第4話:父の独白

 ついに俺は乾沢雅人との決着をつけた。それは何物にも代えがたい大きな変化だった。

 俺は元の姿に戻ると同時に、天井を見つめて仰向けに倒れている乾沢雅人の元へと歩み寄る。

 乾沢雅人の姿はビギニングとベクトルの力によって人間に戻っていた。

 彼の身につけていた変身デバイスは粉微塵になっており、原型を留めていない。

 ふと。

「お兄ちゃぁああああん!」

「うぉっとっ!?」

 空からふゆづきがどこからともなく現れて、俺に向かって落ちてきた。

 俺は慌てふためきながらも両手を伸ばして落ちてくる彼女を身体で受け止め、そのままの流れてお姫様抱っこをしてやった。

「わぁあいっ! ふゆづきの大好きなお兄ちゃんにお姫様抱っこしてもらってるぅ!」

「こっ、今回だけだからなっ!?」

 そっ、それは兎も角だ……!

「乾沢雅人……ダディ……」

「ふっ、相変わらずその名で呼びたいのか……」

「まぁ……あんたがその気ならば親父って呼んでもいいか?」

 小さいときならパパと呼ぶのだが。この歳になると気恥ずかしすぎて無理を感じる。

「親父か……ふっ、どうやら私も焼きが回ってきたらしい」

「頑固なのはいつものことだろ?」

 そんな頑固親父の言葉を聞きながら俺は小さな笑みを浮かべてフッと笑う。ふと、

「なぁ、一」

「なんだ?」

「少しの間だけ。私の独り言を聞いてくれないだろうか?」

「…………」

「ふゆづき。お前もよく聞くんだぞ?」

「うん……」

「私がどうしてこのようなマネをしてまでお前達をこんな目に遭わせてしまったのか。それはあの出来事から全てが始まった……」

「俺と母さんがトラックの交通事故に巻き込まれてしまったときの事か?」

「あぁ、そうだ。あの悲劇には隠された真実がある。すまん一。あの時話したアレは全て嘘なんだ。お前達のこれからを良き物にしたいと思い。そして私のささやかな親心からの出た嘘なんだ……」

 親父は俺達の為にわざと悪役を演じて戦ったと言いたいのか……?

 だが、あくまでこれは俺の憶測に過ぎない。

 さらに親父の話は続き。

「一。あの時。お前の母親。香奈は双子を身ごもっていたんだ」

「……ッ!?」

「えっ、それって」

「あぁ、そうだ。お前達は試験管で作られたデザイナーベビーのホムンクルスではないんだ。本当のお前達は香奈の胎内にいた双子の赤ん坊だったんだ。あの時香奈が命を賭けて守ったお前達は未熟な状態だった。そこで私は悩みに悩んだ末に。お前達を香奈の遺体から直ぐに取り出す手術を行ない。培養タンクの中に入れて育てることにしたのだ。それがお前達ホムンクルスの始まりだ」

「そう……だったのか……」

 俺は頭の片隅の中でずっと気になっていた。ふゆづきとあきづきがどのようにしてホムンクスルとして生まれたのか。その疑問が晴れた瞬間だった。

「私の才能は紛れもなく不滅だと。あの時の未熟な私はそう思い込んでいた。同業の者達からは天才ともてはやされ。この手で作る全ての物が神の傑作だと賞賛を受けていた。 だが、多くの命を明日につなげる技術を創造できても。私の身近で大切な家族の命を救う事が出来る力を……私は持っていなかった……。私はあの事故以来。強い後悔とトラウマを抱き。全ての地位を捨てる事を決意し。復讐の鬼になる事を決意したのだ」

「親父……」

「血でつながった者達はいずれ引き合ってしまうのか。非科学的なものだな……」

「認めたくないのは分るが。俺達は血の繋がった間柄なんだよ」

 遠回しにそんな事を言われると胸が苦しくなるじゃねぇかよ……。

「それもそうだな。一、ふゆづき。お前達はあのまま普通では生きられなかった」

「俺は植物人間のまま生き続けることになっただろうな。ふゆづきやあきづきも……この世には居なかった……だろうな……」

「あぅぅ……お兄ちゃんと一緒にこうしていられなかったんだね……」

「あぁ……だから私はお前達の命を救うために。裏社会の闇組織であるサードアイと悪魔の契約を結んででも研究を続けなければならなかったんだ」

 金銭問題を抱えながらも俺達の事を救おうとしてくれていたのか……。

 さらに、

「香奈は救えなかった。だが、お前達の命だけでも救える可能性があるならば。私はそれに賭けたかった……。たとえ、悪魔の科学者として後ろ指を指され。悪人と罵られようとも。私の愛する妻が遺してくれた大切な宝物達を。私が守らなければ彼女の犠牲が無駄になると思ったからだ……っ!」

 俺は自分の過ちを正当化するなとは言えなかった。

 親父の号泣を目の当りにする中。ふゆづきがギュッと服を手で握り締めてきた。

 しばらくて気持ちが収まり、親父は最後に伝えたいことがあると言い出してきた。

「私はもう到底許されることのないタブーに手を染めきってしまった。お前達に許してもらうつもりはない。警察に自首するつもりだ。一。ふゆづき。お前達に全ての望みを託したいのだが頼んでもいいか……?」

「……虫が良すぎるだろ……」

 この期に及んで俺達に望みを託したいだと……? 

 ふと、ふゆづきがくいくいと服を引っ張ってきた。

 俺は顔を向けると、彼女はどこか寂しげな表情を浮かべていた。

「お父さんのお願い。聞いてあげようよお兄ちゃん」

「ふゆづき……」

「お父さんは私達の家族だよ。お父さんが悪い事をしたとしても。それを許してあげるのが本当の家族だとふゆづきは思うの」

 ふゆづきのその言葉を耳にして俺の心に迷いが生じる。本当の家族か……。

 思いに思いを巡らせ、俺は親父の望みを聞くことにした。

 俺が首肯した直後。親父の堅い表情が破顔する。

「いまこうしている間にも悪の組織サードアイの日本支配計画が着実に続いている。奴らは既に世界の9割を手中に収めており。残すとこはこの国だけだ。阻止するんだ。そして壊滅まで追いやるのだ。今日からお前は愛する家族の為に戦い。そして己の道を突き進む出来損ないのヒーロー『ベクトル』として生きていくのだッ!!」

 直後。ありがとうお前達と呟き。親父は安らかな表情と共に意識を失うのだった。

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