5.鬼ヶ島決戦

 さて、やってきたのは鬼ヶ島。


「いよいよ鬼との決戦だ! おのおの、抜かりなく準備しろ!」」


 桃太郎の号令に、うなずきを返すイヌ、サル、キジ。

 そこへ手を差し伸べたのが運動おバカこと迷人くん。


「桃太郎、こいつを使ってくれよ」

「おお、これはきびだんご。ありがたい」


 ほいほいときびだんごを配る好プレー。そうよね。おじいさんとおばあさんから貰った桃太郎たちの分のきびだんご、さっき海を渡るのに使っちゃったもん。……っていうかいったい幾つ貰ってきたの? 迷人の巾着袋にはまだまだいっぱいきびだんごが詰まっていそうに膨らんでいる。


「それでは皆の者、百人力のきびだんごを食べて準備万端だ!」


 桃太郎の合図で一斉にきびだんごを食べるイヌ、サル、キジ……に加えて迷人。この人、完全に桃太郎のおともになっちゃったみたい。


「よっしゃぁ! やってやるぞ!」


 ぶんぶん両腕を振り回して、誰よりもやる気いっぱい。他のみんなもなんだか顔つきが変わったように見える。


「ゆずはも食うか?」

「いらないってば!」


 食べるはずないじゃない! この上さらに鬼と戦おうものなら、わたしの将来はお先真っ暗になっちゃう。


「よくも来たな、人間ども!」

「捕らえた上で骨の髄までむしゃぶりつくしてくれるわ!」


 そうこうしているうちに、わたしたちに気づいて鬼の軍団がやって来た。トゲだらけの金棒や棍棒、縄など思い思いの武器を手に、そこかしこからぞろぞろとあふれ出してくる。うわぁ、想像していたよりもいっぱいいる! この上、”本の虫”が変なイタズラしてたりしなきゃいいんだけど。

 わたしの心配もなんのその、


「それっ、やっつけろ!」

「そりゃ進め!」

「一度に攻めて攻めやぶれ!」

「つぶしてしまえ鬼ヶ島!」


 桃太郎たちは相変わらずの歌うような調子で、襲い来る鬼たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍! 並みいる鬼たちを次々に降参させてしまう。残念ながら迷人の出る幕もないみたい。もともとの『桃太郎』の物語って、あっという間に鬼を退治しちゃうもんね。”本の虫”のイタズラさえなければ、難しいことなんてなんにもないはずなんだ。


「スゲーな、桃太郎」

「うん。このままだと安心みたいね」


 わたしと迷人がほっと胸を撫で下ろした時――


 ズズゥゥゥゥゥゥーーーーン!


 とお腹の底から響くような音が聞こえてきた。まるで大きな地震のように地面が揺れ、岩壁にパラパラと亀裂が走る。

 これはまた、嫌な予感がするなぁ。


「桃ぉぉ太ぁぁ郎ぉぉぉぉーーーーっ!」

「きゃあっ!」


 姿を現した声の主に、わたしは思わず悲鳴をあげた。


「ちょっと待って! あれ! 嘘でしょ!」

「でけええええぇぇ!」


 現れたのは巨大な赤鬼。頭だけでもわたしたちより大きい! 小さな山ぐらいありそうだ。……っていうかこのやりとり、前にもしたような気がする。


「出たなっ! さてはきさまが親玉かっ! 退治してやるっ!」


 桃太郎が刀を抜いて飛び掛かり、その後をイヌ、サル、キジが追う。しかし――


「小さいっ! 小さい小さい小さいっ!」


 親玉にはまるで効いていない様子で、桃太郎たちの必死の攻撃は簡単にあしらわれてしまった。それもそのはず、桃太郎と巨大な親玉では大人と子どもどころか、人間と蚊ぐらいの差がある。どんなに頑張ったところで、痛くもかゆくもなさそうだ。


「桃太郎の鬼って、こんなにでかかったっけ?」

「バカ! ”本の虫”のイタズラに決まってるでしょ!」

「マジかよ! あいつでかくするの好きだなー!」


 本当にいい加減にして欲しいわ! イタズラするにしたって大きくする以外にいくらでも方法あるでしょうに。”本の虫”ってばどうしてこう巨大化させるのが好きなのかしら?


「とにかくなんとかしないと!」


 とはいうものの、どうしよう。一寸法師みたいに目をつくとか? いやいや、そんなに高く飛べないし。打ち出の小づちで桃太郎たちを大きくできたらいいのかもしれないけど、そんな風に都合良くは使えないみたいだし。


「よしわかった!」


 膝をポンと叩いたのは迷人だ。ちょっと待って。絶対また何かとんでもないことしでかそうとしてるでしょ。ごそごそと巾着から取り出したのは大量のきびだんご。まさかまたわたしにまできびだんごを食べさせようなんて考えてるんじゃないでしょうね?


「わ、わたしは絶対嫌よ! きびだんごなんて二度と食べないからっ!」

「え? 平気平気。オレにまかせろ」


 ニカッと笑う迷人。あれ? わたしじゃないのか。


「デカくなれないなら、強くなればいい! 桃太郎、こいつを食えっ!」


 そう言って迷人は、桃太郎に向かってきびだんごを投げつけた。一つだけじゃなくて、二個も三個も。


「イヌ! サル! キジ! お前らもだっ!」


 迷人から受け取った幾つものきびだんごを一気に口に入れて、もぐもぐごっくんと飲み込む桃太郎たち。

 ちょっと待って。きびだんごってそういう使い方して良いものなの?


「ワォーン!」

「痛たたたたぁっ!」


 きびだんごでパワーアップしたイヌに噛みつかれ、巨大な親玉は嘘みたいに簡単に転び、


「キキキキキキィーッ!」

「ケンケンケンケンケンッ」

「ひぃー、やめてくれ!」


 サルのひっかき、キジの突っつきに地面をのたうち回って逃げまどう。すごいわ! さっきまでとは段違い!

 でも山のような大きな体がどったんばったん転げ回るものだから大変! 手のつけようがない。


「デカ過ぎて厄介だな。あいつどうしたらいいんだ」

「ねぇ迷人、あれを使えばいいんじゃないかしら」


 地面にはさっき桃太郎たちにやられた鬼の子分たちの武器が転がっていた。わたしがひらめいたのは、そのうちの縄!


「そうか! 縛りあげちゃえばいいんだな! 桃太郎っ!」


 言うが早いか風のようなスピードで駆け出す迷人。きびだんごの力ねっ! 持つべきものは運動おバカだわ!


「迷人どのっ!」


 縄を拾い集める迷人を見て、桃太郎も意図に気づいたらしい。イヌ、サル、キジに親玉が気を取られているうちに、二人は次々と親玉の体を縛り上げてしまった。


「日本一の桃太郎っ!」


 あっという間にに見動きが取れなくなった親玉の上で、桃太郎が勝どきをあげる。わー、かっこいい! ガリバー旅行記みたい!


「これで文句ないだろっ!」


 得意げに言う迷人。いやいや、一体何個きびだんご使ったのよ。きびだんごっていうよりもはやドーピング剤? そもそも『桃太郎』ってこんな話だっけ? もうすでにメチャクチャになっちゃってる気が……。

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