第3話:主人公は大切なモノを失う

「さて、どういう訳か知らないけど。とりあえずこの子は私達が預からせてもらうわ」

「ま……てぇ……返せぇ……! うぎぎぎぎ……っ!!」

 川辺にて半身を水に浸からせながら冷たさを感じる中で、俺は残された力を使い陸へと這い上がる。身体が冷たく冷えて今にも意識を失ってしまいそうだ……。

「この子に感謝するんだな。てかこの犬みたいなガキ。俺様達が探している奴とよく似ているんだよなぁ……。まっ、とりあえず。いまは気を失っているみたいだし、怪我しているみたいだから、ひとまず俺様達が預からさせて貰うぜ。にしても……あの一撃を受けたのにこのガキ。軽い擦り傷程度でそれ以外に目立った外傷がないな。いったい何なんだこのガキはよ……?」

「妹に……てぇだすなぁ……!」

 見た目はそうであっても、ふゆづきは満身創痍なのには間違いない。あんなデカい火球を直で受けて無事なはずがない。

 ゆうだちの右肩に担がれたまま意識を失っているふゆづきに、俺は手を伸ばしてつかみ取ろうとした。

 だがしかし、ふゆづきとの距離は、雲を掴むようにして遠くて届かないばかりだ。

 それでも俺は目の前で捕まえられてしまった妹の事を救いたいという思っている!

「どうして……ここに居たんだよ……ふゆづき……!! 何故……何故に俺をかばったんだぁ……!? お前にはいろいろと聞きたいことがいっぱいあるんだよっ!! お願いだ……俺から離れないでくれぇ……!! 頼む……!! 目を覚ましてくれよ……なぁ……」

 だが俺の心の叫びはふゆづきに届かなかった……。

「さぁ、行くわよ。はやくこの子をおじ様に引き渡さないといけないわ。よく分からないけど。聞いた話だと。この子はおじ様にとって大事な存在らしいの」

「へぇ、この得体のしれないコスプレをしているガキがか?」

「あら、ゆうだち。あなた、甘ロリータファッションって言葉を知らないの?」

「うっ、うっせ! そんなファッションくらい知ってるさっ!」

「ふふっ、可愛いわ。それは兎も角。この子の事なんて私達には関係ない話よ」

「そうだぜ。まったく命令じゃなきゃこんな汚れ仕事はしたくないもんだな。ふっ」


――クスクス。


「まっ、あとで気になったらおじ様に聞けば良いことだな」

「ふふっ、そうね。じゃあ、行こうかしら」

「おう、姉さん。今日は帰ったらドンカツだ!」

「ふふっ、トンカツね。分かったわ。とびっきり美味しいご飯を作ってあげるわね」

「やったぜ!」

「まっ……待ってくれぇ……!」

 俺の制止も虚しく、彼女達はふゆづきを連れて、そのまま跳躍と共に瞬間移動で消え去ってしまったのだった。

 この場に取り残された俺は、胸の中にぽっかりと喪失感という穴が出来ていた。

 寒空の下で地面に横になったまま、俺は何もしないで呆然とうずくまる。

 身体は治せても、この胸に負った心の深い傷は癒えてくれない。

「俺はまただ……。またあの時と同じように大切なモノを失ってしまった……」

 じわりと目尻に涙がこみ上げてくる。

 この悔しさと悲しみの入り交じった感情に、俺はどうすればいいのだろう……?

 それから一〇分くらいが経過しただろう。遠くで誰かが叫んでいる声が聞こえてくる。

「おにぃいさまぁあああ!! どこにいらっしゃるのですかぁああ?」

 声の主はあきづきだった。俺の事を探しに来てくれたみたいだ。

 彼女の呼びかけに返事する気力はなく、俺はただ目の前にある雑草を見つめ続けていた。そして、

「きゃあっ!? おっ、お兄様ぁ!? どうされたのですかそのお姿はっ!? 大丈夫ですかぁっ!?」

 背中に伝わってくる彼女の暖かな左手。そっと触れられていてもヒリヒリと痛くて溜まらない。

「ううぅ――!?」

「だっ、大丈夫ですかお兄様!? しっかりしてくださいお兄様ぁ!! あぁ、まさかそんなぁ!!」

 俺は彼女に抱きかかえられたまま上半身をを揺さぶられている。

「やっ、やめ……ろっ!! アダダダダダァッ!?」

「ももっ、申し訳ございません! あぁ……お労しやぁ……」

 その言葉を耳にした直後、俺は彼女の胸に抱き寄せられた。

 顔に感じる彼女の柔らかな胸の感触とザラザラとしたスーツの衣の感触。

 そして微かに彼女から漂う甘い香りにドキドキしてしまうのと同時に息が苦しくなる。

 そのままぐったりと、俺は安息感と共に彼女に身を委ねて意識を失ってしまった。

 それからの俺は悪夢にうなされることに。まさかコレはあの時の出来事か……?


――ブッブッー!! 


「うぁああああああああ!! くっ、来るなぁあああああ!!」

 野太いクラクションを鳴らし巨大な黒い鉄の塊が俺を轢き殺そうと、目の前まで速度を落とすこと無く迫ってきている。

 そして次の瞬間。

――ガッシャン!!

「ぎゃぁあああああああああああああああ!!――はっ!?」

 目を見開いて前を見ると、俺の目の前に黒い鉄の塊は居なかった。

「こ……ここは病院……?」

 顔下分が動かせない。何か白いモノで強く固定されているのが見えている。

「全身包帯だらけにギプス固めかよ……。腕によく分からない管が沢山ついてるな……。これはつまり……」

 巷でいう、病床に伏する重症患者という所か。

 どうやら俺はあれから病院に搬送されたようだ。

 部屋は個室のようだ。開かれたままのスライドドアからは、クリップボードを右ワキに挟んだまま行き交う看護師さん達や。俺と似たような姿の入院患者達がパジャマ姿で松葉づえや、車椅子などを使いながら複数人ほど行き交いをしている。

「また……また俺は……人生のどん底に逆戻りしたんだなぁ……うううぅっ……!」

 俺は悲しくなってしまい涙を流す。胸がひどく締め付けられて心が苦しい。

 これで人生三度目のどん底に落ちてしまった。

「……俺は……俺は生きる価値の無い人間なのかなぁ…………?」

 そして三日が過ぎた。

「結局帰ってきたなここに……」

 他に住むところがない今の自分にとってここが俺の帰る場所だ。

 空は雲で覆われており、外の景色は少し薄暗い。

 ボロアパート周辺の路地は人が行き交うことも無く静寂そのもの。

 鍵は既にあきづきから数日前に手渡されている。

 俺はドアノブに手を掛けてひねり回してそのまま扉を開いて中に入った。

 俺はあきづきと話をしていた事を思い出す。

『ふゆづきが連れ去られた場所に少し思い当たる所があります。お兄様はそのまま安静にしていてください。必ずあの子を連れ戻します。お兄様は安心してそのまま身体を休めてください』

 それはおとといの夕方頃に聞いた話だった。

 彼女はいま、何処で何をしているのか俺には分からない。

 それからずっと彼女と出会えていない。退院する際にも彼女は姿を現さなかった。

「主達のいない暗い和室。その中に佇む俺はひとり孤独を感じるか……」

 小説にありそうな文章表現で独り言を呟いてしまう。

 そのまま和室に入って手荷物を手放して地面へと降ろす。

 部屋の中央まで歩き、俺はちゃぶ台の目の前にあるクッションに腰を降ろしてあぐらをかいた。

(……俺の命は助かった。だが、それに対する代償があまりにも大き過ぎるだろ……!)

 両手を握り締め、俺は顔を俯かせて歯に力を込める。

 あの瞬間に起きた出来事が今になっても脳裏から離れない。

「……ふゆづき。どこなんだ……?」

 大きなため息をつき、俺はふゆづきの事を心配に思う。

 何もできない。今の自分にはどうすることもできない。そんな思いが募り続けるばかりだ。

「俺はどこまで地獄に堕ちればいいんだ……?」

 俺には幸せを掴む権利なんて無いのだろう。

 何故かって? 今まで起きた出来事がそれを物語っているじゃないか。

「絶望が俺のゴール。それだけはバカな俺でも分かる話しだ……」

 ふと、

――バタン。ドサッ。

「ん? なんだ?」

 突然の事だった。玄関の扉が開かれる音と共に、何か重たい物が倒れるような音が、俺のいま居る和室の襖越しから聞こえてきた。

 不振に思って腰を上げて立ち上がり、俺は警戒しながらそのまま襖を引いた。

 すると。

「……えっ、あっあ……きづき……?」

 俺は玄関に広がる光景に呆然と立ち尽くしてしまう。

 玄関の扉は完全に開いたままになっており、外から来る冷たい風が俺の頬を撫でていくのを肌で感じ取る。

 だがそんな事なんて目の前の光景に比べたらどうでも良かった。

 なぜなら……妹が……。

 血溜まりの床の上でぐったりと、血だらけのすり切れたスーツ姿で地面に横たわったままうずくまり、目を閉じて、苦しげな表情を浮かべて眠るあきづきの姿がそこにあったからだ……。

 そして理性が崩壊する。

「うぁああああああああああ!!」

 乱れ狂う心と共に、俺はその場で悲痛な叫び声を天に向けて吠え続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る