷きながら冬彦がバスケをしている時の相本について教えてくれる。
「実際周りを囲んでた女子たちの声もすごかったしさー。他校からもウチの学校でやってた試合を見に来てる女子とかもいたレベルだったんだよな」
「……お前、やけに詳しいな」
「そりゃ、あいつのバスケ見に来てる女子をナンパしようともぐりこんだからな。結果は惨敗だったけど」
「そりゃそうなるわ」
どうやらこの男、かなりの無謀を行っていたらしい。
だがこれから自分がやろうとしていることもまた、かなりの無謀だった。
「で? 陸はそんなこと聞いてどうすんの?」
「いや、ちょっとな……」
冬彦には昨日空から聞いた内容は伝えていない。
人間拡声器であるこいつに教えでもしたら、一瞬でクラス中に広がってしまうだろう。
ある意味それはそれで相本の妨害にはなるだろうが……、そこまでやるには少し抵抗がある。
「にゅふふふ~、目が勝負師のそれだね、陸くん」
「うるせ」
隣に寄って来た千秋は相変わらずにやにやとした笑みを浮かべている。
陸の顔色をうかがって楽しんでいるようだ。
こっちはどうするか悩んでるってのに……。
「……お前は何か知ってるのか?」
この幼馴染なら、正直全て知っててもおかしくない。そんな気がする。
「知らないよ~。でも面白そうなことが起こってる雰囲気は感じるんだよね~」
首を横に振る千秋だが、何となく水面下で起こっていることの匂いを肌で感じているらしい。
こいつのセンサーはどうなっているのか……。
視線を教室の時計に向ける。
今はまだ朝の9時前。
体育の授業は昼休みが明けてからだ。
それまでにどうするのかを考えなければならない。
はっきり言って陸の運動能力はよくて中の下くらいのものだ。
運動部でバリバリに体を鍛えている相本に敵う道理など存在しない。
だがそれでも空の前でアピールしようとしているのを知って、そのままでいることなど出来ようもない。
「ん、どしたにゃ~?」
唐突に視線を向けられて、千秋が首を傾げている。
目の前にいるこの友人は、長い付き合いだが正直ちょっと掴みどころがないと思っている。面白いと思ったことにはすぐに首を突っ込むが、そうじゃないことにはまるで関心を示さない。
だが今回は彼女の感心を引くことが出来るだろう。
「なぁ、ちょっといいか」
周りの奴に聞こえないように、千秋に話し始める。
千秋の瞳孔が猫のように細められて、陸は予感が確信に変わったのだった。
◇
体育館の中に熱気が渦巻いている。
広々とした空間はハーフコートに分けられ、奥では女子がバレーボールを、手前では男子がバスケをしている。
コートの中で向かい合っているのは相本のチームだった。
外野は全員が相本に声援を送っている。
バレーボールの試合中じゃない女子たちは皆コートを分けるネットの向こう側から応援していた。ほとんど授業そっちのけになっているが、先生も苦笑いしているようだ。ちなみに試合中の女子生徒たちも視線が時折こちらを向いており、全然集中できていない。
朝、クラス中から昨日の告白がどうだったのか尋ねられて相本は、
「うーん、振られちゃったよ」
と困ったような笑顔で答えたのだ。
そのことに胸をなでおろす者達、うちのクラスの天使様だからなぁと相本を慰めにかかる者達と反応は分かれた。
相本が一人「抜け駆け」をしようとしたことについてはこれにより大体の生徒が納得したようだった。
もちろん、陸と「一部の生徒」を除いてだが。
「処すべし処すべし」
「イケメン滅ぼすべし」
「……」
ぶつぶつぶつと口から怨嗟の声を漏らしながらコートに立つ姿は異常。
まるで負のオーラにとりつかれたかのような男子三人と冬彦、そして陸の五人が相本のチームと向かい合っていた。
正気を失っているようにも見える彼らは、イケメンに対して坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地で行くクラスの中でも過激派な連中だ。
今朝がた、どうやって相本を阻止するか考えた陸が千秋に事のあらましを話して相談した結論がこれだった。
「ん~、ちょっと待ってて」
そう言って消えた千秋は戻って来ると、
「チーム組分けに手を回しておいたから、うまくやるといいよ~」
と宣ったのだった。
バスケのチームはその授業ごとに適当に決められているのだが、どうやらチーム組に手を回したらしかった。
あの相本を相手に戦えるようなチーム? と思ったが、どうやらまともに勝つことは考えていなかったらしい。
冬彦を除けば三人とも全身に陰気な謎のオーラを纏っており、とても運動が出来るタイプには見えない。だが相本を相手にその動きを邪魔する、と言うのならこれ以上に本気でやろうとするクラスメイトもいないだろう。
きっと千秋もそう考えてチームを作らせたに違いない。
そう思ってネットの向こう側を覗き見ると、床の上で笑い転げる千秋の姿があった。
「……あのやろっ」
完全に面白がって組んだだけだ。
だがそれでもやるしかない。
少しでも邪魔できればそれでいい。
教師が開始の合図を出す。
過激派軍団がそれぞれボールが渡った相本めがけて一直線に走り出す。
バスケットボール的な駆け引きは一切ない。
ただ前後左右から囲んで、隙を狙ってボールを奪おうとしているだけだ。あわよくばラフプレイに見せかけてタックルでも仕掛けようと言う魂胆が見え見えだった。
陸と冬彦は、彼らが奪ったボールをシュートするつもりで後ろから続く。
勝てる、とは正直思っていない。
陸自身運動は苦手だ。
だが相本を本気で邪魔出来るチームはこれがベストだ。
そう考えてバスケに臨む。
だが、
ダンッ、と音を立ててゴールポストに当たったボールが跳ね返ってゴールネットを揺らす。
閃光。
その二文字が脳裏をよぎり、今更に脇を駆け抜けていった相本の背中を振り返る。
そこにはこちら側のコートの真ん中でシュートを決めて、着地した相本の姿がある。
一泊遅れて黄色い歓声がコートの外から上がった。
こちら側のチームは誰一人として動けていない。
「くそっ」
小声で悪態をつく。
相本のシュートを止めるどころか邪魔をすることすらできそうにない。
たった一回のシュートでそれを思い知らされた。
『相本にはよ、二つ名があるのさ。尊敬するやつと嫉妬するやつ両方からのな』
朝に聞いた話を思い出す。
『騎士サマ。そう呼ばれてんだぜ、あいつ。まぁ本人は多分知らないけどな』
頭を振ってその言葉を追い出す。
陸はゴールポスト下からボールをコート内のチームメイトにパスする。
だがそこへすかさず相本が割り込んでくる。
ボールはチームメイトに渡ることなく相本の手の中に納まってしまった。
だが今度はこちらのブロックが間に合う。
冬彦と過激派の一人が相本の前に並んで壁を作る。
ちょうどゴールポストを塞ぐ形だ。
空は相本の背後に回りボールを奪う隙を伺おうとした。
だがそれよりも先に相本の腕が大きく振られる。
「あっ」
冬彦の声。
ボールは大きく弧を描いて、離れたところにいた相本のチームメイトの手の中へ。
ゴールポストからは離れたが、ノーマークだった敵に渡ってしまう。
別に何もおかしなことはない。
バスケは5人のチームで行うものだ。
だが陸の予想では、相本は空の前でアピールするために一人でシュートを決めようとしてくると考えていた。
それは他のチームメイトも同じだったらしい。
ボールが離れたところにいる敵に回ったことを受けて、よたよたと走り出す。
その隙にボールを受け取った敵チームが自陣に攻め入って来るが、ひとしきりこちらのチームメイトを集めたところで鋭いパスを放つ。
ボールの先にいるのは――相本だ。
「しまっ」
ゴールポストのサイドまで回り込んでいた相本の手に再びボールが戻る。
そしてふっと膝を柔らかく曲げて力を溜めると、シュートを止めようと全力で駆け寄る陸を横目にため込んだ力を一気に開放する。
伸びあがった体はまるでばね仕掛けのように大きく跳ね上がり、ボールを構えた頭の上から押し出すようにしてシュートを打つ。
すとん、とネットだけを揺らしてボールがゴールに吸い込まれた。
再び上がる歓声。
その中には他の男子生徒たちの物もある。
それほどに相本のシュートをする姿に見とれていたのだ。
だがだからと言って負けを認めるのは癪だった。
「おい、冬彦、何とか次は止めるぞ」
「マジかよ、あれ見てまだやる気あんの?」
もはやただの意地だ。
ヤケクソ気味に言いながらボールを持って近づくと、冬彦は苦笑いしながらも目には闘志をたぎらせている。
冬彦はちょっと馬鹿なところはあるが、こういった正々堂々の勝負には無駄に燃える質だった。
既に対相本過激派チームはコートを大きく走らされてスタミナ切れが近いように見えるが、後でまた戻って来ると信じようと思う。
「そら、行くぞ」
コートの中に立つ冬彦にボールをパスしながら言う。
「あいよ」
冬彦の手にボールが渡る、その直前。
ボールと二人の間に割り込む影があった。
「んなっ!?」
冬彦が思わず声を上げる。
相本だ。
どこからともなく風の様に割り込んできた相本がボールをカットして走り去る。
コート上を半円を描くようにしてドリブルしながら駆け抜けていくのが様になっていて美しい。
「こんのっ!」
「あ、おい、陸!?」
冬彦の静止も聞かず一気に全力で駆け出す陸。
その目には相本の背中しか入っていない。
相本はなぜかゴールから離れるようにして走っていて、一瞬疑問に思ったがどうやら3ポイントエリアからシュートを決めるつもりらしい。
シュート体勢に入られたらもう止められない……!
急く気持ちに足が追いつかない。
普段運動など全くしない弊害が出ていた。
あともう少しでその背中に手が届く。
歯を食いしばって手を伸ばしたところに、
「イケメンは死ねええええええええ!」
横から衝撃と絶叫が襲ってくる。
一瞬視界が暗転した後、なぜか相本がシュート姿勢のまま固まって陸を見下ろしていた。
その目が驚きに見開かれているのがなぜか印象的だった。
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