第4話:妹と暮らす

 俺は半ば成り行きで彼女達について行くことになってしまった。

「……ここか、お前達のアジトっていうのは……。どう見てもボロアパートだな」

 俺は目と鼻の先にあるこじんまりとした寂れたアパートをみてそう思った事を話す。

「ひと言多いですよ。えへっ」

「はぎぃ!?」

 右太腿に走るビリリッとした強い痛みに飛び跳ねると共に裏声を上げてしまった。右隣に立っているあきづきが、甘い猫撫でつねってきたのだ。地味にピリピリとした痛みが残っている。

 パッと見た限り、外観的にはどう考えても築40年以上は過ぎている古いアパートにしか見えない。漆喰で出来た壁には所々ひび割れが出来ており、それと共にツタ植物がびっしりと自生している。冬なので半分は枯れてはいるがそれでも生きているようだ。

 廊下を雨風から避けるために設けられたトタン製の雨よけの屋根は老朽化しており、所々が剥がれ落ちそうになっている。至る所にある鉄製の構造物は錆色一色に染まっており、磨きなどまったくされていないのがよく分かる。

「こちらですお兄様」

「いこう、お兄ちゃん!」

「おっ、おう……」

 二階の部屋に彼女たちが暮らしていないことを願おう。そう思いながらアパートの敷地内に入っていく。

「えっ、ここ登っていくのかよ……」

「足下に気を付けてくださいね」

――タンタンタン、ギィ!

「お兄ちゃん。ふゆづきはお怪我したくないからおんぶしてね」

「……まじかよ」

 彼女達は平然と階段を上がっているのだが、どう考えても怖くて無理だ。

 唖然とした表情を浮かべている俺を構うことなくふゆづきは、

「おんぶして。くぅん」

 両手を大きく広げて尻尾をもふりふりと振り、俺におねだりアピールをしてくる。

 彼女の振りまいている可愛いオーラに対し、俺は眉をハの字にして困惑する。

 ふと、

「はやくお越しくださいお兄様ぁ! ふゆづきもあまりお兄様を困らせないの」

 二階の階段を登り切り、あきづきが建物の角からひょっこりと顔を出して催促をしてくる。姉の邪魔が入り、ふゆづきはイーダッと目をつむりながらあきづきにアッカンベーをした。

 ふゆづきの挑発を受けたあきづきは、

「うふっ、あとでふゆづきには算数のお勉強をたっぷりして貰うから覚悟しなさい。いいわね? 答えは聞いてないけど。うふふっ」

 と言いながらイタズラな笑みを浮かべ、彼女は俺達を置き去りに、そのまま奥の方へと行ってしまう。

 でっ、その話を聞かされた当の張本人はというと。

「ふぇえええええん!! ごめんなさいあきづきお姉ちゃん!! まってぇええ!!」

 顔を真っ青にあわわとふゆづきは慌てふためきながら、彼女は素早い身のこなしで瞬時にシュタタタタと階段を駆け上がっていき、そのまま曲がり角でドリフトしながら奥へと行ってしまった。

 その小さな身体に隠されていた運動神経に対して俺は思わず。

「俺におねだりする必要なくね……?」

 と、ひとり放置された俺はただその場で茶番を呆然とみているだけだ。

 とりあえずおぼつかない足取りで俺は階段を上りきる事が出来た。俺の特異体質でもコレばかりは物理的に無理だ。

「邪魔するでー」

 とりあえず開かれている飛びらが会ったのでそのまま中に入り、彼女達に関西人特有の挨拶をかましてやった。

「どうぞご遠慮なくお兄様。ここが新しいお兄様のお住まいです」

「えへへ、お兄ちゃんと私の二人だけの愛の巣だね」

 真面目に言葉を返されてしまった。これは関西人として教え甲斐があると気持ちを切り替えよう。

「いらん勘違いを生むような事をいうんじゃねぇよふゆづき」

「ええ、もしもお兄様がふゆづきに手を出したら私。またナイフをもってブッコロシテヤルッ!! って、やっちゃいますからね?」

 あきづきの目が病的だ。笑みの表情を浮かべていながらなんて、明らかにヤバイ匂いがしている。

「分かったからその手に持っているナイフを見せびらかしてくるな! 危ないから! 至近距離でお兄ちゃんにやばいことしないでくれよなっ!?」

 これはきっと彼女なりの妹(マイ)スキンシップなんだろう。そうであってほしい……!

 とりあえず玄関で汚れた靴を脱ぐ。そして古びたフローリングを裸足で乗り掛かる。

 靴は運良く瓦礫の中から見つけ出す事ができた。なのでこうして怪我なく安心してここまで来ることができた。

 俺はさっそくそのまま廊下を道なりに進んで行き、目の前にある襖に右手をかけてそのまま左側に引いた。

「和室か」

 最初に見た光景は畳床の10畳間の古ぼけた和室だった。

 部屋の中央にはよく使い古されたちゃぶ台があり、正面奥の左の窓際には、編み目模様の白いデザインチェストがある。そのチェストの左隣には横長の黒い小さな液晶テレビとテレビ台があり、テレビの額縁の端には『四Kテレビ』のシールが貼り付けられている。

 今の時代はもう一二Kが標準的な画質なので古い気がする。

 部屋の中に足を踏み入れて右を見る。奥には木製のドアがある。そしてその左隣には押し入れらしき襖の引き戸があった。

 ドアの右側の近くには奥からコンロと作業台、そして流し台の順で順番に並んでいる。

 どちらも床のフローリングに併設する形で設置されているのが覗える。

「えへへ、お兄ちゃんすごいでしょう。こう見えて大きなお部屋なんだよ!」

 背後にいるふゆづきが自慢げに話しかけきた。

 それを聞いて、俺は後ろを振り向き。

「ああ、なかなか良い部屋だな」

「うん! お兄ちゃんのお家も大きかったけど。やっぱここも良いと思わない?」

「それはなんとも言えないかな……」

 とりあえずお茶を濁すことにしよう。ふゆづきの背後にいるあきづきの目線がとげとげしいので。

「んで、俺はどこに座っていれば良いんだ?」

「いまはこの服装をどうにかしないといけないのでしばらく窓際の方で立ったまま待っていてください」

 えっ、なにその軍隊式なご命令は。ノーイエッサーとか言ったらしばかれそうだ。

 確かに俺達は服装の何からナニまで全部がドロドロに汚れている。

「床が汚れないように何か敷く物とかないのか?」

「すみません今のところありません。そうですね……それに似たような物はないのですが……少しお時間をくだされば用意ができますが……直ぐに戻ってきますので」

 恭しく態度をとり、あきづきは俺の返事を待たずに背を向けて、そのまま玄関へと向かって行ってしまった。感じ的に買い物でも行ってしまったのだろう。

「ふゆづき。どこか怪我はないか?」

 姿勢を低く取り、俺はふゆづきの左頬に右手を添えて話しかける。

「うん! ふゆづきは平気だよ! お兄ちゃんはどこか痛いところはない?」

「うーん、気絶する前に背中に落ちてきた瓦礫に当ってしまったような気がするな……。とりあえず痛い思いはしたな」

「ふぇぇ大丈夫っ?!」

 少し話を盛りすぎた。ふゆづきが顔を青ざめてしまい。オロオロと慌てふためきながら、俺の背後にに回り込み、バッと俺の上着をめくりあげてしまった。

 傷は残っていないと思うのだが、彼女を不安にさせるような事を言ってしまったのはいけなかったと反省する。

「だっ、大丈夫だ! とりあえずその、俺の背中で頬ずりしてくるなってば!?」

「えへへ、お兄ちゃんの匂いがするからもう少しさせてぇ……良い匂いがする……」

 どさくさ紛れにこの妹は何をしているんだよと思いながら、俺は彼女の頬ずりがこそばゆくて我慢出来ずにたまらない思いをしている。

「とっ、とにかくあきづきに見られたらお兄ちゃん怒られるから離れてくれないかなっ!?」

「やぁだぁ!」

 すこし手荒だが背中にへばりついて離れないふゆづきを強引に引き剥がす。すかさず俺はそのまま窓際に背を向けて後ろ向きに引き下がって守りの態勢に入る。

 俺の態度に対して、彼女は不満足だと言わんばかりに頬をフグのように膨らませて、その場で地団駄を踏みはじめる。

 俺は頬を引きつらせ、機嫌を損ねてしまった彼女がこちらに近付いてこないことを切実に願った。ふと、

「お兄様ぁお待たせしましたぁ。お兄様の為にあきづきがビニールシートを買ってきましたよー! あと……そのですね……おっ、お兄様に似合いそうなお洋服をご用意しましたよー、……て……二人とも何をやっているのですか……?」

 どしゃっとビニール袋の潰れる音が奥から聞こえた。

 あきづきが家に帰ってきた。彼女の両手には白い平和堂のビニール袋がぶら下がったまま握り締められている。

「なっ、なんでもない。ただ、ふゆづきとじゃれていただけだ」

「じゃれていたですか……?」

「ふぇえええええん!! お兄ちゃんがシェクハラしてきたぁ!!」

「ちょっ、おまっ!?」

「えっ!? セクハラですってっ!?」

 ふゆづきはあきづきに顔を見せないように泣きながらトトトと、彼女の背後に周り込み、そのまま泣く演技をしながら顔を覗かせて、俺に対してあっかんべーをしてきた。

「謀ったなふゆづきぃ!!」

「自分のしたことを呪うと良いと思うの!」

「お兄様。何が謀ったですか……?」

 あきづきが目を閉じてコホンと咳払いをする。それから彼女は真顔を浮かべた後に、

「床のお掃除をお願いしますね」

 と、俺に淡々とした口調で容赦の無い事を言い渡してきた。

 兄としての立ち位置がどんどん下に格付けされているような気がするのを感じながら、

俺は下を見て畳を自分の足で汚していた事に気がついたのだった。

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