第5話:主人公になり損ねた男の過去の告白

「そう、だったのですかお兄様……。とてもお辛い経験をされていらっしゃったのですね……」

「……あぁ、そうだよな……。正直に言って辛かった……」

「どうりで私の攻撃やビルの崩落から生き残れたワケです」

「すまん、あきづき。お前に知られたくなかったのもあるけど。この事は自分の胸の内にしまい込んだまま、いつか来る死の時までに抱えておこうと。ずっとそう思っていたんだ。でも、時の流れは俺の元に新しい出会いを運んできて。それに連れて俺はまた自分自身の秘密がバレてしまうのではないかと苦悩することになってしまったんだ。お前と喧嘩して家出をした理由もそういうことだったんだ」

 だがその結果。俺の我が儘な理由で大きな代償を背負うことになってしまった。

「辛い事を抱え続けると、人はいつか自分の事が嫌いになってしまうものなんです。私たちホムンクルスにはそれがよく分かりません。人の心を持たない私達にはそれがよく分かりません。分ったとしてもそれは頭にインプットされている感情で感じているだけに過ぎないのです」

 つまり、彼女も俺と同じように人間になりたかったのだろう。

 あきづきは人造人間(ホムンクルス)。

 そして俺は改造人間だ。どちらも姿形は人間であっても人間じゃない。

 俺は人類史上初。人の手によって生れながらもつ身体を、最先端を越えた超科学の力によって、人体改造が施された改造人間。それが俺の本当の正体なんだ。

 昔の俺はどこにでもいる普通の人間だった。

 今でもあの時の事を思い出せる。楽しかった。

 しかし、それは小学二年生までの話だ。

 きっかけは、ある日の下校時刻の事だった。

 その日は降りしきる雨で街全体が濡れていたのを覚えている。

 当時の俺は母親と一緒に手をつなぎながら歌い、国道が併設されている商店街の歩道を歩いていた。

 その時の俺は体調を崩してしまい学校から早退する最中だった。

 あの時の俺は母親と一緒に居られるのが何よりも嬉しかった。今でもあの笑顔が忘れられない。とても幸せそうだった。自分もそれにつられて幸せで嬉しかった。

 だが、それも全てあんな事が無ければこのまま幸せにいられたのに。

 直後に起きた事件が。俺たちの幸せを奪い去ってしまったのだ。

 事を起こした相手はほんの一瞬だけ意識を失ってしまった事で、俺たちを巻き込む形で事件を起こしてしまった。

 いつの時代も絶えることのない居眠り運転による交通事故だった。

 それ以来、俺はトラックの音を聞くと精神的苦痛を感じるようになってしまった。

 その時の自分の身に何が起こったのかよく覚えていない。本当に一瞬の出来事だったこともあり、痛みを感じる間もなくそのまま意識を失ってしまったのだ。

 目を覚ますとそこは見慣れない場所の白い部屋のベッドの上にいた。

 どういうわけか俺はベットに寝かされているようだ。

「だ……」

 うまく声が出せない。何故だろう? それに目は見えているのに開いている感じがしない。ふと、自分の横になっている側で、誰か男の人が話しているのが聞こえてくる。

『お子様は一命を取り留めることはできました。ですが、診断の結果。遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)を患っていらっしゃる事が分かりました。事故による重い後遺症です。覚悟はされたほうが宜しいかと思います。後ほど書類とご説明をいたしますので10分後。診察室にお越しください』

 その言葉が何を意味しているのかが俺には分らなかった。

『そ……そんなまさか……息子が植物状態になってしまったというのですか……?』

『はい……その、お悔やみ申し上げます……』

 自分は意識を取り戻しているハズなのに。側にいるはずの父親や、その医師は俺の事に気づいてくれていない。植物人間って何なの? それに……。

(お母さんは……? お腹の中の赤ちゃんは……? 目が暗くて見えないよ……)

 子供の俺にとってまず頭の中で思い浮かんだのが母親とお腹の赤ちゃんの事だった。

 母親のお腹の中には赤ちゃんがいた。

 既にお腹は大きくあと二ヶ月もすれば生まれる予定だった。

 植物状態の俺に父親が話しかけてきた。

 母親が自分をかばった事で帰らぬ人になってしまったと……。

 そしてお腹の赤ちゃんもそのまま死んでしまったと……。

 その不幸を一身に受け、俺は植物人間でありながらPTSDを発症してしまった。

 その絶望的な状況の中で更に時間が過ぎ去り、そして一ヶ月後。

 それまでの間を植物状態で過ごしていた俺に転機が訪れる。

 俺は本当の意味で目を覚ましたのだ。

『……えっ。お……とうさん……?』

『一……っ!!』

 父親は最先端の医療技術を開発する医学博士だった。

 その道では世界的に知られており、当時の俺にとっては誰にでも誇れる最高の父親だった。

 母親は、天才の父親とは違って普通の看護師だった。

 どういう巡り合わせで結婚して、俺を生んでくれたのかは分からない。

『いいか一。お前は将来を約束されている。ゆくゆくは影で暗躍するこの世の巨悪と戦う戦士になるだろう。全ては母さんの為。そして赤ちゃんの為に戦うんだ』

 当時の俺にとってはその言葉の意味が少し分かった様な気がした。

 だが、今はこうも思っている。

「あの時。あいつは俺を使って復讐をさせようと考えていたのかもしれない」

 母親と小さな命を奪った罪人を懲らしめる為の戦士にさせたかったのだろう。

 そんな事もつゆ知らず、当時の俺は自分の憧れていたヒーローみたいな事が出来ると思って、父親の笑みと共に歓喜して頷いていた。

 それから八年間。俺は改造人間の力を最大限に引き出すことに全てを捧げた。

 全ては父親の為に。そして自分の信じる父親が与えてくれた正義のために。

「俺はこの力で悪に立ち向かうんだってずっと思い続けていたんだ」

 俺は常人には絶えられない想像を絶するような訓練の数々をこなしてきた。

 その度に向けられる、俺の事を観察する科学者達の視線やプレッシャーも耐えてきた。

 特に父親が見ている時にはかなりの緊張感と共に神経を削っていたのを覚えている。

 俺は過酷な日常は幾度なく繰り返され、そして全て乗り越えてきた。

 全ては自分の信じる正義のために。

 初めのうちは改造人間としての能力がめざましい形で成長し続けていた。

 嬉しかった。楽しかった。自信を持つことが出来た。だが中学三年生の頃になると、

『うそ……だろ……?』

 ある日突然成長が止まってしまった。全ての幸福な感情を引き換えに、俺は絶望した。

 その日を境に全てが狂い初めてしまい、俺は父親から、

『お前はもう私の息子ではない。二度と私の前に現れるな』

『そ……そんな……』

 と、落第の印を押されて見限られてしまった。

 俺が八年間で得た物は半永久的に死なない強靱な生命力と頑丈な身体だけだった。

 それから父親と絶縁することになり、俺は心の底から涙を流した。

 そして俺の心の中には、味わったことのない負の感情と、越えがたい闇を抱くことになってしまった。

 皮肉な話をすると、人の身体は改造できても人の心は改造できない。

 人生の地獄に堕ち、俺は悲観的な人間に変わり果てた。

 幸福の中で生きる同年代の奴らを見ては、

『俺みたいに不幸になっちまえ……!!』

 街角で笑顔になって楽しそうにしている彼らを妬み、そして何度も僻み続けた。

 それから数ヶ月後くらいが経った頃になると、俺は特撮ヒーローが活躍する作品に心の救いを求めるように依存していったんだ。

 初めは興味本位だった。自分に手をかけて死ぬ前に何か最後にやることをして死のうと思って始めたことだった。

『さぁ、お前の罪を数えるんだ!』

『楽して助かる命が無いのはどこも一緒だな! 行くぞ!』

 二人の主人公の言葉に俺は命を救われた。

 どちらも有名な作品に登場する悪と戦う孤高のヒーロー達だった。

 結果。俺は二年もの長い間を引きこもり生活で送り続けることとなったんだ。

「彼らの言葉に俺は勇気づけられたんだ。そして死ぬ事がバカらしくなってさ。それで引きこもりの少年になった訳さ。まぁ、結果的にこうして生きていられるのも彼らの何気ない言葉のおかげだったんだ」

 自分の思いを切実に語り続けている中で、あきづきは俺の話しに対して相槌を打ち、言葉を返すことはせず、ただ優しげな表情で目を閉じ、沈黙したまま耳を傾けてくれていた。

「俺の身体はどんな事故や天災に巻き込まれても簡単に死なない。あらゆる戦いに対する想定を元に汎用性に重きを置いて設計されているんだ」

 改造手術によって、俺の身体に施されたこの特殊な体質は、どんな致命傷を負おうが短期間の高速自然治癒による完治が可能だ。

 当時の科学者達は俺のこの力を『超回復能力』と呼んでいたのを覚えている。

 この力を身につけることになった要因はおそらく、あの交通事故を受け、父親が改造手術の際に、俺の身体に超科学の技術を取り入れたのに違いない。

 ちなみにだが、俺はある程度の月日が空いても餓死しないで生きていられる。

 三ヶ月間オールで飲まず食わずせず仮想空間のゲーム世界に入り浸るのは当たり前だった。

 そのおかげでマシックスの世界ではプロ級の腕前を身につけることができた。

 俺の噂を聞きつけ、積極的に挑戦してくる命知らずな奴らと何度も命がけの戦いになった。

 もちろん必ず返り討ちに遭わせるのが定番であり、お約束の流れだった。

 プロチームからオファーを受ける事が度々あった。だが、さすがに俺が改造人間だとバレてしまえば、チーム間のギスギスの元になると思い、その都度、俺は辞退した。

 どのみち名を馳せるほ度の俺は最強プレイヤーとしての地位と名声を確立していたので興味が無かった。

 俺は思いだし笑いをする。するとあきづきも同じようにクスクスと笑ってくれていた。

「変な所で気を遣っていらっしゃったのですね」

「本当はその人達と一緒に遊びたかった……。今まで経験した事の無かった青春って奴を味わってみたかったな……」

「ひとりぼっちだったのですね……。その強さのあまりに誰もが恐れて、そして近くにいてくれなかった……。まるで私達と似ていますね」

「私達?」

「はい、そうですお兄様。私達はホムンクルスです。普通の人ではないんです」

「……そうか。そう聞いて今思うとあの時の俺は傲慢過ぎていたのかもしれない。それに」

「それに……?」

「ああ、本当の自分は強くない。確かにゲームの世界では圧倒的に強かった。格闘技をやらせたら右に出るモノはいない。銃を持たせば某掃除屋のような最強の男にもなる事ができた。だが、それはあくまで運営の用意したシステム上での動きにそってやっていただけに過ぎなかったんだ。俺は現実と重ね合わせて勘違いしていたんだ」

 その考えを改めさせられる事になったきっかけは、あの姉妹との戦いで敗北したことだ。

「本当の自分は格闘技なんてろくに出来ず、ましてや銃を使った戦闘なんてできやしないんだ。それに」

 こんな自分でも自覚している事がある。

「頭を使った戦術的な戦い方もまず俺には向いていないんだ」

「そうですね。私からみてもお兄様は。どちらかと言えば論理的ではなく。直感的かつ感情的な行動で戦う人だと強く思います」

「ははっ、強く思うか……」

 さすが高度な知能をもつホムンクルスの妹だ。白黒はっきりとしていて容赦がない。

 そう言葉を返されてしまい、俺はその場で思わずガクッとうなだれてしまう。

 その様子を目の当りにして、あきづきが再びクスクスと小さく笑い声を上げた。

「うふふ。……私も……私もつい最近まで。お兄様のような同じ立場に立たされていました」

「それは……どういうことだ?」

「はい、私は人の身体から生まれた存在ではありません。私はお父様のもつ科学技術によって生み出されたホムンクルス。そのからくりは、研究室の試験管から生み出されたデザインベイビーなんです。それが私の本当の姿なんです」

「あまり聞かない言葉だな」

「ええ。デザインベビーを生み出す技術はもともと、遺伝子の過程で生じる劣性的な遺伝子をオミットし。優れた才能を最大限に引き出すためにという設計思想を元に生み出された技術なんです。そうして遺伝子操作された胎児達がそう呼ばれているんです」

 おっと。いきなり小難しい話を聞かされそうだ。覚悟して聞くことにしよう。

「細かい科学的な説明は省きますが。私の場合はお腹の中からではなく、培養液の詰まった水槽で育てられ、そして生み出されたデザインベビーなのです。お兄様が改造人間になられて約3年後に後釜兼代用品として私達は生み出されました」

「俺の知らない所でそんな出来事があったのかよ……て、お前いま年幾つなんだ?」

「女性に年齢を聞くのは命と引き換えにってよく言われませんか?」

「ですよねー」

 容姿は中学生っぽいのだが……多分だけど推定年齢は八才かもしんない……。

「容姿については遺伝的な操作によるものですので、驚かれるのは必然かと」

 彼女は生まれてからずっと研究施設で生活を送っていた。そして俺と同等のハードな教育とトレーニングが五才から始まり、六才で父親を含む他の科学者達の期待を越える成果をはじき出したのだという。

「私達の身体はお兄様の改造人間の技術が応用されています」

「つまり俺は。お前達のベースとなる為に生み出されたプロトタイプだったわけか」

「恐らくそうではないでしょうか……? プロトタイプのスペックにはどうしても限界が生じてしまうものです。お兄様の成長が止まったのもそれが原因かと思います」

 それが本当ならば、俺の今までの努力は全て無駄な事だったに違いないと思えてくる。

「私は、それら全てがお父様の期待に答えられると信じて頑張ってきました」

「でもミスが生じた」

「ええ、お兄様を暗殺し損ねたことです。正直。いまでも思っています。なんて悪運の強い人なのでしょう。もし叶うならばまたお兄様を暗殺してみたいものです」

 えっ、それは冗談のつもりで言っているのか……? 

「なぁ、ひとつ疑問に思うのだが。ふゆづきはあきづきと同じように試験管から生み出されたホムンクルスなのか?」

 そう聞くと、あきづきは目を閉じて首を横に振った。どういうことだ?

「申し訳ございません。ふゆづきの事については私もよく分かりません。物心がつく5才の時には既に側にいて、あの子も自分がどのようにして生まれたのかよく分かっていないみたいなんです……」

「ふゆづきも自分がどうやって生まれたのか知らずにいるのか……」

 俺が研究施設にいた時分には、彼女達は既に同じ施設内で暮らしていたと言うことになる。

 細かい事が多いのと、話の内容が難しすぎてよく分からないが、いまは彼女に言わなければならない言葉がある。

 背筋を伸ばして正座になり、俺は改まった姿勢で神妙な面持ちであきづきをじっと見つめる。

「お兄様……?」

 俺の唐突な態度の変化に少し驚いているようだ。布団の端を両手で掴み、自信の口元を覆い隠すように顔を被せ、あきづきは頬をピンクに染めあげたまま上目遣いに俺を見つめ返してきている。

「熱でもあるのか?」

「い、いえっ!?」

「そうか」

「にゃぁ……」

「あきづき」

「はい……」

「今まで辛い思いをさせてしまってごめん……。俺がもっとしっかりとしていたらあきづきとふゆづきに迷惑をかけていなかった思う……」

「………………」

 顔を赤く染めていたあきづきの表情が冷めて真顔になる。

「正直……。お兄様の事を最初は軽蔑していました。私達はお兄様を追いかけるように毎日の辛いトレーニングをこなしていきました。どんなに挫けそうになったとしても、お兄様も同じように頑張っていらっしゃるはず。私達は秘匿されていたので直接お兄様とお会いすることは出来ません。それでも毎日の夜には必ず。私はお兄様のお姿の写ったお写真を見ながら励みにしていたのです」

「おっ、俺のブロマイドなんか持っていたのかよ……」

「いまも大切に異次元倉庫の中に秘蔵しております」

 あっ、愛って奴なのかなこれは……? てか、全く需要がない件について。

「そして、ゆくゆくは世界をまたに掛けて。人々の幸せを奪う巨悪の根源をまき散らす悪人達を成敗するため。私とふゆづき。そしてお兄様と一緒に戦える日が来ると思っていました……でも……」

「あぁ、俺はお前達みたいに超人にはなれなかった」

 プロトタイプかつ中途半端なスペックの俺には叶わない夢だ。

「えぇ……。お父様からお兄様はこれ以上の成果が出せないため。今は何もしないが。いずれは廃棄処分にするとお父様はおっしゃったのです。その話を聞かされた私はその場でグッと堪えたのですが。ふゆづきは駄目でした……。あの子。何度も研究施設から力尽くで脱走を図ろうとしたのです。お兄様が居なくなってから2年間はとても慌ただしい毎日だったのを覚えております」

「なるほど。どうりでタックルに磨きが掛かっていたわけだ」

 ふゆづきは繰り返し学習することで身につけるタイプのホムンクルスのようだ。

「その切は本当に申し訳ございませんでした」

「本当に突然の事故だったなぁ……」

 改造人間の俺でも思わず「ヴェッ!?」って言ってしまうくらいに悪質なタックルだったからなぁ……。

 普通の人がやられたら確実に宇宙の彼方まで吹っ飛んでいたと思う。

 とりあえずあきづきの話を聞いて、ふゆづきが何故にああして現れたのかが理解する事ができた。

 あいつは俺が廃棄処分されることを俺に伝えたかったのだろう。それに加えて今まで見たことの無かった俺の姿を、捕まるのを覚悟してひと目でも良いから見たかったのだろう。

「……お兄様」

「ん?」

 あきづきがはにかんだ表情で何かを言いたそうにしている。

「私たちはお互いに辛い思いをしてきました」

 そう言った後に彼女は少し間を開けて、

「その……ホムンクルスの私にはよく分からない感情なので言いにくいのですが……」

「おう……」

 目をキョロキョロとして慌ただしく動かしている。滅茶苦茶気になるじゃないか。

「おっ、お兄様は私にとってかっ――!」

「かっ? ……なっ、なんだよ?」

「うぅ……みゃぁ……」

 温度計のように顔を真っ赤にさせてまごついたかと思えば、

「つっ、月がききっ、綺麗ですね……!?」

 彼女は何を言っているのだろう。伝わってくるニュアンスがよく分からなくて、俺はその場で呆けた表情になってしまった。すると次の瞬間――

「――ヴェアアアアアアアアオニィシャマァスキスキスギルウウウウウウウ!!」

「性格変わりすぎだろっ!?」

「あわわっ、わわ私とした事がなんという事を……ごめんなさいお兄様……!」

「うっ、うん……」

 何か見聞きしてはいけないモノを見てしまった気がする。これもホムンクルス特有の感情表現なのか……?

「こっ、こほん」

 彼女は冷静さを取り戻して小さく咳払いをする。

 ニッコリと猫を被ったスマイルになり、

「お兄様は私にとってかけがえのない家族です。これからもずっと一緒にいてくださいね? お兄様。あなたの事をその……その……お慕い申しております……!!」

 その言葉に建前はなく、俺は本心で言っているように聞こえてグッと感じ取った。

「家族か……」

 その言葉が決めてとなり、俺は改めてあきづきと仲直りをすることとなった。

 それから10分が過ぎただろうか。

――コンコン。

 玄関から扉をノックする音が聞こえてきた。誰かやってきたようだ。訪問者は扉の側にチャイムがあることに気づいていないらしい。

 すやすやと安眠についているあきづきを起こさないように気を遣いながら、俺はその場からそっと立ち上がり、そのまま玄関へと向かった。

 玄関にたどり着いて扉の前に立ち、チャラチャラと音を鳴らしながら扉にチェーンロックを掛けておく。

 そしてそのまま俺は扉をゆっくりと開けて隙間から少し顔を覗かせる。すると。

「おっ、お前はっ!?」

「はぁーい、乾沢一くんだったからしら? また会えたわね。うふふ」

「くっ!?」

 ニコニコと朗らかな手を振り、笑みを浮かべて立つ制服姿の女子高生に対し、俺はギョッとした目つきで睨んだ。

「そう怖い顔しないで頂戴。とりあえず場所を変えましょう。話はそれからよ」

 それから二分後。アパートの裏側にて、俺とあさぎりは距離を置きながら面と向かい合った。

「さて、あまり時間は無いけどまず。あなたに言わないといけない一言があるの」

「…………」

「怖い顔をしないで頂戴って言ってるじゃないの」

「………………」

 その言葉を受け入れられる余裕が俺にはない。

 あさぎりが俺の沈黙に対して困惑した表情を浮かべている。

 そう気さくな態度を取られても、俺の態度はそう簡単に変わらん。

 そもそもこの女は俺の妹を連れ去った張本人だ。ニコニコなんてしていられるかよ!!

「あなたが思っている事。よく分かるわ。あの女の子。あなたの妹さんだったのね。ごめんなさい、私。その事を知らずに……その……まさか。まさかあの後。あんな事になるだなんて……思いもしなかったわ……」

 あさぎりが思い詰めた表情で俺の事を真っ直ぐに見つめてきている。

「……なんだよそれ? おい、どういうことだよっ!! ふゆづきがひどい目に遭わされているって一体どういうことなんだ!? 冗談だったら許さねぇぞっ!!」

 感情的になり、俺はあさぎりに詰め寄ってグッと力強く胸ぐらを掴む。

「ほっ、本当よ! この目で私。見てしまったの……可愛そうだったわ……」

 鬼気迫る俺の姿に面食らい、あさぎりは強張った表情で言葉を返してきた。さらに。

「ふゆづきちゃん。今この瞬間にもおじ様の手で残忍な方法を使って改造手術を無理矢理にされている所なの……!」

「ざっ、残忍な改造手術がいま行われているだ……と……?」

「拘束椅子に座らされたまま、頭に得たいの知れない機械のかぶり物を無理矢理に被せさせられて。そのまま強引に頭の手術を受けさせられているの……」

 その言葉を聞いて思わずふゆづきの絶叫を彷彿してしまった。絶句せざるを得ない。

「このままだとあの子。絶対におじ様の良いなりの道具になってしまうわ。私にはそれが分かるの……っ!」

 脳改造手術による洗脳。その言葉が俺の頭の中に浮かび上がる。

「私がそうだったから……。いままで自分でもよく分らなかったけど。改造手術を受けるときにね。頭の手術を受けたの」

「……何をされたんだ? 記憶を弄られたとかそういう物なのか……?」

「いえ、それは無いわ。私は自分の意思で超人になったから。多分。私が裏切るかもしれないと思っておじ様が私の頭に何かをしたのかもしれない。でもこれだけは分るわ。私は洗脳されていたの。言葉とかじゃなくて、手を加えられたの。どう聞いても疑問を抱かずに任務を遂行できるように脳改造を施されていたの」

「言い方は悪いけど。自覚はあったのか?」

 そう聞いて彼女は押し黙ったまま首を振った。

「ええ、今はもうあのショッキングな出来事を見たおかげで洗脳は解けたけど。直後に見たあの子の。お兄ちゃん助けてって泣叫ぶ姿をみて私……っ! ショックのあまり頭の中がぐちゃぐちゃになってしまってて……いまも気分が優れないの……」

 突然の洗脳解除による影響により、彼女の脳に悪い影響が起きているようだ。

「とりあえずお前の身に何が起きたのかは理解した。ふゆづきの居場所を教えろ」

 俺は語気を強くして、ふゆづきの居場所を問い詰める。

「ごめんなさい……まだ記憶の整理が出来ていなくて……。悪気はないのだけど……。もう少し時間をおいてからまたにして欲しいの……」

 右手で頭を抱えながら痛みに喘ぎ苦しんでいる姿を見て、

「……なら仕方がない。それだけの用なら俺はもう部屋に戻るぞ。また後で話を聞く」

 俺はそのまま彼女との会話を終えようと思い、この場から立ち去る事にした。

「……なんだ?」

 俺が側を横切ろうとして、あさぎりが痛みを堪えながら右腕を伸ばして止てくる。

「……まだ。まだ話は終わってないわ……。お願いだから私の話を最後まで聞いて頂戴。……後生だから……っ!」

「……っ!」

 語気を強めて後生と言ってきた彼女の顔を見て、俺は思わずハッと驚いて目を見開く。

「一度だけしか言わないわ……だからしっかり聞きなさい乾沢一くん……!!」

「お前……」

「私の妹を助けて欲しいの。お願いだから協力してちょうだい……!!」

 その言葉に、俺は彼女のブルースカイの瞳の奥から、熱いモノを感じ取ったのだった。

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