第3話:この力は俺達家族の力だ……っ!
――十分後。
「ほぇええ……!?」
「ふゆづき避けるんだッ! カバーする!」
一〇体のビクティムが一斉に跳躍し、コミカルな動きをするふゆづきにめがけて包囲しながら襲いかかる。
その圧倒的な物量を前にしてふゆづきが慌てふためいてしまっており、俺はすかさず彼女のカバーをしようとして走り出した。
だが、
「ヨソミヲ スルナ……!」
「くっ!」
ファザーウルフが目の前に回り込んで俺の行く手を阻んでくる。
それと同時に鋭く伸びた鋭利な爪が俺に向って振りかざれ、ダッシュをしていた自分は両足に急ブレーキを掛けるも回避に間に合わず、やむを得ず両腕で守りを固めた。
――ガガガガガガガガガガッキィン!!
「おっ、重っ!?」
「ドウヤラ アイアンクローノ オソロシサヲ オモイシッタヨウダナ!」
アイアンクローによる重連撃の恐ろしさを体感し、俺は軽く身震いをする。
「くっ、ふゆづき大丈夫かっ!?」
こうしている間にもふゆづきが危険に晒されている。
さらなる重連撃に対処しつつ、俺はゆづきに顔を向けて叫んだ。
「大丈夫だよお兄ちゃん!」
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
ふゆづきを中心に、一〇体のビクティム達が武器を片手に持ち相手の出方を伺いながら円陣を組んでいる。
ふゆづきが目を閉じながら呟くように口を動かしている。何かを詠唱しているようにも見えるな。
彼女が詠唱を終えた直後。
「おいで! 空から来る敵から私を守って! 大空の盾シウスッ!! 出てきて!!」
――ズゴゴゴゴゴ。
「なっ、なんだあれはっ!?」
彼女の背後に巨大な白銀の魔方陣が現れる。そしてそこから『大空の盾シウス』と呼ばれる物が顔を覗かせていた。
それはコンピューター制御で動く三〇ミリ機関砲の砲身だった。
シウスが完全に姿を現し、魔方陣が消えると同時にふゆづきが突然慌てふためいて。
「お兄ちゃん伏せてッ!! ふぇええええええっ!?」
「えっ?」
コミカルな動きでふゆづきが地面に伏せた瞬間。
――ブゥラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「「「「「「「「「「アビィイイイイイィッ!?」」」」」」」」」」
「ぎゃぁあああああああああああ!?」
シウスの砲塔が時計回りに回転をはじめ、それと共に発火炎(マズルフラッシュ)と爆音が炸裂する。
俺はすかさずファザーウルフの横腹にカウンターをキック入れ、奴の追撃などお構いなしに絶叫しながら地面に伏せた。
ファザーウルフはシウスの攻撃をいとも容易くバックステップで回避している。
シウスの掃射により、ビクティム達が儚く次々と爆散していく。
その光景を前にして俺は思わず。
「……うん。俺の妹。ハイパームテキ過ぎるわ……うん……」
「お疲れさまぁシウス! またねぇ! ばいばい!」
再び魔方陣が現れ、ズズズとシウスが沈んでいく光景を前に、ふゆづきは大きく手を振っている。
俺は妹を絶対に怒らせないようにしようと心の中で強く誓った。
「えへへ、お兄ちゃん! 私。凄いかな?」
「おっ、おう! なんだかんだお前の事。凄く心配だったけど……」
とりあえずこれだけは正直に言っておこう……。
「もうお前だけでよくね?」
と彼女に話した。
「うーん」
何か考えごとをしているようだ。
「うーん。やっぱりお兄ちゃんに守って欲しいなぁ。だからもうこの力は使わないね」
ふゆづきが両手をハートの形にして、胸の前で掲げながら恍惚とした表情でラブサインを送ってきている。
彼女のストレートな愛情表現を前にしてやり場のないを恥ずかしさを感じた俺は、
「う、うん……」
マスク越しに赤面しながらそっぽを向いて自分の気持ちをごまかした。
俺とふゆづきが良い感じになっていると。
「タタカイノサイチュウニ ナニキモチワルイコトヲシテイルンダ!? フゥン!」
「ヴェッ!? がッ、はぁッ?!」
「きゃぁあああ、お兄ちゃん!?」
ファザーウルフの突っ込み元言い、渾身の正拳突きが俺の顔に直撃した。
視界がユラッとしためまいに襲われると共に吹き飛ばされ、
『ピピピピ!――耐久値25に低下』
バンプフォームの耐久値が減少。せっかくふゆづきと楽しいスキンシップが出来ていたのに、ファザーウルフが水を差してきたせいで台無しになってしまった。
『ビギニング クリティカルブースト フィニッシュ!!』
「ラッシュパンチ!!」
俺はこみ上げている怒りに任せて全身にパワーブーストを掛ける。
そして容赦の無いラッシュパンチを繰り出す。狙いはファザーウルフの顔に向けてだ。
「ヌォオオオオッ!?」
「うぉおりやぁああああああ!! 倍返しダァアアアア!!」
『エラー 913 敵の能力により弱体化が無効です』
「ビギニングの力が無効化だと!?」
ふと、
「うぁああああん! お兄ちゃんと遊べると思ったのにぃいいいい!!」
ふゆづきも俺と同じ気持ちだったようだ。
使わないとか言っていたのにシウスを呼び出して弾幕射撃を繰り出してきた。しかも俺を巻き添えにしてである。
「……はぁ……はぁ……はぁ……死ぬわっ!」
だがそんな茶番は二の次だ。それよりも、
「ふぇええええええっ!? ウソダドンドコドン!?」
「まじかよ……」
奴は顔に何度もラッシュパンチを受けていたはずだ。なのにファザーウルフは涼しそうな顔をしてシウスの弾幕を軽々と、軽快な動きと共にバックステップで避けている。
全ての弾薬を撃ち尽くしたシウスは現れた魔方陣と共に消滅する。
ファザーウルフはバク転と共に上空に向けて高く舞い上がり、三拍子ほど宙に滞空した後に直立不動の姿勢で地面に着地する。
そして口を大きく引き伸ばしてニヤリと不適な笑みを浮かべ、
「クックックッ……ブゥェハッハッハッハッ! ムダムダァ! オマエタチノコウゲキハ コノワタシニタイシテ ナニモ イミガナイノダ!!」
ファザーウルフは余裕と言わんばかりの嘲笑の声を上げた。
「なっ、なんだと! どういうことだッ!」
「クックックッ」
『敵の言語の翻訳を一部完了しました』
「貴様のつかうアーマードシステム。そして、ホムンクルス。そして改造人間のデータは全てこの私。神の才能を持つ私が産みだした物。当然。この事も想定してあらかじめこの私が使う変化デバイスにはアンチシステムが組み込まれているのだ」
「……どういうことだ?」
「ヨウスルニ オマエノコウゲキハスベテ コノヘンゲデバイスニハツウヨウシナイトイウワケダ!!」
俺のビギニングみたいなAIが組み込まれていると言いたいのだろうか……?
だが、そんな物。つまりファザーウルフには知らない事がある。
俺は右手に『グロリアスミスト』メダルを出現させてデバイスにメダルを差し込んだ。
『――シュィン スキャン グロリアスミスト』
俺の両腕に凍てつく霧が纏わり付き青く染まる。
「……ナンダソノチカラ!? クソッ、AIガニンシキシナイ エラーダトッ!?」
「どうやらコレはAIでも知らないようだな。行くぞ!」
『ビギニング グロリアスミスト クリティカル フィニッシュ!』
「凍てついてしまえぇ……!! 絶・対・零・度(アブソリュート・ゼロ)!!」
「グゥオオオオオンッ!?」
「やったぁ!!」
俺の振りかざした手からグロリアスミストメダルの力が発現する。
ファザーウルフは首から下半分までを白銀の氷塊に塗り固められ、その攻撃によって身動きがとれない状態となった。
「チャンスだふゆづき!! 俺と一緒に必殺技を出すぞ!」
「うん、いいよお兄ちゃん!! とっておきの物を出すね!!」
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! ヤメロォオオ!!」
「行くぞ乾沢雅人!! いやっ、ファザーウルフ!! お前の野望はここで終わりだッ!!」
ふゆづきが必殺技の詠唱を始めたのを見計らい、俺は両足にパワーブーストを掛けて天に向かって高く跳躍する。
二拍の滞空をした後に、俺は両足を折り曲げて前宙返りをし、両足にさらなるパワーブーストを掛ける。そして、
『ビギニング グロリアスミスト クリティカルブースト フィニッシュ!!』
「ブリザーブド・トルネードキック!!」
両足を突き出し、ファザーウルフにめがけて必殺技『ブリザーブド・トルネードキック』を発動する。
穴開けドリルの形をした円錐形の、青で輝くエフェクトが両足を纏うようにして出現する。
俺はそのまま相方の準備が整うのを待つため滞空状態を維持する事にした。
「おいで五インチ砲ッ!! 渾身の一撃を敵にぶつけて!!」
彼女の背後から白銀の魔方陣と共に二分の一スケールの大砲の砲口がズズズと現れる。
「撃てぇ!!」
彼女の号令と共に五インチ砲の砲口から大爆炎(マズルフラッシュ)が三回炸裂する。
俺もそれに合わせて滞空状態を解く。
そしてファザーウルフの胴体にめがけて高速落下を始めた。
「グゥォアアアアアアッ!?」
衝突と共につま先から激しいスパークが迸り、ファザーウルフの胴体を瞬く間に貫いた。
――ズザザァッと、しゃがみ立ちで地面に着地。
そのまま立ち上がって右手を振った瞬間。
――ズドォオオオオンッ!!
「やったぁ!」
「ふぅ……終わったな……」
安堵のため息をつく。そして背後を振り向いて土煙が晴れるのを待った。
ふと、
「……マダダ……マダァオワッテイナイ!! ワタシハフメツゥダァアッ!!」
土煙の中でドスの利いたファザーウルフの怨嗟の声が聞こえてくる。
「なんだと!?」
「ふえぇっ、うそっ!? 倒れてないのッ!?」
あれだけの一撃を受けたのにもかかわらず、ファザーウルフは生きていた。
さらに。
『ピピピピ!――残り1分30秒』
「くそっ! このヤバイ状況でこれかよっ!?」
「グルヴォオオオオオオオン!!」
「なっ、なんだこの頭の割れるような雄叫びはっ!?」
ファザーウルフが空間を震わせるほどの雄叫びを上げ、土煙が霧散し、それと共にどす黒い紫煙のオーラが発現。それを纏いながら再びファザーウルフがその姿を現した。
奴の胸部には十字の深い傷がついている。一定のダメージは与えることが出来たようだ。ふと。
「いやぁああああああああ!!」
「ふっ、ふゆづきっ! だっ、大丈夫かっ!?」
突如ふゆづきが膝から地面に崩れ落ちるように倒れ、その場で転げ回りながら両手で耳を塞ぎ、
「あああああああああああああああああああ!!」
まるで猛毒を盛られたかのように目をむき出したまま、口から泡を吹き出してもがき苦しみだした。
「ちくしょうっ!! おのれファザーウルフ!! ふゆづきに何をしたっ!!」
「ブゥェハッハッハッハッ! ミレバワカルサ!!」
「何っ?」
「げほっ、お……お兄ちゃん……。わっ、私。武装召喚が出来なくなっちゃった……」
「なんだって!?」
つまりふゆづきはこれ以上戦えないと言うことなのか!?
「ザマァミロォ!!」
「おのれファザーウルフ! ゆるさん!!」
俺は拳を掲げて怒り猛狂い、間合いを詰めて連続のパンチを繰り出した。
だが、
「ムダムダァ!!」
「ぐはぁあっ!?」
『ピピピピ!――CAUTION――耐久値15に低下 残り50秒』
さっきまでの戦いとは違い、ファザーウルフのカウンターパンチの威力が桁違いになっている。何故だッ!?
「マダワカランノカ? キサマノヘンシンデバイスト コノヘンゲデバイスハ ツイニアルソンザイダトイウコトヲ」
「はぁはぁ……俺が力を出す度にお前も強くなるとでも言いたいのか……?」
「ソノトオリダ! フゥンッ!」
「ぐぅおっ!?」
ファザーウルフに片手で首を掴まれて持ち上げられてしまい、俺はその場から身動きがとれなくなってしまった。
「イクゾ! コレデトドメダ!!」
「やっ、やめろぉおおおお!!」
ファザーウルフの両手が黒い炎に包まれていく。あっ、熱い……っ!!
『ファザーウルフ キワミノイチゲキ!!』
「シネ ワガムスコヨ」
首を掴まれたまま右足の蹴りを受け、俺は後方へと吹き飛ばされる瞬間。ファザーウルフが刹那の瞬間に両手をクロスし、
「悪魔の十字架をくらうが良い! デビルクロスッ!!」
空を切るようにして斬撃系必殺技『デビルクロス』を仕掛けてきた。
「うぁああああああああああああああああああ!!」
『ピピピピ!――DANGER――耐久値5 残り30秒』
「ホゥ コノワタシノコウゲキニ タエラレルヨウニ ナッタノカ」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
駄目だ。先の必殺技を受けて俺の身体はボロボロだ……。
今の俺は地面に這いつくばり、両腕で身体を支えながら顔を上げることしか出来ない。
「フッ ショセン オマエノ チカラハソノテイドダッタトイウコトダ デキソコナイニシテハヨクデキタモノダ シニギワニ オマエヲホメテヤル」
「お……お前なんかに褒められるなど屈辱的だぁ……っ!!」
ふと、
「お兄ちゃんを殺さないでぇ!!」
「……やめろ……ふゆづき……! 早まるな……っ!」
ふゆづきがファザーウルフにめがけて突進と共に肉迫し接近戦を仕掛ける。
だが、上下の差ははっきりとしていて……。
――バゴッ!
「ジャマダ!」
「いやぁああああああああ!!」
「あぁ……そんなぁ……だめだぁ……っ!」
ふゆづきが決死の覚悟で挑んだ格闘戦もあえなく決着がついてしまった。
俺はその惨事を前にして絶叫と共に愕然とする。
「これじゃあ……何も運命を変えられない……変えられないじゃないか……!」
俺が叫ぶのを聞いてファザーウルフは鼻を鳴らし。
「キサマノウンメイハ コノワタシガキメルタメニアル オマエガドウアガイテモケッカハドレモオナジニナノダ オマエハコノワタシニハカテナイサダメニアル」
そう言い重傷で横たわるふゆづきを、ファザーウルフは片足で踏みつけた。さらに、
『ファザーウルフ キワミノイチゲキ!!』
ファザーウルフが再び必殺技を発動した。
「ビッグバン」
禍々しい紫色の炎で形成される巨大な火球がファザーウルフの上空に現れる。
「駄目か……」
もう、どう考えてもバンプフォームに残された耐久値では無理だ……。
「ワタシノウデノナカデ シネ」
ファザーウルフの手の動きに合わせてビッグバンが動き出す。
あいつにではなく母親に抱かれて安らかに眠りにつきたかった。
だがそれも叶わない夢となってしまった。ふと、
「ンゥンッ!?」
「おにぃちゃぁああああああああん!」
「ふっ、ふゆづき!? 止めるんだッ!!」
ファザーウルフに踏みつけられていたふゆづきが突如。最後の力を振り絞って俺の元へと駆けつけ、身を挺してかばおうと前に立ちふさがってきた。
「お兄ちゃんが死んじゃうなら。私も一緒に死ぬッ!!」
その言葉を聞いて胸打たれた俺は思わず、
「そんな軽々しくお前の命。簡単に捨てさせはしないッ!! ごめんふゆづき。ちょっと痛いけど我慢しろ!!」
俺はふゆづきに対してなけなしの力を振り絞って回し蹴りを放った。
「きゃああああああああああああああ!! いやぁだぁあああああああ!!」
吹き飛ばされる際、彼女は俺の身体を掴みとろうと手を伸ばしてきた。
だが、俺はそれを拒んだ。
彼女の悲痛な面持ちを前にして、俺はマスク越しに安らかな笑みを浮かべる。
――お別れだふゆづき。短い間だったけど家族でいてくれてありがとうな。
「お前が初めてしてくれたアレ。ここで返すよ」
あの時、俺をかばってくれた事は一生忘れない。
妹達の為に。言葉で言えなかったけど、大切な家族の為に戦えた事を俺は誇りに思う。
「おにぃちゃぁああああああああん!!」
視界が光に包まれていくのを最後に、俺の人生は終わろうとしていた。
全身におそいかかる激痛と高熱の感触。絶叫と爆音と共に。そして――
『ピピピピ!――DANGER――耐久値1 残り15秒』
「……えっ、うそだろ……? 生きてる……?」
――俺に奇跡が舞い降りた…………。
「ナニィッ!?」
「ふぇ……?」
「…………」
俺は目をパチパチと瞬きをし、大の字で仰向けになりながら天井を見ている。
身体のあちこちが痛む。装甲もボロボロだ。だがそれでも俺は生きている。
「うぇえええええん!!」
ふゆづきが大粒の涙を流しながら俺の元に駆け寄り、膝枕で抱え起こして羽交い締めに抱きしめてきた。
彼女の血と汗の臭いが俺の鼻腔をくすぐってきている。
俺は顔を見上げ、泣いているふゆづきの頬をそっと手で触れた。
「怪我はないか?」
「うん、大丈夫。これくらいの怪我は平気。ホムンクルスは伊達じゃないよ」
「ははっ、なんだそりゃ」
それから彼女と一緒に立ち上がった直後。
『タイムアウト 変身を強制解除します』
バンプフォームの変身可能限界時間に達した。
俺の身に纏っていたアーマーが白色に粒子化していく。
その過程は瞬く間に終わり、そして俺は元の姿へと戻った。
俺はもうこれ以上戦う事は出来ない。俺の負けだ。負けてしまった。
――夢を諦める事しか出来なくなってしまった。
「なぁ、ふゆづき」
「うん……」
「俺って、頑張ったかな?」
「うん」
「あっさりだな……」
「でもねお兄ちゃん。ふゆづきとお兄ちゃんはまだ頑張れるよ。ここで諦めてしまったらふゆづきとお兄ちゃんは何も変わることが出来ない。このままで終わってしまうから」
と言いい、ふゆづきは俺を間近で見つめてきて、
「お兄ちゃん!」
彼女は朗らかな笑みを浮かべて笑いながら、
「私とお兄ちゃんが真に通じ合った時。世界に新たな正義が誕生するよ。私と一緒に戦う勇気。今のお兄ちゃんにはあるかな?」
そう俺に問いかけてきた。
触れるか触れないかの距離でお互いに見つめ合う。
「俺は……」
彼女の話してきた言葉の意味を考えた。この戦いを逆転する策があるのだろうか?
だが、それでも俺は妹を信じよう。
「あぁ、望むところだふゆづき! お前と一緒なら地獄の果てまでもついて行くぜ!」
「じゃあ、いくよお兄ちゃん! ふゆづきのとっておきをお兄ちゃんにあげるね!」
「おう、どんとこい!」
いったい俺に何をくれるのだろうか。それに何かの奇策があるのだろう。
「ムチュー!」
彼女の唇が急接近し、俺はなすがままに彼女のキスを受けてしまった。えっ……?
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!?」
「んーっ!」
万力のような熱い抱擁と共に俺の唇と彼女の唇が重なりあっている。
「――ぷっはぁっ!」
彼女は満足したようだ……。突然の出来事に俺の語彙力が低下している……。
「おっ……おいっ! こんな状況で何故キスするんだよっ!?」
「直ぐにわかるよ。ほら」
そう言いつつ、恍惚とした表情のまま、ふゆづきは両手をハートの形にして俺にラブサインを送ってくる。
「うぉっ!? おまっ、光ってる!?」
突如ふゆづきの身体が白く発光し、足の先から光の粒子になって消滅しつつある。
何が何だかさっぱりな俺はうまく理解ができずに困惑している。
だがそれでも目の前の光景は現実だ。アニメとか夢じゃない。
「んっ?! あぁっぅっ!?」
ズボンのポケットにあるグロリアスミストメダルがジューッと発熱している。
それを何とか両手であたふたと取り出して宙に踊らせる。すると。
「粒子が……メダルに集まってる……」
宙を舞うメダルにめがけて粒子が集まり出し、それと共にふゆづきが完全に消滅した直後。俺の目の前で強烈なフラッシュが起こる。そして、
「こ……これは……」
光が収まったのを感じ、俺はそっと瞼を見開いて手のひらを見ると。
そこにあるグロリアスミストメダルとは別に、白銀を基調にした三日月とオオカミの彫刻が彫られた輝かしいメダルがあった。
『えへへ……』
「めっ、メダルが喋ってる……!? その声。まさかふゆづきなのか!?」
『うん、そうだよ』
間違いない。この甘い声はふゆづきだ……!
「ナ……ナンダ……ソノイレギュラーナモノハ……ッ!?」
今まで背後から俺達を見ていたファザーウルフも驚愕している。律儀だな。
メダルとなってしまったふゆづきが、
『お兄ちゃん! 私と一緒に戦う勇気。今のお兄ちゃんにはあるかな?』
と聞いてきたので、
「あっあぁ、よく分からねぇけど……。その熱い誘い。ノリに乗ってやるぜ!」
俺は手元にあるメダルを天に向けて高くコントスをする。
メダルが手前に降りてきた所でガシッと片手でつかみ取り、目を閉じて祈りを込めた。
『うん、お兄ちゃんだぁいすき! お兄ちゃん。変身デバイスを一八〇度に回して!』
俺の祈りが彼女に届き、真の意味で通じ合うことが出来たようだ。
「こっ、こうか?」
俺は言われた通りに変身デバイスを一八〇度に回転させてみた。
手にしているメダルをそのまま現れた挿入口に差し込んでみると。
『ビギニングシステム……スキャン……レジェンドウルフメダル……チェック……《ベクトル》……スペシャルフュージョン……コンプリート』
――ギュゥン――ギュゥン――ギュゥン――ギュゥン――ギュゥン――
「これはっ!?」
《変身してッ!!》
俺は彼女の説明どおりに両腕を上下に重ね合わすように伸ばし、左手首の待機音を鳴らし続けている変身デバイスの筐体側面を指で摘まみながら九〇度に戻しつつ、腕を胸の前に掲げるように曲げて。
「大・変・身ッ!!」
俺はすかさず腹の底から叫んだ。
「ヤラセン!!」
俺達の変身を阻止する為、ファザーウルフが並ならぬ早さで肉迫してくる。
だがしかし。
「ヌウォッ!?」
《お兄ちゃんの変身の邪魔はさせない!!》
額に三日月の傷跡を持つ白銀の狼がどこからともなく現れ、俺とファザーウルフの間に立ち塞がりファザーウルフを翻弄している。
そしてついに……!
『輝け白銀のR(ベクトル)のチカラ ベクトル・ベクトル! レジェンドウルフゥウウウ!!』
俺の背後でスパーク花火が盛大に迸る。
《やったぁ! 大変身だいだい大成功ォ!!》
「クッ、ナントコウゴウシイスガタダァ……ッ!」
ついに俺は大変身に成功した。新たなアーマライドシステム『ベクトル・レジェンドウルフフォーム』と呼ばれる姿になった。
「……こいつは凄いぞ!」
ウルフアイと呼ばれるHUDに映し出されている自分の姿とスペック情報を目の当りにして思わず感嘆のため息をもらした。
「これが俺の新しい力……!」
白銀の狼男の姿をした近未来的な流線型のフォルム。装甲が覆われていない腕部、脚部、胴回り、首回りといった箇所などには黒を基調にして配色されている。
全体的な装甲の配置については、必要最低限の箇所を守るだけとなっており、機動力と動きやすさを重視しているようだ。
左胸には金色で『Rn』という文字が刻まれている。
さらに手足の甲にはシャープなデザインのネイルプロテクターが着いている。
そして、
「俺は月下の銀狼ベクトル! 俺の突き進む道(ベクトル)は誰にも止められない!!」
俺はファザーウルフに対して名乗りを上げる。
するとその直後。俺の身体が白銀に輝きはじめ、上空には神々しさを称えたかのような輝きを放つ三日月が顔を覗かせるようにして浮かび上がっていた。
月の光に晒された事で全身に力がみなぎっていくのが感じられる。
「行くぞファザーウルフ! これでお前は終わりだ!! 決着をつけるぞ!!」
すかさずファザーウルフの元へと走り出す。
間合いを詰めるのにたったの0.5秒。圧倒的なスピードと共に肉迫し。
「ハァッ、セイヤァッ!!」
動揺するファザーウルフの胴部にめがけて鋭いパンチを二連撃で繰り出した。
「ヌォッ!?」
「すっ、すげぇ!」
連撃を受けたファザーウルフはくの字に折れ曲がり、そのまま背後へと吹き飛ばされていく。そして。
――ドゴォッ!
壁にめり込む形で激突し、正面からドサッと地面に倒れ、身体を震わせながら四つん這いの状態で立ち上がり。
「グルルゥ……!! ヤッテクレタナァ……ッ!!」
ファザーウルフはその鋭利な歯並びを剥き出しにしたまま顔を上げて俺を睨んでくる。
俺はそれに答える形で身構えて脚力ブーストをかけた。
ビギニングの時とは違い、チャージ速度や溜め込める力の量は桁違いで。
「フルチャージにかかる時間は3秒。それによって得られる脚力は6トンか……」
狙いを定める為に集中しつつ、俺は前に向かって跳躍する。
そして俺はファザーウルフの顔面に向けてアッパースイングからの回し蹴りを放った。
「アガァッ!?」
ファザーウルフの顔面が血で赤く染る。
さらに、
《お兄ちゃん! このまま冷気の必殺技を使おう!》
「了解だ! 行くぞ!」
俺はグロリアスミストメダルをデバイスに差し込む。
『ベクトル グロリアスミストメダル アビリティー・アタック レディ?』
「アビリティー・アタック!」
『ガッキーン! 凍てつく愛の一撃! アビリティー・グロリアスミスト』
全身のプロテクターが青く透き通った輝きを放つアーマーへと姿が変わる。
どうやら二つのメダルは相性がいいらしい。
「はぁっ! うおりぃやぁああああ!!」
すかさずグロリアスミストの力を使った連続パンチを繰り出す。
「ウグググッ!! カラダガ……ウゴ……カ……ナ……ゴホッ!?」
俺が放った連続パンチによって、ファザーウルフは氷塊による拘束状態となり、抵抗も虚しく、花咲く氷の中へと包み込まれていってしまった。
『アビリティーチェンジ レジェンドウルフ』
俺はこの隙を逃すことなく素早い動作でアビリティーチェンジを行う。そして。
『ベクトル クリティカルブースト ウルフフィニッシュ!!』
「俺の必殺……!!」
頭の中で思い描いた必殺技を発動させる。それに応じる形で。
――シャキィン!
両手のネイルが長身に伸びる。俺は両足を広げたまま姿勢を低く取り、
「うぉおおおおおおおおおおおお、ウルフゴットクローぉおおおおおお!!」
振り上げるのと同時に雄叫びを上げながらファザーウルフにめがけて攻撃を仕掛けた。
立て続けに繰り出される神速の斬撃技『ウルフゴットクロー』。
その威力は氷塊が瞬時に爆ぜる程で。
「グゥワァアアアアアアアアアアッ!!」
氷塊の中にいたファザーウルフは避ける間もなく正面から、ウルフゴットクローの餌食となる。
さらに、
『ベクトル クリティカルブースト ウルフフィニッシュ!!』
俺は空高く跳躍する。そこから少し滞空した後。
「これで終わりだッ!! 必殺。ベクトルスマッシュキィイイックゥ……ッ!!」
片足を突き出したまま反発力を生かして宙返りをする。
そしてそのまま再び脚力ブーストをかけてフルチャージで力を圧縮し、狙いを定めた後、神速の蹴り技『ベクトルスマッシュキック』を繰り出した。
必殺技が直撃する刹那。俺とファザーウルフの間に閃光の稲妻が迸る。
「グゥォオオオオ!? ドコニソノヨウナチカラガアッタトイウノダァッ!?」
その言葉と共に、俺はファザーウルフの身体を貫いて地面に低い姿勢で着地する。
「私は不滅だぁアアアアアアアアアア!!」
背後から轟く盛大な爆発音をバックにファザーウルフは爆散した。
俺はその場でゆっくりと立ち上がり、
「この力は俺達兄妹――いや。この力は俺達家族の力だ……っ!」
背を向けたままそう言葉を返してやった。
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