第3話:兄妹喧嘩2

「んんっ……」

『さぁ、お前の罪を数えるんだ!』

『楽して助かる命が無いのはどこも一緒だな! 行くぞ!』

「かっこいい……」

 俺はあの時にあのまま死ぬべきだったんだろう。だが、彼らの言葉に自分の命は救われた。

「……あれ?」

 モヤモヤとする頭の中、俺は自分の好きなヒーロー達が活躍している瞬間を夢で見ていたようだ……。

 身体に這い回り続けている痛みや気だるさが徐々に抜け落ちていくのを感じる。

 目を覚ました直後に身体が自己再生を始めたようだ。

 このまま目を閉じて寝そべっているワケにもいかない。そう思って俺は目を見開いて身体を起こした。

 身体を起こして最初に俺が目にした光景は、暗い空間の中で横たわるように眠る二人の美少女の姿だ。あきづきとふゆづきは共に横に並んだ状態で静かな寝息を立てている。

「おい……ふたりとも……おい……」

 俺は彼女達に声を掛けてみた。だが返事がない。

「まさか……な……」

 信じたい……。俺は彼女達の事で一抹の不安を感じていた。

 俺だけ生き残ってまた孤独になってしまうなんて嫌だ。俺の心の中には孤独感が宿っている。ふと、

「ゴホッ!?」

 土煙に混じって様々な悪臭が空気中に漂っている。俺は鼻腔を刺激してくるその匂いに思わず胸が苦しくなって反射的に咳き込んでしまった。

 だがそれもほんの少しの間の事で、臭いに対する耐性ができて何も思わなくなってしまった。自己再生に続き、俺の身体が外の環境に順応しているようだ。

「とにかく、今はこの場所から離れるのが先だな……」

 俺達は崩壊してしまったマンションの中にいる。

 普通に立ち上がることのできる空間に閉じ込められてはいるものの、それでも俺達は生き埋めになってしまったことに変りは無い。

 とりあえず考えて見る限り、俺のやり方だと、とりあえず手当たり次第に上に向けて瓦礫をかき分けながら登っていく方法がある。

「てか、行き当たりばったりでそんな事をしたらな……」

 何らかの弾みで頭上の瓦礫をずらしたら、恐らく上に重なっている大量の瓦礫がなだれ込んできてしまう可能性があるな。俺がどんなに特異体質だとしても圧死は免れない。

「うーん、じゃあどうすればいいんだよ自分……?」

 俺はからっきしの頭を使いながら熟考をしていた。ふと、

「うっ……ううん……」

「……ほぇ?」

「ふゆづき、無事かっ!? あぁ、よかったぁ……!」

 俺は思わずその姿に涙を浮かべた。そして玉粒の涙が目尻から頬へと伝い落ちているのを肌で感じる。あきづきとふゆづきが目を覚ました。

「お兄ちゃん泣いているの……?」

「無事で良かったなぁふゆづき……!」

 そうふゆづきに言葉をかけると、彼女ははにかんだ表情を浮かべて。

「うん……! えへへ……ふゆづき、嬉しい……」

「ああ、とりあえずお前が無事でなによりだ」

 と、二人で満足していたその直後。

「なにが……なにが無事ですかッ!!」

「ヴェッ!?」

 あきづきが鋭い眼光で俺を睨んでくる。

 そして彼女は間を置かず、俺の元に詰め寄って胸ぐらを掴んできた。

 彼女と俺の鼻がくっつきそうでそうでない距離に、俺は思わずドキッと心臓が跳ね上がるのを感じた。

「私の計画がご破算ですよ乾沢一!!」

「じっ、自業自得だろうがッ!?」

「ええ、そうです。私はとんでもない大失態を犯してしまいました……! この状況をどうすれば良いというのですかッ!! ブッコロシテヤルッ!!」

「いや、知らんがなっ!? 生き埋めになったことは間違いないさ。だが、悪運がつよかったんだよ!」

「どうして……どうしてあなたは死ななかったのですか!」

「しっ、知らないって。だから何度、お前に同じ事を言えば分ってくれるんだよ!?」

「あなたが私に命を差し出すまで。私は何度でもこうしてあなたを脅し続けます!」

 あくまであきづきは食い下がり続けるつもりのようだ。その最中で、

「やめてお兄ちゃん!! やめてあきづきお姉ちゃん!!」

 ふゆづきが、悲痛な叫び声を上げて仲裁に入ってきた。

 だが、彼女は俺達の近くに来ようとはしない。俺は彼女が怖い思いをしながら勇気を出してとめに入ったんだと感じた。

 ふゆづきの言葉で俺は彼女の事をしっかりと顔を向けて見る。

 ふゆづきは目を潤ませて涙目になっており、彼女は今にも泣きそうになっていた。

 その姿に、俺はウッと胸が締め付けられる思いをした。

「…………っ」

 ふゆづきの言葉に何かを感じとったのだろう。あきづきはその場で唇をキュッと噛みしめており、伏し目がちな表情で俺達を見ないように目をそらしていた。

「あぁ……そうだな……」

 と、言葉を返したした。

「……腑に落ちないです」

 俺とは反対に、あきづきはこの状況がどういう事なのか理解していなかったようだ。

「おっ、おい! なにすんだよッ!?」

 そして彼女は行動に移した。その刹那の瞬間を俺ははっきりと目で捉えて驚愕する。

「やめてぇえええ!!」

 ふゆづきが一心不乱に悲鳴を上げながら俺を助けようと駆け出してくる。

 だが、タイミングが悪くて間に合わないのが俺の目には見えている。俺は心の中でふゆづきに来ないでくれと強く願った。

 どうしてかって?

 あきづきの右手に鋭利なサバイバルナイフがあり、それを彼女は逆手で持ち、刃先をこちらに向けて掲げているからだ。

「あくまで俺を殺したいのかよ……なぁ、あきづきっ!」

「うふっ……こうすれば良ったのですね。初めは失敗してしまいましたが。うふふっ、これで任務を成し遂げれば結果的にはオーライになりますね……。きっとお父様も喜んでくれるはずだわ。だから……私の為に死んでください。ぉお兄ぃさぁまぁああああ!!」

「くっそっ!? うぅぁああぁああやめろぉおお!!」

 俺は彼女に胸ぐらを掴まれたまま必死の抵抗を続ける。

 細身の手と腕なのにもかかわらず、あきづきの握力と腕力には信じられない力がある。

 振り降ろされた刃物の先端は既に胸の近くまで近付いており、俺はもう怖くて身動きがとれない。刺されると感じた俺の身体が意思に反して本能的に萎縮してしまったのだ。

「あはははははは!!」

 彼女の浮かべているその表情は、狂喜して人を殺すような殺人鬼の表情(かお)そのものだ。

 その最中。目の前で不思議な事が起きていた。

 サバイバルナイフがスローモーションで軌線を描きながら、俺の身体のどこかを貫こうと迫ってきているのだ。

 自分の目が刹那の瞬間を捉え続けているのだという事に気づく。

 まるで野球中継のリプレイ映像をVRゴーグルで体感している時と同じ感じがする。だが身動きがとれない。どうやら俺の脳が超高速で視覚を処理しているらしい。

 結論。俺はどう足掻いても身体から血がビィシャアアアアと噴き出す瞬間を、自分の目で目の当りにする結果しか待っていない。

 迫り来る凶器を前に、俺は死を覚悟することにした。そして。

「死ねぇええええええええ!!」

「お兄ちゃんを殺さないでぇええええ!!」

――ズガガガガガガガガガ!!

「なっ、なんだぁっ!?」

「きゃっ!? え、かっ、カウンターシールドですって!?」

「ふぇええええん! お兄ちゃん死んじゃぁいやぁああああ!!」

 強い揺れと共にくる激しい地響き。そして俺達を巻き込むように現れた戦艦の装甲のようなデザインをした巨大なグレーの障壁。

 あきづきの困惑する声が聞こえている。ふゆづきの号泣する声が聞こえている。どちらも俺の目の前の壁越しからくぐもって聞こえていた。

 俺達は目の前の障壁によって分断されたのだ。

 ふと、俺は光のベールが天井から差し込んできた事に気づく。その場で見上げると、天井に大きな穴が視界いっぱいに出来ており、眩くて神々しい俺の大嫌いな太陽(ホワイトサン)が顔を覗かせていた。どうでもいいけど太陽(ブラックサン)って存在するのかなって思った。

 とりあえず足下に落ちていた自分の慎重より長めの鉄棒を両手で拾い上げて持つことにしよう。

「ふゆづき! 早くこの障壁をどうにかしなさい!! 邪魔よ!!」

 あきづきが怒号に任せてふゆづきを責めている。ぶ厚そうに見える壁越しからでもここまで聞こえるその声に対し、俺は彼女達のやりとりを脳内で想像してみることにした。

 姉の言葉に対してふゆづきは泣きながら、

「お兄ちゃんを傷つけないでよあきづきお姉ちゃん!」

 と言葉を返し、彼女は必死に「お願い止めてお姉ちゃん!」と懇願し、彼女に擦り寄って両手であきづきの両肩を手で掴んで揺さぶっているのが容易に想像できる。

 仲裁をしたい。だが目の前の障壁が邪魔している。

「ふゆづき! あなたのやった事がどういう事なのか分かっているのっ!? それは使い切りの一つしかない防御壁なのよッ!? 戦うのが苦手なあなたにお父様から与えられたれた特別なガジェットなのよ!? なぜこんな時に使ってしまったの!?」

 この壁(カウンターシールド)はふゆづきの超能力で生み出された自己防衛用の装備(ガジェット)だったようだ。

 しかも一度きりの使い捨て。そんな大切な物を彼女はこんな時に使ってしまったのだろうか?

「お願い……お兄ちゃんを傷つけるのはもうを止めて……あきづきお姉ちゃん!」

 その言葉によって俺は気づかされた。

「そうかお前……」

「駄目よ。これは決定事項なの! お父様の目指す崇高なる大義を前にして相反する者は全員。排除しなければならないの! 例え……、例えそれが私達のお兄様だったとしても。お父様の命令に逆らう事は許されることじゃないの……! だから分かってふゆづき。これ以上……、私の気持ちが揺れるるような事を言わないで頂戴……よ……」

 あきづきが何を思って葛藤しているのかなんて俺には分からないが。それでも俺には分るような気がする。彼女には二つの思いがあって、一つは大義の為に。二つ目は俺を殺したくないという思いがあるということ。

「あきづきお姉ちゃん。ふゆづきはね。お兄ちゃんのことが大好きなの。愛しているの。ふゆづきはね。自分に嘘をつきたくないの。お兄ちゃんに対するこの気持ちを。ふゆづきは失いたくない。ずっと持ち続けていたい。だからふゆづきはね。お兄ちゃんの事。これ以上傷つけるのはもう止めようよ。あきづきお姉ちゃんもお兄ちゃんの事がすきなのは知っているよ。ふゆづきは愛のためにお兄ちゃんを守ることを選ぶことにする!」

 えっ、あきづきって俺の事が好きなの? 嘘だろっ!?

「ふゆづき……あなた……」

「うん、だからお兄ちゃんをいじめないでねあきづきお姉ちゃん。仲直りしようよ……お願い……くぅん」

 ふゆづきの甘え声と共に抱いている真剣な思いは俺の胸にも届いた。

 あきづきが大きなため息をついたのが聞こえてくる。

「……もう、あなたのその真っ直ぐで頑固な所。お父様みたいで感心してしまうわね。わかったわ。もう二度とお兄様を殺そうとしたり、傷つけたりすることはしないわ。約束するわ。あなたに免じて」

 うん、俺だったら完全にアウトなんだね妹よ。ド畜生じゃねぇか!

「本当にッ!?」

 ふゆづきの嬉々とした喜ぶ声が聞こえている。俺もいまはホッと胸をなで下ろすことにしよう。

「お兄様! そちらに私の声が聞こえてますかお兄様! 聞こえていたらお返事してください!」

 二人の話を終えたのだろう。あきづきが壁越に話しかけてきた。

「おう、充分に聞こえてるぞあきづき」

「ご無事でなによりです。ではお兄様さっそくですが。先程までの無礼をどうかお許しください」

「ああ、まぁいいぞ」

「ありがとうございます。それと私からもうひとつお兄様にお願いがございます」

「なんだ?」

「私たちのアジトへ一緒に来ていただけませんか?」

――俺の思考が停止するのを感じた。

「…………はっ?」

 それが何を意味しているのか分らず生返事をした。自分でもよく分からない。

「やったぁ! お兄ちゃんと一緒に愛の生活ができるんだね! わぁい!!」

「えっ、ナンデッ!?」

 いろいろな意味で深刻かつ突っ込みどころに困るふゆづきの言葉により、コミュ障の俺にはこの返事が限界だった。そもそも愛の生活って何だってばよっ!?

 ふゆづきのはしゃぐ声が永遠と聞こえている。とても元気いっぱいに嬉しそうだ。

 ふと、カウンターシールドがズズズと地中に向けて沈んでいく。ふゆづきが力を解いたのだろう。そして次の瞬間。

「わぁふぅうううう!!」

――ドゴッ!!

 ふゆづきの悪質極まりない飛び込みタックルが俺の腹に炸裂する。

「ヴェッ!?」

 俺はドッスンと、コアラ抱っこをしたふゆづきを巻き込みながら尻餅をついてしまう。

 ふゆづきのもちっとした顔が秒速二センチの距離にある。

「きゃははっ!!」

「おっ、おいバカ、止めろぉ!?」

 ふゆづきが無我夢中にしっとりとした頬で俺にスリスリとしてきている。顔を揺らされながら俺はパニック状態に陥っている。

 とりあえず彼女のコアラだいしゅきホールドのせいで口から何かがはみ出てきそうだ。

「えへへ、やぁだぁ。大好きなお兄ちゃんにお姫様抱っこして貰いながら一緒にお家に帰るのぉ」

 甘い撫で声でそう話すふゆづき。そんな声されたらお兄ちゃんじゃなくなるじゃないか。てか、前方から冷たくて気持ちよくない殺気向けられている。

 とりあえずこのバカ妹から離れたい思いで。

「うっ、俺はまだお前達のアジトに行くとは言ってないんだけどな……!?」

 俺は反抗する。全ては悠々自適な生活のために!

「どのみち。お兄様は根無し草ですよ」

「それは……言わないで欲しかったなぁ……」

 あぁ……おとといの自分に戻りたい……。


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