4章:出来損ないヒーローがヒーローになるのに理屈なんていらない

第1話:男は妹の為に変身する

 俺とあさぎりは協力関係を結ぶことになった。

 彼女の妹であるゆうだちが、おじ様の手により、とんでもない事に巻き込まれてしまっていると聞き、俺は彼女の願いを聞き入れることにしたのだった。

 こんなヤバい奴と協力する事に多少なりとも抵抗はある。

 だが、彼女の家族を救いたいという強い気持ちに、俺は心動かされてしまったのだ。

「私の力ではもうどうにも出来そうにないの。それに今の私にはもう力が無いの」

 彼女が言うには。ゆうだちの身に起きたある出来事がきっかけで、怪人に変身する事が出来なくなってしまったのだという。

「ふゆづきの受けていた改造手術に立ち会っていたのも影響しているのか?」

「精神的に安定していない中で立て続けにそれらを見てしまったからだと思うわ……」

「俺なりの憶測になってしまうが……。まぁ……そうだろうな……」

 精神が安定しない中で普通に平然と怪人が変身するなんていう設定は、俺は一度も聞いたことがないからな。

「ゆうだちの事も心配だろう。だが俺も妹の事が心配なんだ」

 俺もあさぎりのように妹のふゆづきをその男から取り返さなければならない。

 俺と彼女の目的や利害関係は一致している。

 今の彼女からは、最初に出会ったときのように嘘をついている言動が感じられない。

 だからこうして俺はあさぎりに案内された場所まで着いてきた。

 ここは人里から離れた青葉山の麓あたりある森の中だ。

 何故このような場所に訪れたのか。

 それはあさぎりからのある提案から始まった事だった。

 時間を遡って二時間前。この場所に来る直前の事だ。

『君が左腕に巻き付けている腕時計型のデバイス。それもしかすると私、一度だけ見たことがあるの』

『知っているのか?』

『ええ、それはもしかすると……。この状況を打破することの出来る唯一の方法かもしれないわ……』

『なっ、なんだとっ!? それは本当かっ!?』

『ええ、事実よ。私のいっている言葉が信用できないわけかしら?』

『いや、それは誓って無い。とりあえず。この腕時計型のデバイスがふゆづきの事を救える唯一の方法ならば……! やってみる価値はあるな……!』

『私の妹の事も忘れないで頂戴』

 さらに。

『うろ覚えなのだけれど。そのデバイスには、特殊な強化外皮骨格が超科学を用いて収められている唯一無二のデバイスらしいわ。名前はアーマライドシステム・ビギニングよ』

『アーマライドシステム・ビギニング……。よっ、よく分らんが確かなのは分った』

 この腕のデバイスの中にそのようなモノが封じられていただなんて……。

 それを聞いただけでも俺は本当にありがたいと思った。別に外しても死なないと分っただけで胸の奥にあるしこりが落ち――

『ただ、それを使用者が所定の手順を無視して無理矢理に腕からはずそうとすると心臓麻痺で即死するらしいわ』

――る事は無かった……。ナンデェッ!?

『ソレハボンドゥルディスカッ!?』

『何で急に宇宙人語でしゃべり出すのよ! あなた本当は改造人間じゃなくて宇宙人なのかしら!?』

『……すっ、すまんつい……ビックリしてな……。てか宇宙人っていう言葉を知っていたとはな……』

『なっ、なによ! 私の趣味は星を見る事よ。色々と知識が身についていく内に自然と覚えていただけの事よ! 何か文句でもあるのかしら!?』

 そう顔を赤くして、あさぎりはふんとそっぽを向いてしまったのだ。

 時間を元に戻して話そう。俺はあさぎりと距離を置き、彼女が見守る中で俺は木々のど真ん中に立ち、左腕につけているデバイスを使ったある実験をしようとしていた。

「さぁ、実験を始めようぜあさぎり!」

「ええ、やってちょうだい乾沢くん! 期待しているわ!」

「ああ千パーセントオーケーだ!」

 デバイスに変身する事を念じる。すると頭の中にイメージが浮かび上がり、それを元に俺はポージングを取る。

「変身ッ!」

 しかし、

「…………だめか?」

「そのようね……」

 何かが足りなくてデバイスが起動しないようだ。

 現状。目で見えている限りでは身体的特徴に変化はなく。デバイス自体も真っ黒な画面のままだ。バッテリー切れとかだったら笑えないぞこれ。アフターサービスは期待できそうにないな。

「もう一度やってみましょう。今度はいろいろと試してみるのよ」

「……あぁ……そうだな……」

 やり方自体はあっているはずだ。デバイスがそうしろと伝えてきているのだ。

 まずデバイスを時計回りに九〇度回転させる。

 そしてポージングをした後に、そのまま声を上げる事で変身することができるはずだ。

 なのに何かが足りなくてデバイスが起動しない。

 それからずっと試行錯誤の連続が続いていた。その数七万通りにも及んだ。

 だがそれでも俺は変身することが出来ていない。そしてついに……。

「……あぁ、もう駄目だ……」

 その場で膝から崩れ落ちて地面に座り込んだ……。

 三角座りになり、俺は頭を膝の間に埋めて大きなため息をつく。

「まだ終わっていないわよ……」

「…………」

「あの時の戦いで私はあなたの身につけていたデバイスに気づいて。それで協力を申し出たの」

「そうか……」

「ええ、それが無ければ私一人であの子を救う為におじ様の元へ向かっていたわ」

「変身できないのにか……?」

「ええ、そうよ。これも私の大切な家族の為に決めていたことだから」

 俺には彼女のように人生を変えられる力が何もない。改めて自分の現実を知って、それでも彼女が期待していても……。

「……ふゆづき」

 俺の脳裏にふゆづきの笑顔が浮かび上がった。

 そうだ。ここで俺が諦めてしまったら彼女は。涙を流しながら生きていかなければならなくなる。おじ様の操り人形として一生を過ごすことになってしまう。

 彼女に訪れようとしている最悪の人生から救えるチャンスはまだあるんだ!

「そうだ。そうさ。このデバイスが起動すれさえ出来れば。ふゆづきの運命を違う方向に変えられるはずだ!」

 俺は一度人生を無駄にしてしまった。その俺だからこそ出来ることがあるはずだ。

 希望は捨てるものじゃない。つかみ取って離さないことなんだ……!

「その調子よ乾沢くん!」

「ああ、ありがとうあさぎり! 俺、その場の流れで弱気になってしまっていた」

「あら? ねぇ、あなたのズボンのポケットから何か透明なケースが飛び出して落ちたわよ」

「ん?」

 あきづきから貰ったマイクロチップの入ったケースが落ちてしまったようだ。

「あぁ、これか」

 地面に落としてしまったケースを手に取って拾い上げる。

「ねぇ、それは何? スマホに差し込むやつなのかしら?」

「あぁ、これか。これはな…………あっ」

 その言葉を耳にした瞬間。俺の頭の中で電流(スパーク)が走り去り、直後にハッと閃きを得た。

「これはもしかすると……っ!」

 確証はないがやってみる価値はあるはずだ。

 俺はデバイスの側面を入念にチェックする。すると。

「あっ、あった!」

「えっ、なに?」

 デバイスの左側面。方角でいう東側にあたる箇所に差し込み口をカバーする蓋を見つけた。

 俺はさっそく右手にあるマイクロチップをその穴に差し込む。

「おっ、規格が合致しているみたいだ……!」

 直後。

『アーマライドシステム……ドライバーオン……システムコードチェック……コンプリート!』

 突如デバイスからスピーカーも無いのに渋い男の声が聞こえてくる。

 その事に思わず驚き慌てふためいてしまう。

「でっ、次はどうなるんだ……?」

「わっ、私に聞かれてもそれ以上は分からないわよ!?」

「だっ、だよな……」

 とりあえず俺はデバイスに視線を降ろして確認をする。

 デバイスは今までと違い明るく画面を照らし続けたままだ。

 特にこれ以上の事は何も起こらない。

「なぁ、俺から少し離れてくれないか。もう一度やってみる」

「ええ、良いわよ」

「もし俺の身に何かあれば。その時は頼んでもいいか?」

「保障はできないわ。でも出来るだけ楽にしてあげるわ」

「恩に切る」

 右足を横に伸ばすと同時に左膝を曲げて中腰の姿勢になる。

 その際に両腕を同時に手前へと突き出すように押し伸ばすのだが。それに合わせて右手をデバイスに摘まむように触れたまま、腕の動きに合わせて九十度に回さないといけない。

 七万通りのポージングを経て身についたこの動作は、自信を持って誰にでも見せられるものに仕上がっていた。そしてついに!

――ブゥン!

『アーマライドシステム・ビギニング――レディ』

 俺はポージングをしたまま腹の底から声を上げる。

「変身ッ!」

 すると次の瞬間。

『全ての原点ここに降臨――ビギニング!』

――シュバアアアアアアアア!!

「すっげぇえええええ!!」

 デバイスから放たれた眩い光により視界がホワイトアウトする。

 視界が元に戻り、自分の変わり果てた姿に感嘆する。

 俺の身体が、漆黒を基調とした単色のパワードスーツ姿に変身していた。

「なっ、なんだかもの凄く未来的な恰好をしているな……今の自分……」

「ガ[自主規制(ピー)]に登場するモブ役のロボットみたいな恰好をしているわね」

「いや、それ。めちゃくちゃ気にしちゃうから止めてくれ。アニメじゃないから!」

「えっ、あなたモブじゃない」

「おっ、お前俺の事そんな風に思っていたのかよ……!?」

「ふふっ、冗談よ。でっ、右胸のプロテクターに『BEGINNING』って白い刻印が彫り込まれているわね。直訳すると原点と呼ぶのかしら?」

「じょっ、冗談って……。原点……。一体どんな能力なんだろうな……」

 ふと、

「ナンダネェサン ジブンダケヌケガケナンテ ズルイゼ……」

 聞き覚えのある女の声がダミ声混じりで背後から聞こえてきた。

「誰だお前っ!?」

 振り向いた直後。この世とは思えない奇怪な化け物が居る事に気がつき、俺はその場で飛び跳ねて尻餅をついてしまった。

「ゆうだち……あなたなの?」

 あさぎりがそいつの正体に気がついたようだ。

「アァ、ソウダゼネェサン……。スゲェヨコノチカラ。カラダカラスゴクチカラガアフレテミナギルンダ……ウヒヒ!」

 ゴウゴウとマグマが体のあちこちから噴き出しているじゃないか。

 その影響が周囲の草木に広がりつつあり、燃え上がる前に全て消し炭になっていた。


「サァ タノシイパーティーノ ハジマリダゼ……!!」

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