4.舟を漕げ

 イヌ、サル、キジをおともに加えた桃太郎は、そこからまた歩く、歩く。

 おとぎ話の世界だからといって、どこまで歩いても平原が続くのは変な気分だけど、やがて視線の先にキラキラと光るものが見えてきた。


「海だっ!」


 迷人が真っ先に叫んで、走り出す。


「海だ海だっ!」

「海に着いたぞっ!」


 桃太郎たちも珍しくおおはしゃぎで、迷人の後を追った。……ええとあの、皆さん体育会系なんでしたっけ? わたし、足がもうパンパンでつりそうなんですけど。

 木の棒を杖代わりにひーこらひーこら言いながらようやく追いつくと、五人(二人+三匹)は海の向こうを指差して難しい顔をしていた。


「あそこが鬼ヶ島ですね」


 桃太郎の指の先に、この上なくわかりやすく鬼の頭の形をした鬼ヶ島が見える。ごつごつとした岩肌が向き出して、ところどころから煙を吐き出し、いかにも悪い鬼が住んでそうな島だ。

 ただ、問題なのはその手前の海。


 ザッパァァァーーーーン!


 壁かと見紛わんばかりの巨大な波が次から次と陸に襲い掛かり、ドロドロと渦を巻いているところまである! 確かに鬼ヶ島へ渡るための海って怖そうなイメージあるけど、さすがに荒れすぎじゃない? きっとこれも”本の虫”のイタズラよねぇ。


「とにもかくにもまずは船を見つけて来よう」


 桃太郎の提案に、真面目に頷くイヌ、サル、キジ。うわぁ、やっぱりここ船で渡る気かぁ。飛行機とか他の方法考えたほうがいいんじゃない?


「おっ、あそこにちょうど良さそうなのがあるぞ!」


 いつの間にかすっかり桃太郎のおともと化した迷人が、小さな小舟を見つけてくる。わたしたち全員(三人+三匹)がなんとか乗れるぐらいの大きさ。ちょっと待って。それって船っていうかボートじゃない? 大きな公園の池に浮いてるやつ。ちょうどいいって言えるかなぁ?


「これにおじいさんおばあさんから貰った帆を点ければ完璧だな」


 十字に渡した木に、桃の絵が描かれた布を張って満足気に頷く桃太郎。イヌ、サル、キジも拍手でたたえる。……ってねぇ、本当にこんな小さな舟で渡る気?


 ザッパァァァーーーーン!


 荒れ狂う海はさっぱり収まる様子も見えない。


「ちょ、ちょ、ちょっと、いくらなんでも無理じゃない?」

「大丈夫だよ。奥の手がある」


 迷人がニカッと笑う。全然信用できないよ運動おバカ。


「それでは皆のもの、きびだんごを食べることにしよう」


 桃太郎に言われて、イヌ、サル、キジが取り出したのはきびだんご。まだ食べてなかったんだ! 

 桃太郎まで一緒に、パクリ、むしゃむしゃときびだんごを食べる。


「ゆずはも食っといたほうがいいんじゃねえの?」

「いらないっ! 絶対いらないっ!」


 一緒になってきびだんごを口に放り込む迷人から、ぷいっと顔を背ける。いくらなんでも、あんなの食べたら女の子として終わりだ!


「おおお、力がみなぎってくる!」

「百人力だ!」

「これなら鬼も怖くない!」

「行くぞっ! 早くゆずはも乗れっ!」


 目をギラギラさせた桃太郎たちは颯爽と舟に飛び乗った。なるほど、きびだんごの力を使うわけだ。迷人に急かされて、わたしも慌てて乗り込む。ううう、大丈夫かなぁ。不安しかない。


「さぁ、レッツゴー!」


 『桃太郎』のおとぎ話には不釣り合いな迷人の号令で舟は出発! 途端にモーターボートにでも乗ったみたいな風に体ごと吹き飛ばされそうになって、慌てて船べりにしがみついた。


「きゃああああああ!」


 桃太郎と迷人、さらにイヌ、サル、キジの五人(二人+三匹)が櫂や手足(羽?)を使って物凄い勢いで水を漕いでいた。きびだんごの力を借りた舟は木の葉どころか、水面を小石の様に跳ね、大波の壁を突き破りながら弾丸のような勢いで進んでいく。

 波とぶつかるたびにボコッ! バキッ! と嫌な音がして、こんな頼りない船はいまにも砕け散ってしまいそうだった。


「やめてやめて! 怖い怖い怖いっ!」

「うるさい! ゆずはも漕げ!」


 迷人が叫ぶ。……ってあれ? もしかして勢い弱まってる? なんだかちょっとスピードが落ちてきたような。


「まずいな。みんな、もう少し頑張るんだ!」


 桃太郎が叱咤を飛ばすも、


「これ以上は!」

「いくらなんでも!」

「限界です!」


 イヌ、サル、キジは息も絶え絶え。見る見るうちに漕ぐ力が弱まってる。波にあおられて、舟もぐわんぐらんと木の葉のように揺れ始めた。嘘でしょ? きびだんごの効果、もうおしまい? このまま突っ込まれるのも怖いけど、沈没するのはもっと嫌だ!


「波が来たぞぉーーーー!」


 桃太郎が叫び、はっとして見るとひと際大きな波が目の前に迫っていた。


「いやあぁぁぁぁぁっ!」

「うるせえぇっ! お前も食えっ!」


 絶叫したその口に、迷人の手で何かを押し込まれた。思わずごくん、と飲み込んじゃう。もしかしてこれ……きびだんご?


「ゆずはっ、漕げっ!」

「いやあぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴を上げながら、無我夢中で海に手を突っ込んでかく。途端、ふっと体が浮いたような気がした。嘘でしょ? わたしの一かきで爆発でもしたかのように水しぶきが上がり、勢いを取り戻した舟は、再び海の上を滑るようにして突き進んでいく。

 いやぁぁぁぁ。こんな姿誰にも見せられないっ!


「さぁっ、漕げっ! 漕げっ! 漕げっ!」


 迷人の号令に合わせて必死に海をかくわたしたちは、どうっという音に気づいた時には、鬼ヶ島の砂浜へとたどり着いていた。


「やったっ!」

「鬼ヶ島に着いたぞっ!」


 喜び勇んで陸へと飛び降りる桃太郎とイヌ、サル、キジ。


「よくやったぞ、ゆずはっ!」


 満面の笑みを浮かべた迷人に肩を叩かれる。ははははは……やっちゃった……。お母さん、わたしお嫁に行けなくなっちゃったかも……。


「やっぱりゆずはもスゲーな。見直したぜ。最高の怪力だった!」

「馬鹿っ!」


 ずずうぅぅぅぅん。


 ありったけの力を込めて叩き返したら、迷人が半分砂の中に埋まっちゃった。へ? きびだんごの効果、まだ残ってたの?

 迷人もきびだんご食べてるから平気よね。運動おバカだし。

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