第2話

 実験

 あまりに不自然な言葉の響きに私は得体の知れない恐怖を感じる。

 「実験?それは誰の」

 「あんたらみたいな一般人を使った生物実験を行うようなヤバい連中さ。俺たちはそこの捜査を続けててな、今回直接踏み込んであんたを含めた何人かを救出したってわけだ」

 「それは、ありがとうございます」

 「いや、お礼は俺じゃなく他のやつらに言ってくれ。俺はあいつらが何をしていたのか調査していただけだよ」

 「それで、私以外の方も・・このような状況なんですか?」

 私はおどけるように肩を軽く上げてみせた。私以外にもこんな対応を強いられているなんてひどい話だと思う。

 「いや、あんたは少々特例だよ。覚えていなくてもしょうがないが、救出したばかりのあんたは大の大人が複数人集まっても抑えるのが難しいくらいに狂暴だったんだよ。今のお前さんを見ているとどこにそんな力があったのかはなはな疑問だがな。おい、聞こえてるか?」 

 「は、はい!?」

 男の言っていることが理解できなかった。私が暴れた?それも抑えられないくらいに。そんなはずないと否定したいが、目の前の拘束具に囲まれた体がその過去の私を表していた。本当に私はそんなことができたのだろうか。私は。わたしは。

 「あぁ、すまん。いきなり話が飛躍しすぎたな。悪かった」

 「い、いえ・・・どうぞ続けてください」

 男は私の顔を覗き話を続けるべきか思案している。男自身、この話をあまり話したくはなさそうだが、ここは腹をくくってもらわなくてはいけないようだ。私はどんな突拍子もない話が飛び出たとしてもいいよう、私が思い浮かべる最も最悪の結末を想像した。これから男に自分がどのように解剖され、死んだのかを聞かされ、今ここにいるのは私の意識が生み出した幻だと発覚するのだ。

 そんな結末以外ならどんな未来でも構わない。

 私は改めて決意を固めると、体に力を込めた。男の話す内容に一々右往左往しないよう意思を固めるように。

 「無理はしなくていい。これ以上聞きたくないときにはそう言ってくれ、いいな?」

 私は頷きで答える。

 「よし。さっきも言った通りで、お前はとある胸糞悪い組織の胸糞悪い実験の被検体として利用されたってわけだ。ここまではいいな?」

 「それでだ、お前がそこで何をされてたかってことだが。お前はあそこで深層意識に別人格を、それも残忍な兵士の人格を植え付けるっていう実験を受けていたんだ。分かり易く言い換えれば、お前たち一般人を二重人格にするような実験って言えばいいのか。分かるか?」

 「は、はい。方法はわかりませんが私の中にもう一つの人格が、それも残忍な人格を植え付けられたということですね。それでこんな拘束が必要だったということですか?」

 「あぁ、そうだ。申し訳ないがあんたの中の人格を完全に取り除けていたか確信が持てていなかったんだ。我慢してくれ」

 「えぇ、分かりました。でも、私の中にもう一つの人格があったとして、どうして今の私は安全だといえるんですか?私自身がその時の記憶が全くないんですよ」

 「それについてはやつらの方法について話す必要があるかもな。聞く気はあるか?」

 「えぇ、よろしくお願いします」

 「よし、俺自身も理解しているわけじゃないからな。ゆっくりいこうか。あいつらは無意識状態にある人間に別の人格を植え付けようとしたみたいだ」

 「無意識状態?」

 「そうだ。具体的に言えば眠っている間や気を失っている時なんかだろうな。そういう状態にある人間に別の人格を生まれさせるんだ」

 「ちょっと待ってください!?そんなことが可能なんですか?そんなSFみたいなことが・・・」

 「言っただろ?俺だって理解はしていないさ、それでもお前のあの暴れっぷりを見ると本当に可能なのかもしれないな」

 「とても信じられませんね。ん?ちょっと待ってください、私が暴れていたのはどのくらい続いたんですか?」

 「そうだな。お前の中の人格が現れるのは無意識状態、つまりは眠っている間だからな。一日に暴れるのは数時間だがそれが毎日続いて、四か月ほど経ったよ」

 「それなら、その間の記憶がないのはなぜですか?私はここに来るまでの記憶がほとんどないのはなぜですか?」

 「それは別人格のせいだろうな。お前にも想像がつかんだろうが、あの時の暴れっぷりはもう人間のなせる業ではなかったな。虎と熊とライオンを合わせたってお前にはかなわんだろうな。そんな状態が数時間でも続けば体はとても持たんだろうさ。あいつが眠る間は本来お前の活動する時間だったはずなんだが、お前は疲れで活動できるような状態だし、かといって別人格の方も眠っているみたいにおとなしいんだ。嵐の前の静けさってのは正しくあれのことだろうな。まぁ、そうだな、お前は長い夢の中だったってことさ」

 「長い夢・・・」

 「そうだ。長い夢の中だったんだ」

 私が黙りこくっていると、彼ははじめて身を寄せるように前のめりになると言い聞かせるように少し難しい話を始めた。

 「怖いのはもちろんだ。眠るなんて生きてりゃ毎日のことだ。だからってお前が責任を感じる必要はないぞ。こっちはお前が寝ている間に暴れたりしないよう対策だって取ってある。だから・・・思い詰めるんじゃないぞ」 

 

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