メカクシコール
ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬)
第1話
まるで深い眠りから目覚める瞬間のように体の感覚が少しずつ構築されていくのを感じる。しかし、まだ末端の方はぼんやりとしてあるのかどうかもはっきりとしない。足や腹の奥底に丸くなった猫が寝ている気分だ。私はこの猫のせいで動けずにいる。だが、あえてどかそうとはしないし、したいとも思わない。そういう気持ちのよさに浸っていたのだ。
私は猫を驚かせない程度に体を曲げようと力を入れてみたが、どうにも体が言うことを聞かない。本当に猫に体の自由を奪われているようだ。それもとびきり大きな奴に。私は眠気眼にその巨体を想像しながら目を開けてみたが、そこには何ら変哲のない私の体があるのみだった。私は上下白のつなぎのような服を着ながら、椅子に座っている。真っ白な生地が毛並みのよい高級猫を想像させるが、その実感触は悪そうだ。
太ももを等間隔に横切る細い帯のようなものが通っている。私は見つからなかった猫の代わりにでもと思い、肘掛けにおいた手を伸ばそうとするがまったく届かないことにようやく気付き始めた。届かないのではない、動かせないのだ。私は肩を支点に腕を丸ごと引っ張り上げようとするが今度は腰が上がらないことに気付く。そうして私はその体を何本ものベルトで椅子に固定されていることを理解した。それも薄暗いコンクリートで四方を固められた部屋にだ。まるで囚人みたいな扱いをうける自身をようやっと客観視することができた。
みじめだと思ったことだろう。その時のことを思い出すことがあればきっとそう思ったはずだ。だが、その時の私にはまず理解できなかった。ここが一体どこなのか。私がなぜこのような拘束をされているのか。なぜここにいるのか。
私がその答えを探して唯一動かせる首をありったけ回転させたとき、左後ろにあった扉がその重さを主張するようにゆっくりと、金属のこすれる悲鳴のような音を立てながら開くのが見えた。その扉の先から1人の男がこれまたゆっくりとした歩調で部屋の中へと足を踏み入れた。男の後ろをよく観察しようとしたが、まるで扉を挟んで昼と夜が入れ替わっているみたいに真っ暗な空間が広がっているだけだった。そして、ゆっくりと開いた扉は最後、男を無視するかのようにバタンと閉じてしまった。それでも男はその場から一歩も動かずにこちらを観察している。きっとあちらからなら私の顔をしっかりと確認できただろう。部屋を照らす明かりは私のためにあるかのように、私だけを照らし扉の前の男には一切かからない。
彼が観客なら私が主役か?
私はなにを見せなければならないのだろう。
そして、彼は求めるもののため一体どんな手を使うのだろう。
私の頭がそんな未来を想像し始めたとき、男が光を避けるように、または私を避けるように壁際をゆっくりと歩きながら話しかけてきた。
「その表情からするとなにか変化があったと見えるが、どうだ?なにか思い出したか?それともなにも思い出せないか?」
私は男の後を追いながら震える口で何とか言葉を押し出そうとする。
「わ、私はどうしてこんな所にいるんだ!?一体何がどうなっているんだ。私は!」
「分かった分かった。なら一つだけ質問に答えろ、そしたら楽にしてやる」
その楽に、という意味がはたしてどちらの意味なのか。私の頭はそんな悪い予感も無視して、ただ男が次に放つ言葉だけに集中しようとしていた。すると真正面に立つ男がこちらに近づきその顔を明かりで照らして見せた。四十代くらいの中年男性のモデルを見せられているような特徴のない顔が空中に浮かんでいるようだった。しかしその目は明かりを反射していないかのようにどこまでも黒かった。私はその目にただならぬものを感じて縮こまる思いだった。私は彼の目を直視できず、俯きながら続く言葉を待っていると男が自身の顔を指差して一言
「俺の顔を覚えているか?」
と言った。
私は思わず顔を上げて彼の顔を見た。あまりに特徴がないから思い出そうと必死になっていたわけではなかったが、私はその表情に裏がないか必死になって目を凝らした。しかし、私が見るたびに段々と目線をずらし顔をこわばらせていくその様子からは、むしろこちらに裏があるとすら疑ってしまうほどだった。
「お、おい、そんな目ぇこらしてみる必要なんかないだろ。見たことあるかどうかって聞いてんだ。で?どうなんだ」
私は素直な答えを返した。
「見たことは、ないです」
「そうか、それじゃあもうしばらくそのままで我慢してろ。そのうちお前は自由の身だ」
男は私の返答を受けて、再び顔を暗闇に隠すとそのまま部屋を出ていこうと体の向きを変えた。私は咄嗟に彼を止めなくてはという思いに駆られ
「待ってください!!」
と声を張り上げていた。
私の声に足を止めた男は何も言わずにこちらを見ている。いや、本当に自分を見ているのかどうか、それはあまりの暗さに分からなかった。それでも私は聞いているものだと判断して、ありったけの声を飛ばす。
「私がなぜこんなところにいるのか。あなたたちがなにをしたのか、はっきりさせてください!!それでなくても、こんな扱い・・・あまりに非人道的だ!理解できるよう説明をしてもらわなければ私はこの場を、たとえ殴られたって動きません。本気ですよ!!」
男からすれば私の言葉など聞き入れる価値などありもしなかったはずだ。最後に付け合わせたような本気という言葉が、私にはそんな度胸などないことをはっきりと語っている。そうでなくてもこんな状況ではどんな言葉も無意味なのだ。そんなことはわかっていた。それでも私には男の言う自由というのが、本当に私の想像する自由なのか疑わずにはいられなかった。私はたとえこの場だけでも粘るつもりだった。相手にされないことなどはじめから承知の上だ。それでも構わないから、少しでもこの胸のしこりを取り除きたい、その気持ちが上回ったのだ。
男は暗闇のなかではぁとため息をつくと、きゅっと靴底をこすらせて半歩こちらに身を寄せて語るように話しかけてきた。
「お前になにが起きて、俺たちがなにをしたのか。説明するのは簡単だがな、それでお前はどうするつもりだ?世間に訴えかけるか?私はこんなひどいことをされたって、それで暴こうってのか。はじめに言っとくがそれは無理なことだ」
「分かってます。それに私は訴えたりしませんし、あなたたちのことを暴こうという気もありません。ただ、何があったのか知りたいんです!ここに来るまでの記憶がほとんど無いんです。それもあなたたちのやったことが関係しているのなら、その責任をとるべきなんじゃないですか!?」
「そうだろうな。だからこうしてお前の安全を確保、確認したうえで自由な生活とやらに返してやろうとしているんじゃないか。それの何が不満なんだ?」
暗闇から一瞬男の左手が姿を見せた。欧米人のように手を上げて訴えたのだ。文句あるか?と。それなら私にだってあるに決まっている。私も動かすことのできる首をありったけ振り上げて抗議する。
「こんな状態でなにが安全ですか!?私はあなたのことさえも知らないっていうのにどう信じれば・・・
私が負けじと声張り上げようとした時、甲高い音とともにあの重い扉の先からそこの男よりも少し若めの別の男が顔を見せ、小声でなにか喋ると男を連れて出て行ってしまった。その間私はまるでいないもののように扱われ、またしばらくの間一人で不安な時間を過ごさざるをえなかった。
男が再び顔を見せたのははたして数分のことだったのか、数時間のことだったのかはっきりしない。一つはっきりしたことは、この時間が私にとって決して無駄にはならなかったことだった。
男は私の前に椅子をひいて座ると、いかにも不満そうな表情を浮かべながら話し始めた。
「お前の言い分を受け入れて、何があったのか説明しろと上官から指令があった。それで?お前はなにが知りたいんだ」
「上官?と、とにかく何があったのか説明してくれるんですね!?」
「あぁ、そうだよ。だが、その拘束は外してやれねぇ。時間がかかるしこっちの安全のためにも必要なんだよ」
「安全って何ですか?」
「それについても説明してやる。お前は聞くだけ聞いてりゃいいんだ」
私が何も言えないのに業を煮やした男は「分かったか!」と強くテーブルを叩いて威嚇してきた。私にとってもここまで来て機嫌を損ねるのは得策ではない。ここは従うことにした。
男は一度何かを確認するように背後の暗闇を振り向いてため息をついた。
「俺はオススメしないぞ、お前がしようとしていることは」
「今更なにを言ってるんですか」
「いいから聞け。これから俺が話そうとしていることは第三者である俺からしても気分のいいものじゃなかった。その当事者であるお前がなにがあったのか知ったときどれ程の心理的なショックを受けるか、専門家じゃねぇ俺にはさっぱりだ。それでも知りたいってのか?」
「・・・・・・」
私は言葉に詰まってしまう。目の前の男の表情が見えていることが逆に私の心に問うてくるのだ。
本当に知る覚悟があるのか。と
私は本当にその真実を知る覚悟があるのだろうか。分からない。
しかし、分からないままでいる方が怖い。そう思うのだ。
だから私は、固く閉ざされた口を開きその覚悟を示すことにした。
「それでも、知りたいのです。なにがあったのか」
「分かった」
男はそれ以上止めようとはせず、ゆっくりと語りだしたのだった。
「お前はな、被害者なんだよ。あいつらの実験のな」
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