第2話 悪友といじわる猫
教室の中が騒がしい。
陸は教室の中自分の机に弁当を出した。
「おーっす、陸。昼飯にしようぜ」
そう言いながら隣の椅子を寄せて来る男子生徒がいた。
男子生徒は短い髪を金色に染めていた。一目見て不良とわかる姿。
「冬彦か。そういえばお前、あれ、どうしたんだ?」
その不良に全く気負いなく尋ねる陸。
夏木冬彦とは去年高校に進学して同じクラスになって話すようになったのだが、何故か馬が合って以来ずっとつるんでいた。とはいっても陸自身は何か不良的なことをやっているわけではない。表面的には髪を少し茶色に染めただけだ。
美里からは「にあわなーい」と大声で笑われたが。
「いやそれがよー聞いてくれよ。この前俺の原付川に落っことしたじゃん。仕方ねーから親父の原付借りてったんだけどそれも落っことしちゃってさー」
「は? 馬鹿?」
何で二度も川に原付を落っことすのか。
信じられないという顔で見ていると冬彦はむすっとした表情で続けた。
「結局バレちまって、親父もおんなじ顔してたよ。俺はてっきり殴られたり怒鳴られたりすると思ってたからラッキーだったけどな」
はっはっはっは、と笑う冬彦だがそれは相当呆れられてたのではないだろうか。
「お前それ、相当呆れられてたんじゃないのか……」
「え? でも殴られなかったし」
「自分の息子が短期間で二度も川に原付落っことす馬鹿だと分かって呆れてんだよ。それくらい分かれよ」
「あの眼はそう言うことだったのか。まぁ殴られなかったしオールオッケー?」
そう言って再び笑うこいつは相当な大物か大馬鹿か。
いや、間違いなく後者だが。
そう考えながら弁当をつつく。
弁当は母親の水面が朝作ってくれたものだ。隣の冬彦は購買で買ってきたのだろういくつかのパンを、なぜか全部開けてから食べ始めている。
と、そこへ小声で女子の声が聞こえた。
「うーわ見なよ。夏木がまた変なことしてる」
「ほんと、何であんなことするのか理解に苦しむわー」
しっかり聞こえてるぞ。
その意味を込めて声の元を見やる。
前の席を両サイドから椅子で囲んだ二人の女子生徒だった。
二人とも校則に反しない程度にうっすらとメイクをして髪も染めている。
顔面カースト的には上位陣、とは隣の馬鹿の言葉だが。
冬彦を見ればホットドッグサンドにかじりついて口元にケチャップを付けている。
お前、馬鹿にされてるぞ?
もう一度視線を前の席を囲む女子に向けるが、二人はその席の主との話に戻っていて、既に隣の馬鹿からは興味をなくしていた。
「ねぇでさ、駅前に新しいカフェが出来てたのよ」
「今度行ってみる?」
「行こ行こ」
両サイドに座った女子たちが話し続けるのに弁当を食べながら相槌を打ち続けている前の席の女子、その背中には小さな羽が生えていた。
「空ぁ~、お願いここ教えて~! ヘルプ~」
「あ、ここはね……」
空の席に近づいてきたのはクラスの女子だ。かなり困っているようだが、どうせ次のテストの勉強をしてこなかったのだろう。しょうがないな~と言いながら空は丁寧に教えていた。
「天野! この前の女バスの助っ人すごかったなぁ! 今度うちら男バスとやらね?」
「うん、考えとくねー」
次にやってきたのはクラスの男子。バスケ部だったはずだ。どうやら先週空が助っ人で入った女子バスケ部の試合を見ていたらしい。
「おーい、天野。次の授業で配るプリント、後で職員室に取りに来てくれ」
「あ、はい。分かりました」
教室の入り口から顔だけ出してそう言ってきたのは次の英語の授業の先生だ。
雑用のような頼みにも空は笑顔で答えている。
どうやらちょうど弁当も食べ終わったところだったようで、空は立ち上がり教室を出て行こうとする。
「そらそら、あたしも手伝うよ~」
「そらっちだけに任せちゃ女が廃るってもんよ」
そう言いながら付いて来る二人の友人と共に。
三人が教室を出て行くと、周囲の喧騒が一段下がった気がした。
「すげーな、天野は。マジでクラスの人気者って感じ」
そう言いながら菓子パンを頬張って春野は行儀悪く頬杖をついている。
「頭脳明晰スポーツ万能って感じじゃん、天野はさ。ホント、天は二物も三物も与えちゃうんだね」
「そうか?」
若干ひがみの入ったような冬彦の言葉にシュウは適当に返す。
だが冬彦は今までため込んでいたかのように一気に話しかけた。
「だって知ってるだろ? 天野の成績、クラスでいっつも10位以内だろ。この前の女バスの助っ人で入った他校との練習試合だってスリーポイント決めてたんだぜ? 俺みたいなカスにだって愛想良くってさぁ、すげーカワイイし。最近急に羽まで生えて、もう天使かってさぁ」
「お前、僻んでるように見せて天野の事結構好きだろ」
「あったりまえじゃん。このクラスの人間で天野の事嫌いとか言う奴いるわけ?」
「……まぁそれは」
「そうだよねぇ、そんなこと言うような奴特別な例外を除いてはいるわけないよねぇ?」
いないだろうな、と言いかけた口を横槍入れて止めた女子生徒がいた。
「千秋……」
長い髪をポニーテールにした勝気そうな女子だった。
瞳には、いたずら好きな猫のような印象を受ける。
春日千秋、それが彼女の名だった。
「もしそんなこと言う人がいるとしたらぁ、それは多分一人だけ」
「あん? 誰だよそれは」
「んー、教えなーい」
そんな奴いたらしばき倒してやると言った雰囲気の冬彦に、けれど千秋は意地悪な笑みを浮かべながらそう言った。
陸に意味深な視線を送りながら。
千秋とは小学校からの幼馴染だ。
空と三人でよくつるんで遊んでいた。
当時からよく変なことをするおかしな奴だったが、ここ最近はこうやって相手で遊ぶと言うか、からかって喜ぶような悪癖を身に着けたようだった。
「最近さ、空ちゃんと仲いいね」
「!」
すっと、ごく自然な動作で千秋が耳元に口を寄せて囁く。
考え事をしていた陸はいきなり傍に寄られたことに気が付かず、椅子を大きく鳴らしてしまう。
一瞬、クラスの何人かの視線がこちらへ集まった気がしたが、すぐにいつも通りの空気に戻った。
それを確認して、意識して声を押さえて否定する。
「そんなことねえよ」
「えー? そうかなぁ?」
にやにやと、意地の悪い笑みを浮かべて。
その顔に思わず勘ぐってしまう。
こいつ、まさか夜のことを知っているんじゃないか、と。
いや、別にいかがわしいことは何もない。
一緒に寝ているだけだ。
いや、いかがわしいか?
だがあれは空の安全のためで。
「やっぱりさ、陸くんは面白いね」
「!?」
また耳元に顔を寄せた千秋が囁く。
ばっと離れると、視界にいたずらが成功した子どものような笑みを浮かべる千秋の顔と。
ちょうど教室に戻って来た空の顔が同じ視界に入った。
空の視線は、ちょうどこちらを向いていてばっちりと目が合った。
「うわっ!?」
がたん、と大きな音を立てて、椅子から転がり落ちる陸。
今度こそ教室中の視線が集まる。
なんだなんだと騒ぐクラスメイト達に「あー何でもないよーだいじょぶー」と千秋が言うことで次第に騒ぎは収まっていった。
「お前さぁ、春日の前で隙見せ過ぎだって」
「……うっさい」
転がり落ちて座り込んだ陸の隣にしゃがみこんだ冬彦が気の毒そうに言ってくるのをぴしゃりと口を封じる。
視線を教室の前の方に向けると、空は教卓の周りで一緒にプリントを運んできた二人とおしゃべりに興じ始めたところのようで、既にこちらを見てはいなかった。
時折脇を通り過ぎるクラスメイト達が空に声を掛けていく。
彼らは誰も知らないだろう。
家での空を。
隣の千秋だって今の空の事は知らないはずだ。
そのことに若干の暗い優越感を抱かずにはいられない陸だった。
「おい、いつまで座り込んでんだよ」
「ああ、悪い」
冬彦の差し出してくれた手を掴んで立ち上がる。
立ち上がって視界が変わっても、教室内の景色に変わりはない。
ただ、教室内には再び喧騒が戻っているのが印象的だった。
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